《第90話》叔母の部屋
「わぁ! 別の部屋に出たよ、姉上!」
「待ってよ、ロウディ!」
グルスティラムの夢を見ていた。虚ろな意識に無邪気な子供の声が聞こえていた。
「ねぇ、姉上。窓の外を見て。北の塔と森庭が見えるよ」
「本当ね。と、いうことはここはもしかして、インフィ様の部屋?」
「インフィ様の部屋は入れないじゃないか」
「扉には鍵がかかっているけど、今通ってきた隠し通路からは入れるのだわ。」
「それじゃあ、ここでインフィ様は眠っているの?」
「そうよ、ロウディ。私たちが生まれる前、インフィ様は魔物の大穴を塞ぐためにお力を使って、眠りにつかれたのよ」
「姉上、あちらにベッドがあるよ。もしかしてあそこでインフィ様は眠っているの?」
「あっ! こら! ロウディ! 眠っている方の邪魔をしてはいけません!」
元気の良い会話が響き、軽快な足音が聞こえた。
足音がこちらを目掛けてきているようだと気づいて、意識はより表層化する。
「いた! 姉上! インフィ様だ!」
「まぁ、本当」
「眠っているよ?」
「だってインフィ様だもの」
顔の間近に息吹を感じて、それでやっと自分が目を開けられることに気づいた。眼を開くと幼い少年の顔が間近にあるのがぼんやりとわかった。
「目を開けた……! インフィ様が起きたよ、姉上!」
驚いて目を見開いた少年に呼び掛けられ顔を覗きこんできたのは少女で、少年よりもわずかばかり年上だろうが、それでも幼かった。
少年と少女は優雅な人形のような長い睫毛をまばたかせ、宝石のように緑の瞳を煌めかせてこちらを見ていた。
「インフィ様?」
不思議そうに眺める二人。
「君たちは……?」
ゆっくりと息を吐きながら喋った言葉には違和感があった。その違和感があまりに久しぶりに声を発したからだということに思い至って意識がすっかり覚める。声が聞こえていたのは夢ではなかった。
自分が長く眠っていたことを思い出す。そして、今、目覚めたのだ。
インフィは上半身を起こす。そこは天蓋に下がった天幕で囲まれたベッドの上だった。少年と少女が開けた隙間から光が差し込んでいた。
「ボクの名前はロウディです」
「私はリエラです」
少年少女が誰なのかわからなかったが、とても愛らしい容貌の幼い二人は無邪気で、微笑ましかった。
インフィはベッドから足を下ろして天幕から出る。天幕の中は薄暗かったので、表は眩し過ぎる程に感じて目を開ききれなかった。目が慣れてくると、そこは別段眩しすぎるということもない室内だった。窓から日差しが差し込んでいるため部屋の中は明るかった。
確かめるように一歩を踏み出し、窓辺に寄る。
「ここは……?」
インフィは問い掛けたが、窓の外の景色を見、部屋の中を見渡し、そこが知る場所だと気づいた。
「グルスティラム宮殿のインフィ様のお部屋だよ!」
そう、ここはグルスティラム宮殿のインフィの居室だった。スンの後封印されていた部屋だが、インフィが帝都に戻った際に皇帝クウェスタが再び使えるようにしてくれた自室だった。
(ここで眠っていたのか……?)
力を使い果たした所までは意識があった。だがそのあとはわからない。意識が溶けていくように眠りについたはずだが、どこか眠る場所を特定できるような眠りではないのだが……
「私、陛下と将軍を呼んでくるわ」
「まって姉上! ぼくも行く!」
二人は慌ただしく扉の鍵を開け出ていった。
(確かに、ここはグルスティラムだ)
インフィはもう一度窓の外を確かめる。由緒ある宮殿は以前のままで、変わらぬ景色がそこにはあった。
(一体、どれくらい眠ったのかな……)
もう知る人はきっといないだろう。それだけ長く眠ったはずだ。なぜここで目覚めたのかはわからないが、今は清々しい気持ちで、深くは考えなかった。
インフィが感慨にふけっていると廊下をばたばたと走る音が聞こえ、威勢の良い声が少年らが開けたまま出ていった扉の方から聞こえた。
「将軍! 早く! 叔母上が起きたんだから!」
(叔母上……??)
大人の足音も続いていた。
「こら! 殿下! 皇族たるものが廊下を走ってはいけません!」
大人の女性の声が響いて、インフィは反射的に振り返った。
インフィは混乱した。
声は親友の声だった。老いているのでもなく、別れた頃と変わらぬ声。
扉に少年と少女が飛び込んでくる。そうだ、この二人は皇帝クウェスタに似ている。そして続いて部屋に入って来た人物は……
「アミール……」
「インフィ……!」




