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【時の末子】  作者: 志村しむら
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《第63話》インフィ、アミール、カイン

 インフィらはアミールが運んできたワゴンに載った食器や料理を机に並べ、食事の準備をする。

「あら。あの琴出したの? 弾かせて!」

 アミールはインフィの竪琴が置いてあることに気づき、これに食いつく。アミールも竪琴をたしなんでいた。

「ダメダメ! 壊れたらどうするんだ」

 先程サディウスには弾かせたのになぜインフィはアミールにはこう言ったかというと、実はアミールが弾く曲が苦手なものばかりなのだ。アミールは恋や愛といった、女性が好むロマンチックな曲ばかり弾く。

 インフィはそそくさと竪琴を寝室にしまった。


 三人で食卓を囲みながら、やはり思出話は尽きなかった。

「あんた、一時自分のこと、俺って言ってたわよね」

「そうですわ。普通の人のしゃべり方を真似してみる、と言ってましたわね」

「まぁ、それまでが変なしゃべり方だったものね」

「その話はもう勘弁してよ~。だって周りに友達みたいな人いなかったんだから」

「それで真似したのが兵士のしゃべり方ってのがね」

「だって、気楽に喋ってるのって、兵士くらいしかいなかったんだもん。こっそり見て勉強したんだよ、あれ」

 アミールとカインが吹き出すのに、つられてインフィも笑う。ついでアミールは口をへのじにして目を細めて喋った。

「私はそのようなことを望んではいない。貴殿らがそうしたいのなら、応じるが」

「それ、誰の真似だよ」

「俺って言い出す前のインフィ」

 アミールが茶目っ気たっぷりの目をして言うのに、インフィがアミールの背中を叩く。カインが手を叩いて笑う。

「それでアミールがしゃべり方が堅苦しくて変だっていうから、必死に普通のしゃべり方を練習したんじゃない。まったく、あの頃は私も純粋だったよ」

 インフィがわざとらしく言うのに、アミールはしらじらしい目を向けるが、我慢できずに吹き出す。カインは笑いっぱなしだった。

「ほんの何年か前の話なのに、なんだかもうずっと昔のことのようですわ」

「そうだね。私にはもう二十年くらい前ってことになっちゃうんだけどね」

 インフィがしみじみ言うのにアミールがはっとする。

「フォートラスってどんなとこだったの?」

「あまり覚えてはいないんだけど……平和だったかな。いや、平和って言い切っちゃうとちょっと違うかな。安全、だな。魔物もいないし、戦いもないし、盗賊なんかもいないし……。戦う必要は全くない場所だったと思う。ただ、なにかが歪んでいたな。あまり自由ではなかったような気がする。なんだか、生きる場所は狭かったように思う」

「平和とは違う?」

「なんてゆうか……心を平和に保つのが大変だったかなぁ。何かが常に自分に課せられている、でもそれは国のためとか他人に関係する責任のためとかじゃなくて、自分のためにしかならない何かが重く課せられてる。自分で望んで課せられたわけじゃないのにね。そんな感じ」

「なにそれ? よくわからないわ」

「うん。あの世界にいたのは、まだ子供の頃だったんだと思う。あの世界で大人になる前にこっちに戻ってきたから。大人はたぶんもっといろいろあるんだと思う。何があったかは思い出せないんだよな。なんとなく、こういう気持ちで過ごしてたってことだけ思い出した」

「戦う必要のない世界ですか」

「魔物がいなくなれば、戦う必要ってなくなるかしら?」

「どうだろ。他国に攻められれば戦がある。豊かな国とそうじゃない国、何かを持っている国と持ってない国。そういうのがなくなれば、今度はそれが個人と個人の間に差が出てくる。それがなくなることはあるのかな」

「人はいつまでも平和にならない?」

「……」

 アミールが問うように言うが、インフィは黙った。インフィは平和が来ることはありえないのではないか、そう思っていたのだ。

「正直、わからない。本当に平和になる日が来るかもしれない。来ないかもしれない。

 でも、今起きてる魔物の異常発生とその背景の、理の崩壊。それは平和になる可能性そのものを消してしまう。それはなんとかしなくちゃ」

 インフィは食後のお茶を振る舞う。

「でも、どうやって原因を探せばいいのかしら」

 アミールはお茶をすすりながら言った。カインは尋ねられてふと思い出したことがった。

「神殿におわす方なら何かご存じかもしれませんわ」

「神殿におわす方?」

 インフィが興味を持つのに、カインはにこりと微笑む。

「わたくしたち神殿に仕える者が法術を使うために、神殿の司祭と契約を交わします。司祭はその者の位や力量、役目にみあった法術を授けます。しかし授けられた法術は使用できる回数に制限があり、効果も決められたものです。使いきってしまったのなら、再び司祭と契約を交わして法術を授からなければ法術を使うことはできません」

「司祭はどうやって法術を?」

「司祭は神との契約によりその役目を授かります」

 カインの答えにインフィは首を捻る。

「……でも、それは表向きのこと。本当は神殿におわす方が司祭に許可を与えて、神殿におわす方の力を分け与えてくださるの。使われた法術は、再び神殿におわす方の元へ戻り、再び誰かに与えられるのです」

「それ、前に教えてって言っても教えてくれなかったね。法術の仕組み」

「決して誰かに口外してはいけませんよ。教会の高位の者しか知ってはいけない秘密なのですから。アルドエイストの研究記録にも残してはいけませんわよ」

 カインはインフィに釘を刺す。インフィは帝国にいた当時、妙に術の研究に執着していた時期もあったなと思い返した。

「おわす方が教会の教祖っていうこと?」

 アミールが尋ねた。法術を授ける存在ということは、教祖と考えても良いのではないか。だがカインはこれを否定する。

「違いますわ。神殿におわす方は、神に仕え民を守り導くための力をお貸しくださる存在です。教祖は教典の通り、尊公アゲイラ。教会設立は帝国創立より前のことです。神殿におわす方が法術の仕組みを教会に授け、教会にお留まりになられたのは、帝国創立より数十年後のことです。

 神殿におわす方は法術の仕組みを作り出した方……魔法のことも何かご存じなのではないかしら」

 インフィは内心、教会の仕組みもまた何者かが何らかの意図の元に作り上げたのだと感じた。帝国が世界を守るための機構として作り上げられたというその想像が本当だとしたら、もしかしたら、教会は帝国に平行して存在する何らかの機構なのかもしれない。

「その神殿におわす方はどこへ行けば会えるの? カインは会ったことあるの?」

「大神殿の中庭と場所を同じくして、結界に守られた秘密の庭があります。神殿におわす方はその秘密の庭におわします。ですが、秘密の庭には誰一人入ることはできません。司祭に力を授ける際にすら直接接触することはありません。

 秘密の庭はそう、術に詳しいアルドエイストが神の力を使える方と力を合わせでもしない限り入ることはできませんわ」

 カインはにっこりと微笑む。

「それって……」

「あら、アミール。何を考えていますの? 教会の秘密なのですから、どうこうしようとは考えても無駄ですわ。将軍ともあろう者が騒ぎを起こそうなどと考えないでくださいまし」

 カインはそう言うが、明らかに含む物があった。そしてインフィがその情報に興味を持つに決まっていた。今起きている問題に関していることもそうだが、そもそも法術の仕組みというものに大変な興味をそそられた。


「理の崩壊。それを止めても本当の平和なんて来ないかもしれない。でも、私にしかできそうにないから、とりあえずやっておこうと思う」

 インフィは唐突に生真面目に言った。アミールがインフィを睨み付ける。

「そういう感じ? とりあえずって……まぁ、あんたらしいわ」

「意気込んで取り掛かったって仕方ないだろ? やる、やらないじゃなくて、やらなきゃいけないし、やり遂げなきゃいけないんだから。それを意気込んでやったって、気持ちが空回りして失敗したりなんかしたら取り返しはつかない」

「言ってることは合ってるけど、普通、もうちょっとあるでしょーが。せっかく大きなことをやるんだから、立派な一言が欲しいわ」

 言われてインフィはくすくすと笑い出す。アミールもカインも本当は、インフィが決意をしているのを知っている。それを知っていてあえて言ってくる親しさが、インフィには心地よかった。


 インフィは表情を引き締めた。

 息を深く吸い込んで、吐き出す。

 そして、まっすぐにアミールとカインを見る。


「私が止める。この国を、世界を守る。私に、皆を守らせてくれ」

 アミールとカインはインフィの視線をまっすぐに受け止める。アミールは強く頷いて返すが、カインは泣き出してしまった。

「ああっ、カイン、ちょっと……!」

 インフィは焦ってカインの手をとる。

 インフィが向かう先はもしかしたら無事では済まないのかもしれない。それでも委ねなければならないことを思ってカインは涙を流した。

 カインはインフィの手を握り返す。

「お願いですから、無事に戻って、インフィ……」

 アミールがカインの背中をさすって宥める。


 インフィはとても大きなものを背負っていることに、今更気づいた。今までもしてきたような、戦いに勝つ、とか国を守る、とかそういうことではない。

 皆を守ること、その中にはきっと自分も含まれてしまっている。

 それがきっと一番難しい。

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