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16 三分でわかる、バケモノの殺し方講座

「おいバケモノ! こっちだ!」

 リザエルが大声を張り上げて、キマイラの正面に躍り出た。もちろん攻撃が届くほどには近づかず、十メートル以上の距離をあけている。しかし、あの怪物なら容易に詰めてくるだろう。


 ――分かった。三分だけ稼ごう。それ以上は期待するな。


 先ほど、リザエルはそう言っておとり役を引き受けてくれた。たかが三分。されど三分。正直、彼女ほどの手練れでなければ、キマイラ相手では五秒ももたないだろう。キマイラと対峙するくらいなら、オオカミの群れに裸でとび込んだ方マシである。

 キマイラがリザエルの姿をみとめ、むくりと起き上がった。獅子、山羊、蛇の頭がリザエルの方を向き、一瞬にして殺気をむき出しにする。……いや、それは本当に殺気だったのだろうか。どちらかといえば「食欲」に近い気がする。


 軍用キマイラは、人間を食うように訓練されている。

 あのキマイラは、リザエルの肉を今晩のおかずにするつもりだろうか。太い四肢がゆっくりと地を踏みしめ、リザエルとの距離を詰めはじめる。

「行くぞ! 出し惜しみはなしだ!」

 リザエルが、腰に帯びていた大小二本の剣を抜いた。とたんに、剣は黒いもやのようなものをまといはじめる。もやの奥で刃が赤く――命を刈り取る色に輝きはじめる。

吸魂剣(ドレインブレード)

 斬った相手の生命力を吸収して我が物とする、黒騎士リザエルの恐るべき必殺技である。

 リザエルは二本の剣に闇の力をまとい、キマイラに向けて構えた。それを合図にしたかのように、キマイラが動く!


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」


 獅子と山羊の頭が叫び声を上げたかと思うと、キマイラはリザエルにとびかかった。一本一本が出刃包丁よりも大きそうな爪が、血を求めて襲いかかる!

「はっ!」

 しかし、リザエルは素早く身をかわすと、近くにあった樹木を利用して三角跳び! 回転しながらキマイラの頭上を越えると、すれ違いざまに斬りつけた!


「やった! お師匠様、やりましたよ!」

「いや、やってない」

「え? ……ああ!?」

 戦場から少し離れた木の陰で、カヤが驚愕に目を見開く。キマイラはたしかに、うなじのあたりを吸魂剣(ドレインブレード)で斬りつけられたはずだった。しかし、あの怪物は倒れる様子もない。血が飛び散った様子もない。

「噂には聞いてたが、あんなに皮膚が硬いのか。渾身の力をこめた一撃じゃないと傷もつけられない」

「それって、リザエルさんの片手剣では不利ってことですか!?」

「不利どころか、勝ち目がないな」

 速度と手数を武器に戦うリザエルには、相性が悪すぎる。やはり三分が限界だろう。

 急がなくてはならない。


 俺は木の陰にしゃがみ込むと、魔法の杖を使って、地面に手早く魔法陣を描く。魔力をこめると紫色に発光しはじめた。

「お師匠様、これは?」

死人形魔法(パペット)。俺の弟子になったつもりなら、実戦で勉強だ。まずはこの魔法陣の紋様をしっかり頭に刻んでおけ」

「は、はい!」

 元気よく返事すると、カヤは目を皿のようにして魔法陣を見つめはじめた。一度で覚えられるものではないが、かといって魔法の教え方など分からない。俺は教師ではないのだから。とりあえず不満に思われないように、なにか課題を与えておけばよかろう。先のことは明日考える。


 魔法陣の準備が済むと、俺はキマイラの方に視線を戻した。

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」

 すさまじい咆哮とともに、キマイラは獅子の口から炎を吐いた。リザエルは慌てた様子で剣を振るい、迫りくる炎を斬り裂いた!


 ドオオオオッ!


 炎は真っ二つに分かれ、リザエルの右後ろと左後ろの草木を焼き尽くす。見ると、リザエルの鎧にもかすかに火がついていた。完全には防ぎきれていない。すぐにキマイラの追撃が来る。リザエルは二本の剣を使ってなんとか攻撃をいなした。

 剣の片方を攻め、他方を守りや牽制に使うのがリザエルの戦闘スタイルのはずだが、今は珍しく二本とも守りに使っていた。


 荷が重い。

 作戦を放棄して、加勢すべきか。


 一瞬だけ迷ったが、俺は思いとどまった。

 キマイラの背後――ミシュラが落ちている兵士の腕を拾って、素早く草むらの中に隠れるのが見えたから。

 ミシュラは姿勢を低くして草むらの中を走る。

 その間も、リザエルは防戦を強いられている。このままだったら、いつかリザエルは攻撃を食らい、無残に食い殺されていただろう。

 しかし、間に合った。

 草むらを抜けたミシュラが、兵士の腕を俺に投げてよこしたのだ。


「ネロウ! 三分だぞ!」

「おうよ!」

 俺はリザエルの声に応えると、キャッチした腕を勢いよく魔法陣の中央に突き立てた。魔法陣の光が数倍に増す。光の粒子が魔法陣から湧き上がり、腕にまとわりついていく。


死人形魔法(パペット)!」


 肘までだったものから二の腕が生えてきた。続いて肩が再生した。胸、反対の腕、腹、腰、そして両脚が生前の姿を取り戻した。

 最後に頭が蘇った。

 兵士の姿をした、立派なゾンビの完成である。


 隣でカヤが震えている。ミシュラが周りをぐるりと回って、欠損がないかをチェックしてくれる。

「食い殺されたばっかりのところ悪いけどな、頼むぜ」

 俺は、関所の守備兵の成れの果てにそう声をかけると、胸に手を押し当てた。黄色い光が、ゾンビの体内に吸いこまれていった。

「これでよし。さあ、行ってくれ!」

 俺が合図を出すと、ゾンビは走り出した。死体のくせに意外と速い。わずかの恐れも抱くことなく、キマイラに向かって突進する!


「リザエル!」

 俺が叫ぶと、リザエルはキマイラの爪の一撃を二本の剣で受け、その勢いを利用して後ろに跳躍した。キマイラから一気に離れる。入れ替わりに、守備兵ゾンビが突っ込んでいく。

「オオオオオオオオオオオオ……!」

 悲鳴とうめき声を足して二で割ったような叫びを伴って、ゾンビはキマイラにつかみかかった。しかし、「死体にしては速い」というだけであって、リザエルと比べれば雲泥の差。キマイラが前足を振るうと、ゾンビは一瞬にして地面に叩きつけられた。


 もちろん、ゾンビは痛みを感じないので、すぐさま起き上がった。

 しかし無駄であった。

 キマイラは猫がボール遊びをするように、前足でゾンビをタコ殴りにしはじめたのである。


「おい! やられてるぞ! ボコボコに!」

「いや、あれでいいんだ」

 俺は、鋭い爪のある足で殴られ、ズタズタになっていく守備兵ゾンビをじっと見つめていた。タイミングを逃さないよう、集中して。

 やがてキマイラは、ゾンビで遊ぶのにも飽きたのか、獅子の口を大きく開けた。その恐るべき(あぎと)はあっという間にゾンビをとらえ、ひと噛み、ふた噛み。


 バキッ ボキッ ベキッ ブシュッ


 骨の砕ける音、血の吹き出す音。

 見る見るうちにゾンビは原形をなくし、獅子の口の中に、そして胃の中に収まってしまった。

 リザエルとカヤが息を呑む。

 ミシュラはいつの間にかこの場にはいない。

 そして俺は……。

地雷魔法(マイン)

 右手をキマイラに向けて突き出し、呪文を詠唱した。


 ドカンッ

「ギイイイイイイイイアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」


 爆発音とともに、キマイラが悲鳴を上げる。リザエルの攻撃でも傷一つつかなかったキマイラが。

 怪物の口から煙が立ちのぼり、続いて血が噴き出した。獅子、山羊、そして蛇。すべての口からである。

「ほお。口は三つだが、消化器官はつながっているのか」

 三つの頭が吐血する様子を見て、俺はうなずいた。ということは、たとえば毒を使うときには、どれか一つの口に食わせればいいわけだ。今後の参考にしよう。


「ネロウ。なにをしたんだ、いったい」

「ゾンビの体内に地雷魔法(マイン)を埋め込んでおいたんだ」

「お前……死者の尊厳というものを考えたことはないのか……!」

「かたいこと言うなって。ほら、あの兵士もキマイラにリベンジできたんだから、案外、喜んでるかもしれないぜ」

「無茶苦茶なことを言う男だ……」

「さすがお師匠様! あんなえげつなくて非人道的な攻撃を迷いなく実行できるなんて!」

 カヤがキラキラした目を俺に向けている。だがあいにく、勝利を祝うには少し気が早いようだ。


「ウグ、ウグ……グオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」


 血を吐き、ふらつき、倒れかけたキマイラだったが。

 踏みとどまった。

 そして血走った目を俺たちの方に向けたのだ。俺と、リザエルと、カヤの方に。

「まずい!」

 リザエルは俺とカヤをかばうように前に出た。二刀を構え、キマイラから目をそらさずに叫ぶ。

「獣は傷ついたときが一番力を発揮する! ネロウ、逃げるぞ! あれには勝てん!」

「ミシュラ!」

 だが、俺はリザエルの提案を聞かずに怒鳴った。キマイラの背後の、木の上。ミシュラが枝葉の間から、ボウガンで敵を狙っていた。

「今だ!」

 俺の合図と同時に、ミシュラが引き金を引いた。ボウガンから放たれた矢がキマイラの首筋に向かって一直線に迫る。


 しかし、忘れてはならない。三つの頭を持つキマイラに死角は存在しない。


 尻尾の代わりについている蛇の頭が、即座に反応した。蛇は稲妻のように素早く動くと、一瞬にして、矢を空中ではたき落としてしまった。

 カヤが頭を抱え、悲鳴を上げる。

「お師匠様! 失敗ですか!?」

「いや、成功だ」

 俺は笑った。

 もとより、あの分厚い皮膚に矢が刺さるとは思っていない。

 当たるだけで十分なのだ。

 俺は右手に魔力をこめた。そこには目に見えるか見えないかくらいの、細い細い糸が握られている。俺が魔力で織りあげた糸だ。その糸は遠くにのび、ミシュラのボウガン、そしてボウガンから放たれた矢とつながっている。

 魔力の糸が結び付けられた矢は、キマイラの体と接触した。それにより一時的に、俺とキマイラとを結ぶ魔術回路が完成する!


拷問魔法(ペイン)!」


 俺は即席の魔術回路に魔力を走らせた。一秒の百分の一にも満たぬ短い時間のうちに、魔力はキマイラへと到達。痛覚を100倍にする凶悪な魔法が発動した!

「グガアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!!!!!???」

 キマイラが、この世の終わりのような悲鳴を上げた。空を裂くようなその絶叫が、痛みの壮絶さを物語る。

 胃袋を爆破された痛みが100倍になったのだ。もはや、立って歩くことは不可能である。

 キマイラはその場に崩れ落ち、白目をむくと……そのまま動かなくなった。

タイトルを少し変えました。


旧:外道すぎる戦法を使っていたら闇魔法完全耐性を手に入れた俺、対魔王軍の切り札になる

新:外道すぎる戦法を使っていたら闇魔法完全耐性を手に入れた俺、対魔王軍の切り札として戦争を終わらせることにした


次回は明日(11月18日(木))更新予定です!

よろしくお願いします!

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