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15 お昼寝中の軍用キマイラ

 デッドガルド帝国の首都ナフト――その中心部にそびえる魔王城の、とある一室。

 ボクは小さなテーブルのそばで、椅子に腰かけ足を組んでいた。暖炉の火に照らされて、テーブルの上のグラスが怪しく光る。デッドガルドの夜は寒いが、その中では、今日は比較的過ごしやすい方だった。

 窓の外から飛んできたコウモリが、ボクの指先にとまった。ボクがコウモリをそっと耳元に近づけると、その子はキィキィと小さな声で、偵察の結果を教えてくれた。

「そう……リズの隷属化魔法(スレイブ)は解けちゃったんだ」

 ボクはつぶやき、コウモリを指先で軽くなでてから、また窓の外に放した。コウモリはすぐに夜闇に紛れて見えなくなる。

 ボクはテーブルの上のグラスを手に取った。健康な人間の良質な血液が、透明なグラスの中で揺れる。人間の女だった頃には決して良さが分からなかったであろう、甘美で刺激的な口当たり。血の提供者に対する絶対的な優位性をも同時に味わえる、最高の飲み物だ。

 一口、二口。ボクはグラスを置き、部屋の隅の姿見に目を向ける。


 女吸血鬼となったボクの姿は、鏡には映らない。背中に生えたコウモリのような翼も。口元に光る鋭い牙も。親友が似合っていると褒めてくれたこのポニーテールも。

 だから、この鏡は魔術的な利用を目的としたものであって、自分の容姿を確認するためのものではない。

「……闇魔術師ネロウか」

 ボクは、コウモリからの報告にあった名前をつぶやいた。

 名前くらいは知っている。

 人間界最高の闇魔法使いではないかと噂されている男だ。

 普通、「肉体・精神構造の関係で、人間よりも魔族の方が闇魔法には向いている」と言われている。にもかかわらず、ネロウという男は魔族でさえもかなわないほど、闇魔法に精通しているという。


 どういう男なのか、興味がある。

 というか、ぜひとも直接会って殺したい。


 ボクの大切なリズをたぶらかしたなら、それ相応の報いを受けてもらわないとね。

「リズ……ボクの親友……誰にも渡さない」

 ボクはそうつぶやいてから、グラスの中の血液を飲み干した。


――――――――――


「あれは、どう見てもキマイラだな」

 額の上に手でひさしを作り、前方に目を凝らしながら、俺はつぶやいた。


 深い森を通り抜け、いよいよロウトリア王国の首都・モルヘンまであとわずかというところだった。ここには関所があると聞いていた。関所といえば、通過の際に許可証を求め、密入国者や賞金首を取り締まる場所……のはずである。

 しかし、獅子と山羊の頭を持ち、尻尾が蛇になっている巨大な怪物が、頑丈そうな門の前で丸くなって眠っている。俺も冒険者として、数えきれないくらい関所を通過してきたが、こういうものは初めてだった。

「キマイラがいる関所なんて、聞いたことがないぜ。さすが首都近郊、変わってるな」

「バカ者、あんなものが関所にいてたまるか! 見ろ!」

 黒い鎧を見にまとった金髪碧眼の女――黒騎士リザエルが、キマイラの方を指さした。正確に言うと、眠るキマイラの足の下を。

 そこには、鎧を着た男がいた。いや、「いた」というのが正確な表現なのかどうかは分からない。男の鎧には大穴があき、その奥には赤黒い何かが見えた。


 どう見ても死んでいる。


「キマイラに関所が襲われたのだ」

「面倒なことしやがる」

 俺は舌打ちした。

 俺たちは今、小高い丘の上に寝そべってキマイラの様子を窺っている。後ろの方――キマイラから完全に死角になる位置では、馬車の御者が馬とともに震えている。ここまで馬車の旅で楽をしていたのだが、このまま首都モルヘンにまで行けるほど甘くはなかった。

 おびえている馬を、ぶかぶかの魔法衣を着た長い髪の女――ミシュラが優しくなでている。

 キマイラは馬の何倍も大きいのだから、馬車で強行突破するのは無理だ。


「お師匠様、どうするのですか?」

 パーティ最年少・14歳の赤毛の少女――カヤが目を輝かせて尋ねてきた。状況が分かっているのかいないのか、非常に楽しそうである。俺はため息を吐いた。

「どうするも何も、倒すか追い払うかするしかないだろう。どうせここを通らなきゃモルヘンに行けないんだ」

「じゃあ、お師匠様の戦闘が見られるのですね!」

「まあ、そうなるな」

 俺はまたキマイラの方に目を戻した。よくよう見ると、死体があるのは足の下だけではなかった。門の前の道には、木の枝やなんかと一緒に腕が落ちていたり、草むらに首が埋もれていたりする。関所の兵士は全滅したらしい。

 俺は首をひねった。

「……それにしてもおかしいな。キマイラってのはデッドガルドにしか生息していないはずだぞ」

「魔王軍が戦力として連れてきたのだろう」

 俺の疑問には、リザエルがすぐに答えてくれた。こういうとき、一時的とはいえ魔王軍にいたことがある彼女の情報は役に立つ。

「時々あるんだ。軍の管理下にあるモンスターが、戦闘の際に逃げ出し、戦闘地域の外にまで出てきてしまうことが」

「じゃあ、軍用キマイラってことか。それにしたって、国境からこんなに離れたところまで」

「人里を襲いながら移動してきたのだろう。野生のキマイラはデッドガルド内でも、狩りのために何百キロも移動する。まあ、軍用キマイラは人間だけを食うように訓練されているから、野生とは違うかもしれないが」

「マジかよ」

 考えただけで気が滅入った。

 人間側が使うのは軍用犬とか軍馬くらいだが、敵が用いるのは軍用キマイラ。あんなものを持ち出されたら劣勢に立たされるのは当然である。


 人間を食うために育てられたモンスター。

 本来、相手にせずにスルーしたい相手ではあったが。

「放っておけば、被害は増え続けるってわけか」

「そうだな。追い払うだけではダメだ。私たちがこの場で倒すしかない」

 そう言うリザエルは、今にも立ち上がってキマイラめがけて突撃しそうな様子である。カヤも、魔法の杖を握りしめてやる気満々だ。

「あたしも手伝います! なんでも言ってくださいね!」

「じゃあ、カヤは俺がいいと言うまでここで待機」

「はい!」

「それからリザエル。あんたもまだ動くな」

「なぜだ。奴が眠っているうちに仕留めるべきではないか?」

「ん? 今日は『正々堂々と戦う』とは言わないんだな」

「相手が人間や魔族ならそう言うだろうが、今回は別だ。向こうは騎士道精神など欠片も理解しないモンスターだからな。今のうちに倒してしまうのが一番だ」

「いや、それは無理だ」

「なに?」

「尻尾を見ろ」

 俺が指さす先に、リザエルは視線を向け……目を見開いた。

「あれは……」

「そうだ。眠っているのは、三分の二だけだ」

 俺はキマイラの全身を細かく観察しながら、そう言った。


 獅子と山羊の頭は眠っているが、尻尾の代わりについている蛇の頭が、起きて周りを警戒している。

「くっ……ということは、奇襲は無理か」

「奇襲が無理となると、俺の出番はないなあ」

「お前……情けないことを言うんじゃない!」

「冗談だ。どうにかするさ」

 俺は頭をかきつつ、頭の中で作戦を練る。しかし、そんなことを話しているうちに、キマイラの獅子と山羊の頭も目を覚ましてしまった。

「起きちまったか。これで360度、死角なし」

「どうするんだ。ただでさえ手強いというのに」

「ミシュラ」

 俺は、馬と戯れていたミシュラに声をかけた。彼女はこちらにちょこちょこと駆けてくると、俺の真似をして、キマイラに見つからないように地に伏せた。

「ミシュラ、見えるか? どれでもいいから、死体をとってきてくれ。体の一部だけでもいい」

 ミシュラはしばし目を凝らして、やがてうなずいた。キマイラを中心にして、バラバラ死体がそこかしこに散らばっている。ミシュラの力でも持ち運べるサイズのものも、いくつかある。


 一方で、リザエルは眉をひそめた。

「また、あの死者を冒涜する魔法を使うのか?」

死人形魔法(パペット)。冒涜じゃない、死者に協力してもらう魔法だ」

「物は言いようだな……。しかし、どう考えてもキマイラに見つかるぞ。ミシュラにそんな危険なことをやらせるのは……」

「そのためにリザエル。あんたが奴の注意をひくんだ」

「なんだと!?」

 リザエルは驚きをあらわにした。しかし、抗議の声を受け付ける気はない。後ろを振り返って、今度はカヤに言った。

「カヤ。馬車の中にボウガンがあるはずだ。とってきてくれ」

「は、はい!」

「ネロウ、キマイラにはボウガンなど効かないぞ」

「ああ、分かってる。だがボウガンが必要なんだ。あのバケモンをぶっ殺すためにはな」

 カヤが起き上がり、馬車に向かって駆けていく。

 俺はキマイラと、周囲の地形とに視線を走らせ……カヤが戻ってくるまでの間、脳内で作戦を練り続けた。

今回から第2章のスタートです!

頑張っていきます。

次回は明日(11月17日(水))投稿予定です。

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