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【時の末子】  作者: 志村しむら
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《第83話》氷結牢

 青白い光に包まれて、光が消えたかと思ったが、青白い何かしか見えない。いや、青白い岩壁……氷に囲まれた空間にいた。上も下も同じ氷の壁であった。

「いやあ、よく無事にここまで来れたなぁ」

 聞こえたのは少年の声だった。声の主を探して振り返ると。見知らぬ少年があぐらをかいて氷の地面に座っていた。両手を頭の後ろで組んで一行を眺めていた。インフィは改めて辺りを見渡し、出入り口らしきもののない空間であることを確認し、仲間たちが揃って同様にしていること、博士がここにいないことも確認し、少年を向いた。

 先に少年に答えたのはアミールだった。

「さっきから呼んでいたのはあなたね?」

「穴の縁で聞こえた声って、この子の声なの?」

 インフィがアミールに問うと、アミールは頷く。アミールにはどうしてか、この少年を警戒する様子は無い。

「リュウって呼んでくれよな」

 リュウと名乗った少年。赤茶色い残切り頭。切れ長の赤い瞳が印象的だったが、それ以外は何の変わった所のない、普通のやんちゃそうな少年……十歳前後といったところだろうか。まだ声変わりも、急な身長の伸びも来ていないような年頃に見えた。その傍らには自身の背を超える大きさの幅広の刀身の剣が置いてあった。

「なぁ、俺たち閉じ込められちまったのか?」

 エリックが途方に暮れたように言う。答えたのはリュウだった。

「いやぁ、閉じ込められそうになってたんだけど、ギリギリ俺の空間に来ることができたから、ダイジョブ。後で抜けられるぜ?」

 この閉ざされた空間でどうやって抜けられるのかわからず、エリックは首を捻った。

 突然の状況変化と正体不明の少年に驚いたが、中でもグレイが少年を見て特に驚いていた。

「……まさか、竜の神の力を持つのか」

 言われて少年……リュウは、まるでいたずらがばれた時のように笑った。

「あ、さすが、あんたにはわかる? えへへ」

「だからあたしに声が聞こえたの?」

 竜の神の力を受けるランスマスターであるアミールが続く。リュウは嬉しそうにしていた。

「そーなんだよ、アミール。俺、ずっとここに捕らわれてたんだよね。だけどさぁ、皆が来てくれたからやっとこの自分の空間を作ることができたんだ」

 言って嬉しそうにくしゃりと笑うリュウ。アミールの名前をすでに知っている様子が奇妙だが、前から知る名前のように呼んでいた。

「ほんとに嬉しいなぁ。みんなが来てくれてさぁ。みんなに会えてさぁ」

 心から嬉しそうにするリュウと、警戒しないアミールの様子に、正体不明だがつい心を許してしまいそうな雰囲気があった。

「ここはなんなんです?」

 サディウスは氷の壁に触れて、それが冷たい氷のようであって、魔法の炎で溶けそうにもないことを確かめながら尋ねた。

「ここはあいつが作った氷結牢さ。氷の牢屋。俺はあいつが何かやりだした時からずっと捕まっちまってんだ。あ、でも安心してよ。あんたたちの力を借りることができたから、この空間だけは俺の空間にできたんだ。だから、もういつだって出れる」

 いつの間に力を借りたのだろうと首を捻るサディウス。はっきりと理解を感じられる言葉は少年の姿から発せられると生意気そうに感じられるが、リュウの目は大人びていている。

「どうしたの? グレイ?」

 いつもと様子が違い、いまだ驚き続けているグレイに気づいたインフィ。

「いや……氷結牢とやらに捕らわれていたから今まで神の力を持つ者の存在に気づけなかったが……」

 グレイはため息をついてから続ける。

「ここに今、眠れる神々と、時と、竜の神の力が揃ったことになる」

「えっ……?」

 インフィが呆然とする。

「うん。そう」

 リュウがグレイの言葉を肯定する。

「えっと……あんたたちの名前は?」

 リュウはアミール以外の名前は知らないようだった。

「……グレイだ」

「エリックだ」

「サディウスです」

「インフィ」

 名乗る面々。リュウはインフィの名乗りに首をかしげるが「あ、そっか」勝手に何かに納得したような素振りを見せた。インフィは首をかしげるがリュウは構わず話を続けた。

 リュウは固い決意を込めた口調で言った。

「人としてのあいつを封じるぞ」

 リュウが言うあいつ、というのは博士のことに違いなかった。唐突な決意に一行は言葉を飲み込む。

「……もう、わかったと思うけどさ。あいつはこのまま世界を滅ぼす。そして新しい世界を作ろうとしてる」

 一行が信じられないまま感じていた博士の目的を改めて言葉として明確にされ、一様に悲痛な表情を浮かべた。リュウは続けた。

「……それに、あいつには不完全な世界しか作れない。あいつはあくまで人だから」

「あれが人だというのですか!?」

 サディウスの驚きにリュウは冷静に頷く。

「魔力って奴で自分を変えちまってるけど、人であることには変わりない。だから不完全なんだ」

「でも、封じるっつったって、どうやんだよ」

 尋ねたのはエリックだった。リュウは応じる。

「グレイが言ったろ? 神の力が揃った」

 そしてリュウは真剣な眼差しで続ける。

「神の力で人を神に押し上げることができる」

 全く想像に無い方法に驚愕する一行だが、少ししてからそれを飲み込んでため息をついたのはグレイとインフィだった。

「博士を神に押し上げ、そして不完全な物を作れないようにするということか……」

 インフィには神の力がどのような性質の物か理解しつつあったので、リュウが言うことがわかったのだが、サディウスは博士の魔力に半ばトラウマを抱いていた。

「そんなことをしたら、それこそ博士の思う通りに世界を壊してしまえるのではないのですか!? 神とは、力を持った存在なのではないですか!? ……神とは一体なんなのですか!」

 サディウスを諭すようにインフィが静かに話しだす。

「……サディウス。神々は司るものを持っている。万能じゃない。でも、完全なんだ。博士は不完全で強大な力を振るうから、それが世界に綻びを生みだす。

 司るものを持つ神はその力しか持たない。神ならば完全な力しか振るえなくなる。博士には世界を崩壊させることができなくなるんだ」

「しかし、やはり、力を持つ危険な存在であることには変わりないではないですか」

「そうなんだけど……」

 サディウスのもっともな指摘に、インフィはリュウの言葉を受けて閃いた答えをうまく言葉で説明できずに言葉に詰まった。

「グレイが言ったろ? 神の力を持つ者がここに揃った。眠れる神々と」

 リュウの言葉に、インフィとグレイは顔を見合わせる。インフィはリュウに向き直った。

「神であれば、司るものを失うと眠りにつく。眠れる神々と繋げることができれば、眠らせることができる……」

 普段理知的なサディウスですら、その考えを理解しきれなかった。言葉で言うのは容易いが、それを成すのは想像を超える。

「やろう」

 強く短い言葉で決意を表すインフィ。リュウは自らの知識で説明した。

「神に押し上げ、あいつ自身が神の力を認識しないとだめだ。力を振るわせるんだ。神の力は使うことで認識する」

「そしてグレイの力を足がかりに、神々が眠りについた時に繋げる。……そこは時の神の力ならではだね」

 インフィは皮肉めいた言い方をする。これだけ壮大な事柄に、こうまで対策方法が揃った。運命としか呼べない出来事。だがこうまで運命が揃うと作為的ですらあることに、インフィは一人疑問を抱いたままだった。


「問題は力を振るわせるって所だね」

「げ。そいつはまさか……」

 エリックが情けない声を上げる。エリックは最早自分では及ばずと決め込んでいるようで、すでに座り込んで腰を落ち着けていた。

「あの強大な魔力を振るわせるとなると……」

 真剣に案を練り考え込むサディウス。

「いや、サディウス。博士は魔界を解放して世界の崩壊を進めるって言ってたよね。博士が強大な魔力を持つなら、自分で直接魔界に溜まった魔力と同じくらいの魔力を放てばいいのに。博士が振るえる魔力は強大とはいえ、限りがあるんだよ、きっと」

 サディウスはインフィの考えに納得し暗かった顔を上げて頷く。

「……なあ。あの博士ってな、戦闘経験、あるのかね?」

 ふいに言うエリック。戦闘経験ということで、なんとなしに将軍アミールに声を向けた。

「あったらあんなに無駄な力の出し方しないんじゃない?」

 アミールが即答するのに、エリックは指を鳴らしてそれだ、と指差す。

「なんの指向性も無い力の放出、確かに戦うための力の使い方では無かったように思えますね」

 穴の縁でのことを分析するサディウス。

「いわゆる頭がお固い知識派。戦い慣れした俺らの方が有利だぜ」

 エリックは言い切った。それぞれに不安を抱いていた皆の心に自信が生まれた。

「まるでカインが言う、神の鎮魂の儀式みたいね。荒ぶる神を鎮める。まさか本当にそんなことになるなんて。いいわ、やるわよ」

 アミールはさすがの将軍職とあってか、いかに厳しい状況の戦略を前にしていても落ち着いて決意を見せていた。

「神に押し上げ、力を振るわせ、神の力を認識させ、司るものが無くなった時に繋げ、鎮めて眠りにつかせる。それで行けるね、リュウ?」

 インフィは結論をリュウに告げた。

 リュウは力強く頷いて返した。




 そのために、私はフィフトラスを愛し、フォートラスを知り、フィフトラスに戻り……ここに皆と集まったんだ……

 昔から多くの人が運命を紡いできたんだ……

 いったい、誰が最初に望んだんだろう。




「リュウ……つったよな?」

 エリックが座ったままリュウに声をかけた。

「おまえはなんで世界を守るんだ? 俺にはホントかどうかもうまったくわからなくて、話にゃついていけてないんだがよ、竜の神の力があるってんなら、神様みたいなもんなんだろ? 世界なんて関係あるのか? 俺らみたいに大事な身近な奴を守りたいとか、守る理由はあるのか?」

 理解していないと自分でも言うエリックだが、リュウは言葉を真摯に受け止めて答えた。

「あはは、痛い所を突くなぁ。確かにあんたらみたいに愛情ってーの? そういうのを想う相手はいないし、世界が滅んだとしても神は滅びない。けどさ、竜の神って言うけどそれって、誰かを救いたいっていう気持ち? まぁ、救世とか勇気とかそういう気持ちを司ってるんだよねぇ。説明が難しいんだけどさ、悪い奴からまともな奴を守るってことは本能みたいなもんってわけ」

 リュウは生意気な悪ガキのように笑って言った。

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