《第89話》エデッタの柔らかな日差し
エリックはエデッタの村を見下ろせる高台に着いた。村には真昼過ぎの強い日差しが差し込み、村を通る川が光を反射して煌めいている。グラインの森は秋の紅葉の色で彩られており、それは平和そのものの光景だった。
エデッタの村に戻ってみると、別段故郷でもないこの村が懐かしかった。旅続きのエリックだったが、ここは節目の、そのひとつの始まりだったようにに思える。
高台から村を見下ろしたあと、村の燭台の囲いを一人で越えた。
高台で見下ろした時はもっと感慨が湧くかと思ったが、その時が最も感情が高ぶっていたようだ。村に入っても別段に感情が動かされることなかった。
エリックはただの通りすがりの旅人としてしか振る舞わなかった。商店で旅を続けるための用意をし、食堂で昼食をとった。店主からは近隣の情報を聞き、出立に備える。
エリックは実際迷っていた。この村に寄って、そして、テレスに会うかどうか。
食堂を出て、村の外へ続く道に佇んで、迷っていたその時だった。
「エリック!」
エリックは内心ぎくりとした。だがこの声に呼ばれて心が安らいだことも確かだった。エリックは決心して声を振り返った。
小走りに足音が向かってくるとすぐに、柔らかい感触のものがエリックの胸に飛び込んできた。
「エリック……!」
エリックは胸に飛び込んできたテレスを抱き止めた。
「戻ってきたぜ」
言っておきながら、さっきまではテレスに会うか迷っていた自分を思い出し、照れる思いがした。結局、会いたかったのだ。会ってこんなにも、嬉しい。
「心配したわ……船が魔物に襲われたって聞いたわ。それにティラム大陸には魔物が急激に増えたって。派兵には傭兵も参加したっていうし……」
エリックは情報通なテレスに舌を巻いた。
「あ、ああ。さすが情報通のスウェンド社だな。その分だと俺が帝都の城にまで出入りしたことも知ってるんじゃないか?」
エリックにからかうように言われたテレスは膨れっ面をする。
「もう! 茶化さないで! 心配だったんだから!」
言ってテレスは不安げにエリックを見る。
「怪我はない? 大丈夫?」
エリックがうなずいて笑うと、テレスは安堵したように再びエリックの胸に顔を埋めた。
エリックはテレスを、今度はしっかりと抱きしめた。
守れて良かった。インフィが守ってくれて良かった。そのことを実感した。
「この通り俺はぴんぴんしてるさ。それにティラムの魔物はもう、大丈夫。インフィがな、あいつ凄いんだ。あいつがもう大丈夫なようにしてくれた。まぁ、まだ多少は出るらしいが」
「インフィを助けたのはあなたよ。ねぇ、インフィはどうしたの?」
エリックは頷いて答えた。
「インフィは……眠ってる」
テレスが不安そうな眼差しをする。
「あいつ、今まで辛いことがあったんだ。それをやっと忘れて、幸せな気持ちで眠ってるんだとよ」
テレスは慈しむ目でエリックを見上げた。
「インフィには幸せになってほしいわ。あの子、とても寂しそうな目をしていたの、わかる?」
エリックは頷いた。
「世界が平和である限り、あいつも幸せなんだと。な?」
エリックは言い聞かせるように、優しく問いかけた。テレスは頷いた。
インフィは眠り続ける。
世界が、大切な者たちが幸せであるように、穏やかであるように、願いを抱きしめながら。




