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【時の末子】  作者: 志村しむら
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《第71話》心がはまる場所

 宮殿に着き、グレイは部屋で休まされる。インフィも部屋に押し込められ、アミールからきつく言い渡される。

「ちゃんと休みなさいよ!」

 再び多忙な将軍アミールは仕事に戻って行った。

 エリックやサディウスもインフィを休ませるためにインフィの部屋を後にした。

 休めと言われたので寝台に上がって一眠りしたが、やはり悪夢を見て飛び起きてしまった。グレイは救えてもトキは救えなかった。その過去の心の傷はどうしても癒えず、例え本人が常に意識しているかどうかに関わらず暗い影として残っているのだ。

 インフィはテラスに出て手摺にもたれた。夕日に照らされ、しばらくの間なにもせずにそうしている。神法を少し使って寝不足を力で補う。そうしていれば、睡眠をとらなくてもなんとかなるようだった。

 夕暮れは短い。気づけば空は恒夜の終わりに独特の藍色に染まっていた。

 インフィはなんとなしにグレイの様子が見たくなったので、自室を後にした。


 扉をノックすると、中からグレイの返事があり、入って良いと声があった。

「起きてて大丈夫なの?」

 グレイは寝台にいたが、上半身を起こし、眠らずに本を読んでいた。

「ああ。……眠ると悪夢を見る。だからもう何年も眠っていない」

 インフィは驚愕した。

「何年も?」

 そして先程自身で神法で補ったことや、見てしまったグレイの過去のことを思い出す。そして小さくうなだれた。

 インフィは椅子をグレイの寝台の脇に置いてそこに座る。

「グレイ、ごめんね。巻き込んでしまった上に、大怪我をさせてしまった。私をかばって……」

 グレイはインフィが話し出すので手にしていた本を静かに閉じ、横付けの台に置く。

「おまえは謝ってばかりだな」

 グレイが静かな口調で言う。責めるような口調でも悲しそうな口調でもない。

「だって……」

 反論しかけてインフィはしゅんとうなだれる。

「それに、グレイの過去を見てしまった。グレイの傷を直す方法を知るために……」

 その告白には、少しばかり驚いたと見えて、彼に珍しい表情を見せる。だがすぐに元の無表情に戻る。

「そうか……」

 グレイは決して否定も憤りもしなかった。

 インフィは言葉に詰まる。沈黙してしまう。


 グレイが口を開く。

「無茶ばかりをする弟がいた。仲は良いという程ではないが、あれがいないとあれを溺愛する母が悲しむ。弟が囚われた頃には母はもう戦に巻き込まれ死んでいた。父はもっと昔に死んだ。親孝行もしなかったので、せめて弟だけでも救おうとした。……それだけのことで、深い感傷はない」

 グレイは淡々と言ったが、インフィは弟のことで心乱れるグレイを彼の記憶の中で見ていたので、 グレイが今言ったようなことは、グレイが長年自分に言い聞かせてきた事柄なのだとわかった。

「その時からだな。自分が人ではなくなってしまったのは」

 グレイは自分についてのことを語ることが無かったとあって、喋ってしまった自分に微かに狼狽した。インフィは気づかないが。

「私も……息子を……」

 インフィが自分の過去を明かそうとするが、グレイはそれを遮って言った。

「俺もおまえの涙に触れた時に見えてしまった。おまえの過去。……辛いのなら口にする必要はない」

 インフィがテラスで一人泣いていたあの時、すでにグレイはインフィの過去を知ってしまっていたのだということだ。インフィは少し驚いたがすぐに受け入れることができた。彼を唯一の同胞だと感じたからだろうか。

「誰であろうと、触れればわかってしまう。だから人と接することはしないできた」

 それはインフィにはないグレイの持つ力なのだった。

「そっか……」

 グレイが持つ力に驚きはしたが、口にしないで済んで、微かに安堵した。そして、助けるためとはいえ、グレイの過去を勝手に見てしまった罪悪感が少し軽くなった。

 それよりも、彼が望まず背負ってしまった力の苦難を思って哀れみがあった。

 グレイはなにも言わずにインフィを見ていた。

「どうしたの? 何か変?」

「いや……まさか、おまえが俺の傷を治せるとは思ってもいなかった」

 インフィは頷いて少しだけ笑顔を作る。

「良かった。グレイを助けられて。いつも助けられてばかりだもんね。シアルの時も来てくれたし」

「あれは……おまえが来ることを感じたからだ。だが、会ってわかった。今回のことでも」

「何が?」

 グレイは寝台に深く身を預けると、囁くように呟いた。

「俺にはおまえが必要なようだ……」

「え?」

 小さな声だったので、インフィはそれを聞き漏らして、首をかしげて耳をグレイに寄せた。

 グレイはインフィの頭に手を添えてインフィの顔を引き寄せる。インフィが何事かと思っているうちに、インフィの唇に熱く柔らかい感触が被さる。


 グレイは優しく、インフィに口づけをした。


 インフィが状況を把握しかねて呆然としていると、グレイはいたずらっけのある笑みをしていた。

 徐々に何が起きたのかを理解できてくると、インフィは唐突に今までのグレイの行動の意味を悟ってしまった。

 助けに来てくれたこと、親切にしてくれたこと、命をかけて庇ってくれたこと。彼の優しさと、インフィを見る彼の表情の意味。

 頭に血が昇る感覚がする。インフィは混乱して、顔が熱くなって、狼狽して、布団の隅に顔を伏せた。

 だが自分の気持ちも唐突に悟ってしまった。心が、どこか温かくてピッタリとした形の場所に、すぽりとはまり込んで包まれるような感覚。グレイもまた同じように感じているのだと、伝わってくる。

 きっともう、インフィはグレイから離れられない。

「……恥ずかしい……」

 インフィは何を言ったらいいのかわからず、それだけかろうじて言った。グレイから小さく笑う声が聞こえて、その頭に大きな手が乗せられた。グレイの手はひんやりしていて、火照った頭に心地よく、とても愛しいものだと感じた。

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