14 新しい仲間と、いざ首都へ
「捕虜たちは……私の部下たちはどうなる?」
「シノワ市に送り届けるつもりです。そこで収容所に入ってもらうことになるかと」
「そうか」
「今回の戦争では人間側が劣勢で、多数が捕虜になっています。だから捕虜交換のためにも、中隊のみなさんはそこまでひどい扱いはされないと思います。おそらく、ですが」
心配そうなリザエルに対し、アダンはそう答えた。その推測は、多分当たっている。ロウトリア王国は、魔族の国・デッドガルド帝国に国境付近で敗北を重ねた。そのときに捕らわれた多くの将兵を、軍のお偉いさん方は一人でも取り戻したいと思っているはず。リザエルの部下たちは交換要員として確保され、運が良ければ、近いうちに捕虜交換によって自由になるだろう。
アンデッドたちとの別れが行われた広場は、今はがらんとしていた。魔力を失った死体はすでに回収され、墓に運ばれていったあとだ。そこにいるのは俺と、ミシュラと、リザエル、アダン、そして縛られて猿ぐつわを噛まされたノーザのみ。
「リザエルは、これからどうするつもりだ?」
俺が何気なく尋ねると、リザエルはいつものまじめ腐った表情で答えた。
「首都モルヘンに行くつもりだ。此度の不始末を、先生に報告する」
「先生……カセラ騎士団長か」
「そうだ」
「魔将ダイモンの闇魔法のせいなんだから、あんたが責任感じることもないと思うけどなあ」
「何度も言わせるな。これは私の心の未熟が招いた事態だ。それに……部下たちが捕虜になるのに、私は何のお咎めもなし、というわけにもいくまい」
「左様ですかい」
俺は肩をすくめた。
リザエルはもともと、田舎の村から出てきてすぐに入団試験を受け、15歳にして騎士として認められた天才だった。それがどういうわけか冒険者になった。「白騎士リザエル」の異名は冒険者になってからついたものである。
騎士団入りした当時、右も左も分からなかったリザエルはカセラ騎士団長に何かと世話になった。いわば恩師のような存在。
自分の処遇を、恩師に委ねようというわけだ。
同じように闇の魔力で支配されていたサビナに関しては、この村だけの秘密ということになっている。正直に話すと憲兵に呼び出されて、いろいろ面倒なことになりかねないが、黙っていれば分からないだろう。
サビナとリザエルでは、立場がまったく異なるから。
――リザエル中隊長。ダイモン様の魔力を打ち破ってしまわれたのですね。
先ほど、教会に様子を見に行ったとき、魔族の負傷兵の一人がそう言った。
――残念です。あなたは尊敬できる隊長でした。
魔族と人間という種族の違いはあるものの、どうやらリザエルは兵士たちからかなり信頼されていたらしい。
――魔王に仕えたことは、私の本来の意思ではなかった。しかし、お前たちへの感謝が変わることはない。
――中隊長……。
――私を信頼し、ついてきてくれてありがとう。どこかで再会できたら、またともに剣の稽古でもしよう。
――礼を言わねばならぬのはこちらの方です。リザエル中隊長。
たしかに、あんなに慕ってくれる部下たちが収容所に入れられるっていうなら、罪悪感が湧いても仕方ないか。
だから俺は、リザエルがカセラ騎士団長に会いに行くというのを、止めないことにした。
「お、憲兵の登場だ」
俺たちが広場で待っていると、自警団員に案内された二人組の男がやってきた。王家の紋章が入った制服を身にまとい、腰に上等そうな剣を帯びている。シノワ市の憲兵である。俺が水晶玉で連絡しておいたから、駆けつけてくれたわけだ。
「はじめまして。連絡したネロウです」
「はじめまして。シノワから来ました。激しい戦闘だったようですね」
憲兵のうち一人が、村の門の方を振り返って言った。
「柵も門もめちゃくちゃになっていました」
「ええ、そりゃあもう。敵が200に対し、こっちは50でしたからね」
「戦闘の詳細もお聞きしたいですが……。まずは捕虜です。護送のための兵士がのちほど到着します。それにあたって、捕虜の数などいくつか確認したいことがあるのですが」
「ああ、そのあたりはアダンと相談してください。自警団のリーダーなんで」
「分かりました」
二人組の片方はうなずくと、少し離れたところでアダンと話しはじめた。入れ替わりにもう一方が、俺の方に歩み寄る。
「それで、賞金首というのは?」
「ああ、こいつです、憲兵さん」
俺は地面に転がっているノーザを指さした。憲兵は懐から手配書を取り出すと、そこに描かれた似顔絵と、猿ぐつわを噛まされたノーザの顔とを見比べる。
「たしかに、手配書と同じ顔ですね。確認しました。……では、この証明書を役所に提出してください。そこで賞金が支払われます」
「どうもどうも」
俺は証明書を受け取った。賞金と聞いて、近くにいたミシュラがバンザイをする。俺はノーザの首根っこをつかんで立たせると、憲兵に突き出した。
「む、むぐぐ……!」
「こいつはかなり凶悪な危険人物です。捕まえる際にも抵抗したので、ちょっと痛めつけてやる必要がありましたよ」
「ええ、そのくらいは当然です」
憲兵はノーザの腰に新しくロープを巻き、引っ張って歩けるようにした。しかしいつの間にか、長く噛ませたままだった猿ぐつわがゆるんでしまっていたらしい。憲兵がロープを使って引っ張ると、ノーザはひどくよろめき、その拍子に猿ぐつわが外れた。
チンピラの口は自由になり、俺に向かって怒鳴った。
「てめえ! さっきはよくもやりやがったな!」
「おお、まだ元気そうだな。もう少し弱らせるべきだったか」
「ふざけるな! ちょっと痛めつけただって? あれのどこがちょっとだ! ぶっ殺すぞ!」
「静かにしろ。行くぞ」
「この野郎! 放せ! クソッ、憲兵だからって俺をなめてるとどうなるか……あっ、痛い! やめて! ごめんなさい……!」
ノーザは憲兵に何度か殴られると、すぐに大人しくなる。そして腰のロープを乱暴に引っ張られ、連行されていった。
もう一人の憲兵は、まだアダンと話している。
俺は手持無沙汰になり、ふとリザエルに尋ねた。
「……ところであんた、まだ騎士の資格は持っているのか?」
「ん? なんだ藪から棒に」
「気になったのさ。あんたが騎士としてカセラ騎士団長に会いに行くのか、それともそうでないのか」
「冒険者になるときに除名も覚悟したのだが、そうはならなかった。一応、名簿に私の名前は残っているはずだ」
「へえ、そうなのか」
彼女が騎士団を離れたときの詳しい事情は知らないままだ。まさかこのマジメ騎士サマが、ある日の気まぐれで突然任務を投げ出し、雲よりも自由な冒険者に転身したとは考えにくい。機会があれば理由を聞いてみたいものだ。
「……とすると、俺はあんたにくっついていった方が得かもしれないな」
「は?」
「だってあんたといれば、騎士団とコネがつけられるってことだろう?」
「お前……私の騎士としての資格を利用しようというのか!?」
「そうだ。利用できるものはなんだって利用する」
俺はまったく悪びれずに堂々と答えた。
「俺の目的は魔王を倒すことだ。今までは魔法の腕を磨くことを優先してきたが……そろそろ本腰を入れるときかもしれない」
「本腰……」
「そうだ。……おい、ミシュラ。喜べ、次の行き先は首都モルヘンだ。きっとうまいもんがたくさんあるぞ」
俺が声をかけると、ミシュラはまたバンザイをして喜んだ。もっとも、大都市に行けるから喜んでいるわけではないだろう。記憶喪失の彼女にとって、新しい場所はすべて楽しい場所なのだ。
「というわけで、一緒に行くからよろしく」
「い、一緒に……!? お前はまた、そんな勝手に……!」
「あんたが黒騎士になって手に入れた力は闇属性だ。これまでの光属性とは勝手が違うから、まだまだ使いこなせているとは言い難い。闇属性の専門家がそばにいた方が、なにかと便利なんじゃないか?」
「む……」
「それからカセラ騎士団長に会うとき、俺がちゃんと事情を説明してやるよ。闇の魔力のことから、心の闇のことまでな。どんな罰が下されるかは知らないが、どうせだったら、ちゃんと正しい情報に基づいて判断してもらいたいだろう?」
「たしかに、その点は助かるし……お前がいるのは少し嬉しい……いや、もちろんそれは道中の戦力的にという意味で、決して精神的にどうとかいう意味ではないから勘違いされても困るわけだが……」
リザエルが少し顔を赤くして、何かもごもご言っている。よく分からないが彼女は非常にマジメなので、多少強引だろうと理屈を並べ立てれば押し切れることが多い。
だから今回も、もう少しでオーケーしてくれると思い、俺は彼女に投げつける次なる屁理屈を用意しようした。
しかしながら。
そんな必要はなかった。
俺が畳みかける前に、彼女が先にこう言った。
「……確認しておきたいことがある」
「ん?」
「お前の目的は魔王を倒すことだが、それはミシュラの記憶を取り戻すため、なのだったな?」
「そうだ」
「ミシュラの記憶と魔王とのつながりは、私には想像もつかないが……。もしかして、お前が闇魔法に対する完全耐性を得たことと、何か関係があるのか?」
「関係、か。あると言えばあるな」
「そうか……」
リザエルは束の間、空を見上げて何か考えていたが、やがて俺の目をまっすぐに見て、こう言った。
「……分かった。私も、お前たちの秘密に興味がある。一緒にモルヘン市まで来い」
「え、いいのか?」
「ただし、一つだけ条件がある」
「条件?」
「私は、カセラ先生からどんな罰を言い渡されるか分からん。しかしもし罪を償い、再び冒険の旅に出ることが許されるなら……私にはやらねばならないことがある」
「ほお。それはなんだい」
「私はナナを助けねばならん」
ナナ。
俺はもちろん、その名を覚えていた。
「吸血鬼になって蘇ったっていう、例の……あんたの親友か」
「そうだ。今は魔王のもとにいるが……昨日までの私と同様、闇にとらわれているのだ」
「なるほど。話が見えてきた。あんたはナナを助けたいが、助け方が分からない。そこで俺の知識が必要だと」
「そういうことだ。私の騎士団とのつながりを利用しようというなら、お前も私に協力しろ」
ギブ・アンド・テイクというわけか。
俺はナナという女に会ったことはない。しかし話を聞く限り、完全な被害者である。ノーザと村人たちの陰謀をリザエルに伝えようとしたために殺され、吸血鬼化した。
本気で魔王を倒そうというのであれば。
悲劇に見舞われた女一人救えなくて、どうするか。
「……いいだろう。交渉成立だ」
俺はニヤリと笑って、手を差し出した。リザエルは一瞬だけ躊躇してから、少し頬を赤らめながらその手を握り返す。すると、なぜかミシュラが割りこんできて、自分の手をそこに重ねた。
こうして、ポポポ村での事件は終わった……かに見えた。
しかし最後に、予想外の事態が俺を待っていた。
俺とミシュラ、そしてリザエル。三人になった一行は、モルヘン市に向けて出発した。アダンとサビナに見送られながら、俺たちは村の門を出る。村の周囲に仕掛けた地雷魔法はきちんと片づけたあとである。
森の中を続く道を歩きはじめると、背後の村はすぐに木々の陰に隠れて見えなくなった。
ちょうど、そのときだった。
「待ってください!」
声が追いかけてきた。俺たちは森の中で足を止め、振り返る。魔法使い用の杖を手にした、13、4歳くらいの赤毛の少女が、息を切らして追いかけてくるところだった。
意外に思って、俺は両の眉を上げた。
「アダンの妹じゃないか」
「はい、カヤと言います」
「なんだ、何か言い忘れたことでもあったか?」
俺はまずカヤを見て、それから村の方に目を向けた。
「というか、それならなんでアダン本人が来ないんだ?」
「それは、兄ではなくあたしが、ネロウさんに用があるからです」
「お前さんが、俺に?」
俺は思わず、素っ頓狂な声を上げた。
心当たりがまったくない。たしかにカヤは、村に来る途中で俺がノーザの手から救い出したが、それに関する礼はもう済んだはず。
俺はリザエルに目配せをしてみたが、彼女も困惑しているだけだった。
「なんだよ、用って」
「用というのは、他でもありません」
そう言うと、カヤはいきなり、膝に額がくっつきそうなほど体を曲げてお辞儀した。
「うわっ、いきなりどうした!?」
「弟子にしてください!!!!」
「は? え?」
一瞬、言葉と意味とが脳内で結びついてくれなかった。
デシ? デシとは?
隣でリザエルが、目をぱちくりさせている。
「ネロウさんの戦い、実はこっそり見てたんです! 闇魔法を駆使して敵の魔族をばったばったとなぎ倒していました! 本当にカッコよかったです!」
「お、おう」
「あたし、昔から魔法使いになりたかったんです。この杖は、魔法使いだったお母さんの形見で。けど、都会の学校に行くにはお金がかかるから、これまでお兄ちゃんには言い出せなくて」
カヤは、先端に魔法の宝玉の埋め込まれた杖を掲げてみせた。たしかに、かなり年季が入っているようだが、大事に手入れされている。
「でも、師匠を見つけて弟子入りするとなれば、話は別! 前に本で読みました! 師匠の家に住み込んで雑用をこなしながら、魔法を教わった貧しい子どもの話を!」
「んんん……たしかにそういう例はあるって話だが……」
「だからあたしも一緒に連れて行ってください! 雑用、なんでもします! お師匠様!」
「お師匠様!?」
「ちょっと待て! この最低最悪な外道魔法使いの弟子だと!? 早まるんじゃない!」
「もう決めたんです! ダメと言われてもついていきます!」
「おい、ネロウ! お前もなんとか言え! 一人のいたいけな少女が道を踏み外そうとしているんだぞ!」
「雑用……せいぜい荷物持ちとかか……。いや、宿の予約や面倒な書類手続きもやってもらえるなら、かなり俺の負担が減るな……そうなると魅力的な条件だ。しかも給料とかもかからず、いくらでもこき使える……」
「おい!!! ネロウ!!! この外道め!!!」
パーティ4人目は、にぎやかな弟子。
こうして、また新しい冒険は始まった。
第1章はここまでです。読んでくださり、本当にありがとうございます。
小説家になろうに投稿するのは初めてのことなので、いろいろ探り探りですが、これからも頑張っていきます。
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第2章は明日(11月16日(火))から投稿する予定です。