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11 外道すぎる魔法使い、地獄を作る

 ピッ ピッ ピッ ピッ


 ミシュラの吹く笛の音が、戦場に響いている。その笛はアンデッドや火吹きブタ、そして束縛魔法(バインド)の腕たちに力を送り込む。俺が自身の魔力をこめ、ミシュラに与えた笛だ。

 ゆえに、俺がリザエルとの戦いに集中したところで、ミシュラがいる限り、こちらの戦力がダウンすることはない。事実、戦場の各所では膠着状態が続いていた。魔族たちには、すでにアンデッド部隊を壊滅させるほどの戦力は残っていなかった。時折数人、柵や落とし穴を越える者がいるが、それも自警団員で対処できる規模だ。

 このままいけば、村を守り切れる。

 ただし。

 それは、俺がリザエルに倒されなければ、の話だ。


「行くぞ、ネロウ!」

 リザエルは叫び、長い方の剣を天へと掲げた。剣は瞬く間に、まるで夜をまとったかのように真っ黒いもやに包まれた。もやの中では刃が赤く輝いていた。命を刈り取る光だと、すぐに分かった。

「……なんだそれは」

「魔王様からたまわった力、吸魂剣(ドレインブレード)。敵の命のエネルギーを吸い我が物とする、暗黒の剣だ」

「物騒な技だな」

「お前はたしか、闇魔法に対する高い耐性を持っていたな。この吸魂剣(ドレインブレード)をも防げるかどうか、試してやる!」

 そこまで言うと、リザエルは一気に間合いを詰めてきた。闇の魔力をまとった暗黒の剣が振り下ろされる。風切り音が、俺の命を求める悪魔の声のように聞こえた。俺がとっさに横に飛んでかわすと、剣は民家の壁に突き刺さる。木製の壁はあっという間に腐食し、ぼろぼろと崩れていった。

「げっ……」

「どうした? 休んでいる暇はないぞ!」

「くそっ、束縛魔法(バインド)!」

 すぐに第二撃を繰り出そうとしたリザエルに対し、俺はとっさに魔法を発動させた。壁から生えた腕が剣をつかみ、一瞬だけ彼女の動きを阻害する。しかし、魔法の腕たちもすぐに命を吸われ、ぼろぼろと崩れ落ちていった。

 俺はその間に距離をとる。リザエルが小さく笑う。

「やはり。恐れているな、この剣を。さすがのお前も試しに食らってみる勇気はないと見える」

「まあ、かわせるならかわした方が無難だからな」

「いつまでも逃げ切れるとは思わない方がいいぞ」

 そう言うとリザエルは、今度は短い方の剣を天に掲げる。すると、二本目の剣も黒いもやをまとい、刃を赤く輝かせはじめた。吸魂剣(ドレインブレード)の二刀流。ますます逃げ場はなくなった。


 ピーピッピッ ピーピッピッ


 ミシュラの笛の音が聞こえる。俺はあとどれだけ持ちこたえられるだろう。十秒か、二十秒か。リザエルは二刀を手に間合いを詰めてくる!

「ネロウ、覚悟!」

闇・凍結魔法(ヘルフロスト)!」


 ズバッ


 極小の氷の魔法は、またもや空中で撃墜された。ほんの一瞬だけの時間稼ぎにしかならない。

 その卓越した剣さばきを見て、俺は思わず笑ってしまった。

「はっ。やっぱりあんたは中隊長じゃない。一人の騎士で、冒険者だ」

「なんだと?」

「こうやって一対一で命のやり取りをしてるときが、一番輝いている」

「た、戦いの最中に何を言い出すんだ! この!」

 リザエルが二刀を振り下ろす。俺は自身の黒髪を数本抜き、それに魔力をこめて真っ黒い盾を生成してみたが……あいにく、一撃で破壊されてしまった。

「くっ……」

「私は刃だ! 魔王様の野望を達成するためにすべてを捧げる忠実な配下! お前があくまでも魔王様と敵対するというなら、ここで斬り捨てるまで! ……いや、本当は斬り捨てたくなどないから、できれば降伏してほしいのだが、分からず屋のお前のことだから最後まで戦うだろうし、本当に少しは私の立場や気持ちというものを考えろ大バカ者ごにょごにょ……」

「……?」

「ええい! とにかく終わりだ!」


 ズバッ


 決着をつけにくる攻撃。盾を壊されたばかりの俺には、決してかわせないタイミングだった。ゆえに俺は正面から二刀を食らった。俺の体はなすすべもなく真っ二つになり、傷から命がこぼれ落ちていく……。


 いや。

 そうはならなかった。


「バ、バカな……!?」

 攻撃を当てたはずのリザエルが目をむいた。俺が二本の剣を体に受けても、平気な顔をして立っていたから。

「……そうか。あんたは俺のことを、『闇魔法の耐性が高い』って思ってたんだな。少し違う」

 リザエルの二刀は、俺の魔法衣の表面すらも傷つけていない。刃がまとう闇の力と、俺の体からあふれ出る闇の力が反発し合う。その斥力が、俺の体から一センチという場所で刃を押しとどめているのだ。

「俺が持っているのは高い耐性、なんてちゃちなものじゃない。闇属性のありとあらゆる魔法、技に対する『完全耐性』だ」

「そんな……! だったらなぜ逃げ回った!」

「効かないことがバレたら、吸魂剣(ドレインブレード)じゃなくて普通の剣で攻撃されちまうからな。それじゃ困るわけだ」


 ドンッ


 俺は闇の魔力をさらに強め、リザエルの剣を押し返した。リザエルは勢いよく後方に弾き飛ばされ、よろめきながら着地する。

「だが、もう隠す必要もない。時間稼ぎは十分みたいだからな」

「時間稼ぎ……?」

「せっかくだから見せてやるよ。あんたが外道と罵った力を。幸福と引き換えに得た力を。純度100パーセントの闇魔法をな!」

「なに!?」

 体勢を立て直したリザエルは、周囲の異変を察知した。いや、リザエルだけではない、この戦場で戦うほとんどすべての者――俺とミシュラを除く全員が困惑していた。


 黒い霧が、今まさに戦場を覆い尽くさんばかりに広がっていたのだ。


「これは!?」

毒霧魔法(ミスト)だ。以前、見せたことがあるだろう?」

「なんだと!? これほどの規模を……いったいいつ発動させた!?」

 リザエルの驚きはもっともだった。

 数百人規模の戦場一帯を毒霧魔法(ミスト)で覆うとなると、数分間は発動のために集中する必要がある。リザエルと戦闘中だった俺には、それだけの余裕はなかった。

 そう、“俺には”余裕がなかった。


 ピーピッピッ ピーピッピッ


 黒い霧とともに戦場を覆うのは、ミシュラの笛の音。その音を耳にして、リザエルが息を呑んだ。

「……吹き方が変わっている……まさか!?」

「そう、そのまさかだ」

 俺は人差し指を立ててニヤリと笑う。

「あの笛には俺の魔力がこめられている。吹き方によって、発動する魔法が変わるのさ。この音色は毒霧魔法(ミスト)。しかも、とびきり強烈な」

「く、くそっ……!」

 リザエルは慌てて口元を布で覆うが、その程度で防げる魔法ではない。

 毒霧魔法(ミスト)を防ぐことができるのは、完全耐性を持つ俺一人だ。


「前に使ったのは命の危険はない毒だったが、これはそんな生ぬるい毒じゃない」

「お前……我々だけではなく仲間も巻き添えに……うっ……!?」

 そこで、リザエルはうめき声を上げて、二本の剣を地に落とした。彼女の両手は震えて、だらりと垂れ下がっている。まるで、壊れた人形のように。

 戦場のそこかしこで、悲鳴が上がりはじめた。

「なんだこれ! 俺の腕が……腕が!」

「助け……助けてくれ!」

「ゲホッ、ゴホェ……!」

 人間も魔族も、区別はない。すべての者が苦しんでいた。誰もが武器を持っていられず、取り落とした。

「なんだ……手の色が……おかしい……!?」

 リザエルは、青黒く変色した自身の手を見て茫然とつぶやいた。もはや手を持ち上げる力もないのだろう。布を口元にあてがうこともできず、立ち尽くしているだけだ。

「体が腐る毒だからな。まず末端から効果が出る」

「体が腐る、だと……!?」

「そうだ。当たり前だが最終的には死ぬ。例外なく、な」

「そこまで堕ちたか! ネロウ!」

「俺が外道戦術を使うのは最初から。そうだろう?」

「だからといって、仲間まで巻き添えに……!」

「俺は通りすがりだからな。あんたら魔王軍を倒せて、ミシュラさえ無事なら、あとはどうでもいい」

「ぐっ……見損なったぞ……外道め……!」

「もう立っていられないか」

 リザエルは地に膝をついていた。彼女は、遠隔攻撃の魔法を使えない。もはや反撃の手段は一つもなかった。


 黒い霧の中、自警団員や魔族たちが次々と倒れ、地面でもがいていた。死ぬ寸前の虫のように。たちの悪い悪夢のようだが、これは現実だ。

「死んだらあんたもアンデッドとして再利用してやろう。これがエコってやつだな」

「ネロウ……ネロウ……! 昔のお前はもっと……! こんな……!」

「いくらにらんだって運命は変わらない」

 俺はゆっくりと、もったいをつけて歩み寄った。人の死を司るのが死神だとしたら、俺は今、死神に最も近い人間ということになる。俺は腰をかがめて、リザエルに言った。

「死ね、リザエル」

「おのれええええええええええええええ!!!!!!!!!!!」


 絶叫。

 しかし残念ながら、声を発することは毒への対策にはならない。叫びが途切れたとき、リザエルは地面にうつぶせになっていた。黒い霧に全身を冒され、倒れていた。

 戦場で起きている者は、俺とミシュラとアンデッドだけだった。人間も、魔族も、ブタも。誰もが地に伏している。無数の命の灯が燃え尽きようとしている。

 俺はその様子を眺め、つぶやいた。

「……なんてな」


 パチン


 俺は小さく指を鳴らした。そのとたん、これまで戦場を覆い尽くしていた黒い霧はきれいさっぱり消えてなくなった。倒れている者たちの手の色も、青黒く変色してはいない。すべてが元通りに戻っている。

 ただし。

 魔族およびリザエルの体は、地面から生えた無数の腕によって拘束されていた。

「え?」

 うつぶせのまま手足をつかまれていることに気づいたのか、リザエルは困惑した様子で身をよじった。

「私は……生きているのか?」

「そうだな。生きている」

 リザエルだけではない。他の魔族たちも戸惑い、しかし身動きできずに地に伏している。人間と火吹きブタは、きょとんとしながらも起き上がりはじめている。

 俺はもう一度腰をかがめ、状況を呑み込めていないリザエルに対し、こう言ってやった。


「どうだ、リザエル。俺の勝ちだ」

読んでくださったり、ブックマークしてくださったり、ありがとうございます!

次回は明日(11月13日(土))更新予定です。

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