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【時の末子】  作者: 志村しむら
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《第87話》旅の終焉

 リュウの力による青い球体が大穴の淵に降り立ち、一行をそこに降ろす。

「あれ? リュウがいないわ」

「ほんとだ」

 辺りにリュウは見当たらなかった。

「やっと解放されて、羽でも伸ばしに行っちゃったのかしら?」

 アミールはさして心配する様子が無かったので、なんとなしにアミールが一番リュウのことを察していると思っていた一行も、心配しなかった。


「博士は、元々、力の研究をしていた」

 グレイが大穴を見下ろし、博士に触れたときに見た博士の過去を語りだした。

「博士の妻は執政者だったようだ。その妻の講演で事件が起き、大衆の混乱による事故で娘を亡くした。娘を蘇らすために、力を使って命を操る研究に没頭した。生命の起源を知るために、世界を滅ぼし、生命の誕生を観察する方法に行き着いたのだ」

「そのために世界を!?」

 グレイはインフィに頷く。

「元々は娘を蘇らせるための研究だったのだが、悲しみと怒りで、次第に目的をわすれていったのだ。いや、いくら研究を進めても、娘が死ななかったことには出来なかったのだ」

 一行は言葉を失った。

「そして、世界を作り変え、娘の望んだ世界に近づけようとした」

「それでも娘に会えなかったから、もういちど滅ぼして、また最初からやり直そうとしたのか……」

 インフィは胸が痛むのを感じた。

 トキが蘇るかもしれないと思ったら、自分もどんなことでもするのかもしれない。その気持ちには共感できた。

 インフィが泣きそうな顔をしていると、グレイが何も言わず抱き寄せた。少し驚いたのと、恥ずかしい気がしたが、インフィは胸に顔を預けて目を閉じた。時の奔流の中で何も無い世界に思考が溶けて行きそうになったとき、インフィを包んでいてくれたのはグレイの力で、それがあったから戻ってこれたことを思い出した。

 過去に捕らわれていても、今ある幸いから目を反らすことも出来ない。人は愚かなのかもしれなかった。ただ、願うなら、愛すべき者たちと幸いを共有したかった。本当はトキにも教えてあげたかった。

 大穴を同じく見下ろしていたエリック、サディウスは気づかなかったが、アミールが気配に聡く、気づいて振り返り、グレイとインフィの様子を見て目を丸くする。

「あら? あんたたち、そういう感じ?」

 無粋にもアミールは言葉にした。エリックとサディウスが振り返るので見られる前に慌ててグレイから離れるインフィ。

「あら、別にいいのよ? 陛下に報告できることが増えたけど」

 アミールは嬉しそうに笑った。

「にいさまにいさま〜、って陛下のことばかり慕っていたから、ブラコンと思ってたのよ。安心したわ」

 インフィはなぜフォートラスの言葉でよりによってブラコンという言葉が残っているのか疑問に感じたが、とにかく締まらない顔をした。

 アミールの発言を聞いて、顔を歪めて次いで頭を抱えたのはサディウスだった。

「嫉妬か?」

 サディウスの様子に突っ込んだのはエリックだ。

「ち、違います……」

 言葉では否定はするものの、エリックは見逃さなかった。

「これはグレイへじゃなく、陛下への嫉妬だな!」

 エリックは明るく言い放ってがははと笑う。

「ち、違いますから!」

 サディウスは頭を抱えたままとにかく言うのだが、説得力は無かった。

「あ、ねえねえ、グレイ。さっきエリックの傷も治したでしょ? エリックのこともわかっちゃったの? 大丈夫?」

 それを聞いてエリックはなんの事やらと首をかしげるが、博士のことを語ったグレイの行動から、グレイが触れると人のことを読み取ってしまうのだということに気付いた。

 エリックは何をばらされるのかとヒヤヒヤしてグレイが口を開くのを止めようとするが、グレイはエリックをちらりと見て小さく笑う。

「こいつは単純だから問題はない」

 触れて過去に心を痛めることも、エリックがばらされて困るようなこともない、その意味で言うグレイ。これには皆が声を上げて笑った。

 エリックは気まずそうに顔を歪めるが、わざとらしく真剣な眼差しを作って言う。

「褒め言葉と受け取っておくぜ」

 これにもまた皆が笑うのであった。




「さて」

 インフィはつとめて明るく言った。

「私、この大きな綻びを治さなきゃ」

 厳しい目つきになったグレイがインフィに詰め寄る。

「どれほど力がいると思っている」

「でも、眠ればいいだけ」

 俯いて言ったインフィ。

「どういうことなの?」

 アミールが不審に感じて尋ねた。

「綻びは神の力じゃないと埋められない。でもこれだけの大きな綻び、大きな力を消費することになる。だから終わったら眠りが必要になるんだ」

 力を使い、それを回復させるためには眠ればいい、そういうことかと納得しかけたアミールだったが、それにしてはグレイが険しい剣幕であることに気づいた。

「どのくらい眠るのですか?」

 アミールと同じ疑問に気づいたのはサディウスだった。

「ええっと……何年か、かなぁ」

 インフィが何かをごまかそうとした言い方だと気づいたのはエリックだ。エリックは他所を見ながら首筋をかくインフィの仕種を指差した。

「嘘をつくな。おまえのソレ、嘘だろ。本当のところは?」

 指摘を受けてバツの悪そうに俯くインフィ。

「十年くらい、かな」

「もっとだ。五十、六十……いや、百年は眠りが必要だろう。これだけの綻びを直す力が数年の眠りで取り戻せるはずはない」

 グレイは厳しい口調だった。インフィは俯いたままだった。グレイの言葉を肯定した。

「俺がやる」

 グレイが言うのにインフィは慌てた。

「グレイの力じゃダメ! あなたの力は命に向いてるんだから! ……私の方が向いてるんだ。時を寄り合わせて綻びを埋めることができる」

 グレイがまだ何か反論しようとしたが、インフィがグレイの首に抱き着いたのでグレイは押し黙ってしまった。

「私にしかできない。お願いだから私にやらせて……この世界を守らせて。私はこのためにここまで来たんだ」

 グレイの耳元に響いたインフィの声は震えていた。この場所に今来たということではない。神の力に選ばれ、竜の神が導く国に生き、フォートラスを知り、ここまでやって来た。何もなければトキを死なせてしまったあの時にそのまま終わっていたはずだ。

 インフィはぱっとグレイから離れてみなに笑顔を向ける。

「死ぬわけじゃないんだから。眠るだけなんだ」

「でも、そんなに眠るんじゃ、もう会えないじゃない!」

 アミールは怒鳴った。インフィは悟ったような顔でうなづいた。

「ごめん。アミール。また、だね」

 また、とはアナラティス・スンでのことを言っていた。こうして一度死んだインフィが、蘇ってアミールと再会したのはアミールにしてみれば奇跡としか言いようのないことだった。

「……今度は、本当に死なないのね? 私がうんと長生きすればまた会えるのね?」

 必死に言うアミールにインフィは少し笑ってしまう。

「うん」

「本当にそれしか方法は無いのか?」

 インフィはエリックに向き直る。

「方法があっただけでも奇跡だよ」

 インフィは笑顔で言うので、エリックはそうか、と言ってうなだれてしまう。

「皆さんには悪いですが、私はずっと待っています。……今ほど魔族に生まれて良かったと思ったことはありません」

 サディウスは落胆しているだろうに、それでもなるべくいつもの飄々とした調子で言った。

「何それずるくない?」

 アミールが膨れ面をする。

「俺も年は取らん。待っている」

 グレイもしてやったりという顔をしてみるのだが、なにせ無表情の男だ。それが表面に現れはしない。それに気づいてか気づかないでか、アミールはグレイの肩を叩く。

「いいわ! 私、おばあちゃんになって待ってるわ! ランスマスターはみんな長生きなのよ。次代に継承したら竜の神がランスマスターだった時間を返してくれるんだって言われてるわ。私、新記録目指すことにした」

 インフィが堪らず吹き出す。

「どんだけ図太いおばあちゃんになるつもりだよ~」

「なんですってぇ~!? 図太いってどういうことよっ!」

 アミールはインフィに拳を翳して見せるのを、インフィは大変だと身をうずめてみせる。

 別れの時は穏やかに流れた。




「じゃあ、みんな、船に戻って」

 みなインフィを無言で見つめたが、サディウス、エリック、アミール……踵を返し去っていく。




 インフィは再びグレイに抱き着いた。グレイは鼻頭でインフィの顔を辿り、捜し当てたインフィの唇に唇を重ねた。

 別れの合図だった。




 インフィは仲間達の背中が見えなくなるまで、その姿を見送った。目に焼き付けるように。眠りの中で、夢で見るのが彼らの姿なら、幸せな眠りになるだろう。


 誰ひとり涙を流さなかったのが有り難かった。


 そう、彼等を守ることができる。それができるのは自分だけでしかない。

 それがインフィをこんなにも幸福な気持ちにさせた。

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