10 闇を闇で上書きする
ヤバい、思ったより長い話だった。
リザエルと対峙し、彼女が魔王軍に入った理由を聞きながら、俺は思った。
せいぜい一分か二分くらいで終わると思っていたのだが。けっこう長々と語られてしまった。こうしている間にも、周りではアンデッドと自警団員とブタが力を合わせて魔族相手に死闘を繰り広げている。アダンは必死にサビナと戦っている。
「ダイモン殿は約束通り、ナナの命を救った。正確には、一度死んだ彼女を吸血鬼として蘇らせたのだ」
周囲の死闘など忘れてしまったかのように、リザエルは俺に語った。
「その後、私はナナとともに村に戻った」
「戻って、どうしたんだ?」
「滅ぼした。私たち二人の手で」
「なんだと? 殺したのか、村人を?」
「殺してはいない。ただ、ナナの力で吸血鬼として生まれ変わってもらった。今では全員がナナの奴隷だ」
「吸血鬼化……。そいつはたしか、吸血鬼の中でも特に上位の連中にしか使えない魔法のはず」
「そうだ。ナナには才能があったのだ。その力ゆえにダイモン殿の側近として抜擢された。もしかしたら将来、四人目の魔将になるかもしれない」
「なるほどな」
吸血鬼として生きる才能。あまり欲しい才能ではないな。
俺がこっそりとそんなことを考えていると、リザエルの表情がわずかに曇った。
「ただ……村は滅んだものの、村長をそそのかしたあの男だけは見つからなかった」
「なんだ。肝心の奴を逃がしたのか」
「そうだ。あの男を見つけ出すまで、私の復讐は終わらない」
リザエルは決意に満ちた目をしている。基本的に、他人の復讐に口を出すのはよくないので、その点に関しては、俺は黙っていることにする。
「……まあとにかく、あんたが魔王軍に入ったいきさつは分かった」
「では、人間よりも魔王軍の方がずっと慈悲深いのだと、理解できたか?」
「いや、それはまた話が別だ。人間にも魔族にもクソ野郎はいる。それはあんたも知っているだろう?」
「…………」
「この村は守る。あんたの魔法も解く。予定通りな」
「できるものか」
リザエルは短い方の剣を俺に向け、長い方の剣を振りかぶった。隙のない二刀流である。
「お前が得意なのは外道極まりない奇襲戦法。しかし、こうやって正面から向き合ってしまえば、お前に負ける私ではない!」
たしかにな。
心の中で、俺は認めた。
だから、なんとしてでも奇襲する。
正面にいるから奇襲できませんでした、などと言い訳するつもりは毛頭ない。
ピッ ピッ ピッ ピッ
どこかからミシュラの笛の音が聞こえてくる中、俺はリザエルとにらみ合った。
「これ以上の損害を出すわけにはいかない。一気にケリをつけさせてもらうぞ、ネロウ!」
「それは俺のセリフだ」
その言葉が、空気の中に消えた直後。俺とリザエルは同時に動いた。二刀流でもって、俺を斬り伏せようと迫るリザエル。対して俺は後ろ向きに跳び、距離を保ったまま魔法を放つ。
「闇・爆裂魔法!」
「む!?」
俺は極小の爆裂魔法を五連射した。威力は弱いが、それぞれを敵の指先に命中させることで、爪を吹き飛ばす得意技である。
「こざかしい!」
しかし、リザエルは短い方の剣を一振りしただけで、五発すべてを弾き飛ばしてしまった。空中でむなしく、五つの爆発。
もちろん、この程度の芸当で驚いてはいられない。
「陥穽魔法!」
「なに!?」
俺は間髪をいれず、次の魔法を発動した。リザエルの足元に穴があく。底に落ちれば束縛魔法に捕らわれる。今日だけでも数多くの魔族を仕留めた必殺の罠が、完璧なタイミングで発動した。
だが、これもリザエルには通じなかった。
彼女は穴に落下しながら、即座に穴の壁に剣を突き立て、勢いを殺したのだ。そのあとは壁を蹴り、あっという間に脱出。追撃する暇もない。
完全に決まったと思ったのに。分かってはいたがやはり規格外だ。魔族ではなく、しかも新参者であるにもかかわらず中隊長を任されているのは、おそらくこれが理由だろう。単純に強い。魔族の大隊長や連隊長でも、これほどの使い手ははたして何人いるだろうか?
「どうした、ネロウ。そんなものか」
「まいったな、もう少しビックリしてくれると思ったんだが」
「いや、ビックリはしたぞ」
「ビックリしながら全部的確に対処するのやめてくれないか」
「あいにく、この程度なら100回やって100回かわせる」
リザエルは剣を振り、ついていた土を払った。ハッタリではなく、本当に100回やっても通じないだろう。
さて、どうしたものか。
俺は目の前のリザエルを攻略する方法を、頭の中で素早く検討しようとした。
「うわあああああああああ!?!?」
そのとき、アダンの悲鳴が戦場に響き渡った。俺が声のした方に目を向けると……彼は、黒い矢をまともに食らって吹き飛ばされたところだった。
「アダン!」
「ああアダン、かわいそう。抵抗しなければ痛い思いをしないで済むのに」
弓を携えたサビナが悲しそうな顔で言う。同時に、手の中には新たな黒い矢が生成される。
見たところ、あの矢の貫通力は低いようだ。まだ闇の魔力に慣れていないからか、アダン相手だからそのようにしているのか。しかし、それでも鈍器で殴られるような痛みはあるだろう。何発も食らっては体がもたない。
サビナが魔法弓に矢をつがえ、起き上がりかけているアダンを狙う。容赦ない追撃。俺はとっさに妨害に入った。
「束縛魔法!」
「きゃ!?」
サビナの足元に腕が出現し、彼女をつんのめらせた。黒い矢は狙いをそれ、アダンのすぐ横を通り抜けて民家の壁に激突する。
しかし、ホッとしている暇はない。
「よそ見とは余裕だな! ネロウ!」
「おわっ!?」
一瞬の隙を突いて、リザエルが目前に迫っていた。右の剣による横薙ぎの斬撃。とっさに後ろに跳んでかわしたが、直後、左の剣が襲いくる!
かわすのは無理だ。即座にそう判断すると、俺は魔力で杖を作り上げ、致命の二の太刀を防御した!
バキッ
「くっ……!」
斬撃に耐え、俺は転がった。魔力で構成された杖は、たった一撃を防いだだけでぼろぼろと崩れていく。短い方の剣で助かった。右手の長剣による攻撃だったら、杖ごと真っ二つにされていただろう。
リザエルは油断なく、再び二本の剣をかまえた。
「そんなこともできたのか。器用なものだな」
「サビナの魔法弓と同じ原理だ。見ての通り、あんまり丈夫じゃないけどな」
俺はそう言って笑ったが、余裕がないことを悟られないようにするためだった。
今分かった。アダンをフォローしながらでは、リザエルを倒すのは無理である。ここは是が非でも、アダンには自らの手でサビナを無力化してもらわねばならない。
そのためには。
「アダン!」
俺はリザエルから目を離さずに、声を張り上げた。
「なんですか!」
「闇魔法による洗脳を打ち破るには、さらに大きな闇をぶつけるしかない!」
アダンは今まさに、サビナの新たな魔法の矢をギリギリで転がってかわしたところだった。次の攻撃を持ちこたえられるかどうかは分からない。やはり勝負はこの一瞬だ。
「たとえば欲望! サビナの心を何か別の欲望で満たしてやれば、魔王の闇を押し流せる!」
「ええ!? つまり、闇を闇で上書きしろと!?」
「そうだ!」
「それ、もっと悪化しませんか!?」
「大丈夫だ、俺を信じろ!」
「でも欲望とか、そんな急に言われても……欲望……欲望……サビナ、今何か欲しいものは!?」
「心配いらないわ、アダン。私が欲しいのはあなただけ。ちょっと痛いけど今は我慢してね。この戦いのあと、アダンにも魔王様の魔力を注いでもらえるようにするから」
サビナはアダンを相手にせず、手の中に再び黒い矢を作り出した。アダンはすでに、あの矢を何発もその身に受けている。足が震えており、どう見てももう限界だ。次の一撃を食らえば立ち上がることは無理だろう。
だが。
「欲しいのは僕だけ……そうか!」
ボロボロのアダンは、ハッとした様子で顔を上げた。
サビナはすでに弓をかまえ、アダンに狙いを定めて引き絞っている。しかし、アダンは防御姿勢をとらなかった。彼はただ、叫んだ。
「サビナ! 僕は君を愛している!」
「へ……? ええええええええええええ!?」
サビナの手元が狂い、黒い矢はあらぬ方向へと飛んでいった。やっとアンデッドと落とし穴とブタを突破したばかりの魔族に命中、彼を気絶せしめる。
だが、アダンもサビナもそんなことは気にしていないようだった。アダンはまた叫んだ。
「その黒い鎧も似合ってる! 新しい弓矢も素敵だ!」
「きゅ、急に何を言い出すのよ!?」
サビナの手の中で、黒い矢が生まれては崩れる。彼女は動揺し、後ずさった。その分、アダンが前に出る。
「ど、どういうことだ。戦場で愛の告白などと……」
「黙って見てろ。邪魔するのは無粋だ」
俺はリザエルが妨害に入らないよう、牽制した。アダンは胸に手を当て、一歩一歩、サビナに歩み寄っていく。
「サビナ。君が僕の期待に応えようと無理していることは、薄々気づいていたんだ。気づいていながら何もできなかった僕を、許してほしい」
「アダン……」
「でも、これだけは信じてほしいんだ。君が副リーダーになる前も、なってからも、そしてこれから先も、僕はずっと君を愛してる」
ついに、アダンはサビナのもとに到達した。サビナの手から、矢だけではなく弓も、黒い粒子となって消えていく。
「サビナ……」
「アダン……私……」
「いいさ、どんな君でも受け入れる」
「私……もう我慢できない……」
二人は手を取り合い、見つめ合った。サビナの鎧に刻み込まれていた魔王軍のエンブレムが、心なしか薄れている気がした。新鮮で強烈な闇――すなわち欲望が、魔王の闇の魔力を上回り、押し流そうとしているのだ。
ぶっちゃけて言うと、性欲である。
さて、どうするのだろうかと、俺が見守っていると……二人はここでは何もせず、手をつないだまま歩き出した。
そして、一軒の民家の中へと消えていったのだ。
バタン
ドアの閉まる音。気づくと、自警団も魔族の兵も、アンデッドもブタも、二人の後ろ姿を見送っていた。拍手でも送ってやりたい気分だったが、さすがにそれはやめておいた。俺はただ、こうつぶやいた。
「なるほど。サビナにはそういう欲望が」
「は、破廉恥な!」
リザエルが顔を真っ赤にして叫んだ。それを合図に、人も魔族も我に返る。
激しい戦闘が再開された!
今日も読んでくださり、ありがとうございます!
次回は明日(11月12日(金))更新予定です。