《第7話》恒夜に
インフィにとっては、不思議な景色だった。
星空と呼ぶのもどこか相応しくない。
フィフトラスの夏の夜は明るかった。
大きな星がいくつも空に輝き、空全体を明るくしている。大きな星は、インフィからすれば小さな太陽のように感じる。星とはとても思えなかった。フィフトラスの夜は照明も要らず、晴れた日中程ではないが、夜でありながら重い曇り空模様の日と同じくらい明るかった。
そして太陽とは違ってあらゆる方向から光に照らされる世界は、また昼とは違った表情をしている。
明るさの違いではなく、この「顔」の違いがフィフトラスの夜ということになるのだろう。
「眠れないの?」
インフィが森でエリックと出会ってから五日経つ。テレスの屋敷にいた。インフィは廊下の窓から、この慣れない夜の景色を眺めていた。寝巻き姿のテレスが通りかかった。
エデッタには神殿に司祭がいて、傷などを癒やすことのできる法術を使うことができた。テレスの負った怪我は法術によって治され、戦闘の傷はすっかり良くなっていた。
その元気なテレスの姿を見て、あらためて安堵するインフィ。
「……いや、夜なのに明るいなーって」
「夏の間は『恒夜』よ。また冬に向かうと、夜はこの明るさを失っていくわ。そうしたら今度は月の時期よ。暗闇に月が浮かび、小さな白い星が散らばる星空……」
インフィが空から目をはなさずにうなずく。
「私のいたところは、夏の夜も冬の夜もずっと星空だよ。それに月がきれいだったな。暗闇の中に月が一つだけ鮮やかに浮かび上がるんだ」
インフィが手で満月の形をかたどってイメージする。
「星もきれいだったけど、そんなに見えないんだ。私の住んでいたところは割りかし都会だったから、よけいに少なかったかな。オリオン座が見えればいいほうだった」
テレスもインフィに並んで外を眺めた
「都会は星が少ない……? どうして?」
「ん~そうだな。街の明かりが多すぎて、小さな星の明かりをかき消しちゃうんだ。それと……都会のほうが空気が汚れてたから。空が濁ってたんだ……」
テレスが見たインフィの横顔は、どこか悲しそうだった。不思議そうに眺める視線に気づき、テレスを振り返るインフィ。
「ねぇ、テレスは今でもエリックのこと好きなんでしょ?」
突拍子も無い問いにテレスが赤面する。
「な、なんで急に……」
三十路近くになってもこの反応ができるテレスにインフィが笑う。
「見てればわかるさ。エリックもテレスのことが好きなんだね」
これに驚いたのはテレスのほうだった。
「うそ………! そんなことあるわけないわ。彼は私を置いていったのよ。好きなら普通、側にいたいものじゃない」
「見てればわかるって言っただろ?」
なんだかインフィの笑顔が大人っぽい。テレスよりもずっと年下のはずなのに。
「……も、もしかして……インフィ、エリックのこと、好きなの?」
胸が鳴って止まらないテレスは恐る恐る尋ねた。インフィは笑った。
「なんでそうなるの」
次にインフィは悲しそうに答えた。
「友達としては好きだよ。でもね……」
インフィは切ないような目で、明るい夜空に視線を戻した。
「男の人としては……よくわからない。多分”好き”じゃないと思う」
「どうして……?」
「……恋したこと、今までないんだ。恋ができない……怖いんだ」
「男の人が怖いの?」
インフィは首を横に振る。
「ううん。自分が……自分が変わってしまうから、怖いんだ」
「恋ってそういうものでしょ? 自分が自分じゃなくなるほど、相手のことを強く思うものよ」
テレスが小さく笑って言うが、それでもインフィは悲しそうに首を横に振った。
「………違うんだ。……自分という存在が消されてしまうから……怖い……」
言ったインフィの目は、とても哀しい色をしている。金色の瞳に明るい夜空が映って見えた。
「暗い話してごめんね。私、もう寝るよ。おやすみ」
テレスは無言でインフィの背中を見送った。あんなに哀しい顔をするインフィに、かける言葉が浮かばなかった。
ふと廊下の先でインフィが振りかえって笑った。
「なるほど。テレスは自分が自分じゃなくなるほど、エリックのことが好きなんだね」
テレスがてんで決まらない顔をして、再び顔を真っ赤にした。
「な、なに言ってるのよ!」
インフィはテレスの拳がふってくると想像したのか、逃げるように走り去っていった。




