《第6話》テレスの想い。目覚めつつあるインフィの力。
テレスは魔物を追い続ける。決して洞窟の外には出してはならない。この場所にあの魔物が居座り、近くにあったヒュルドの村とラッテルの村では何人もの死者が出て、村人は避難し、村は無人と化していた。
獲物が居なくなり、矛先を変える。
次はエデッタだ。
テレスには決して忘れない過去があった。
それは親友との誓い。遠い約束。
交わしたのはテレスの故郷、エデッタの村でだった。
10歳の頃。テレスはまだ世間を知らないお嬢様で、何不自由ない暮らしをしていた。
世の中の物騒なお話など、彼女にとっておとぎ話に過ぎなかった。
「私はこの村が好き! だからね、私女戦士になるの。そしてこの村を守ってみせるわ!」
「かっこいい! レリー! それじゃあ、私もおんなせんしになって村を守るわ!」
親が立派な貿易商で鼻持ちならないお嬢様、テレスは村の子供たちに仲間外れにされていた。しかしこのレリーだけは彼女を意味の無い標的などにはせず、親しくしてくれたし、二人は案外気が合って気づけばいつも一緒にいた。
レリーは正義感が強く、負けん気は強かったが、裏表のない性格をしていた。大人に囲まれて育ったテレスは、そんな彼女には素直になれたのだった。
「テレスはだめよぉ。お父様の跡を継がなきゃ」
「じゃぁお父様の後を継いで、この村を守るわ。それでいいでしょ?」
一見非合理的な応えに、親友は大笑いした。
「貿易商がどうやって魔物から村を守るのよ。テレスったら」
「私にも守れるもん!」
ふくれっ面をするプライドの高いお嬢様。レリーは優しく笑った。
「フフ……じゃあ約束しましょ! 私とテレス、必ずこの村を守るって!」
「いいわ! 約束ね!」
村を流れる小さな川のほとりで約束した。夕日が川に差し込み全てが黄金色に輝くこの景色が、親友レリーは大好きだと言っていた。
それから十年。テレスは不幸にも事故で亡くなった両親の後を継ぎ、貿易商人として、若くしてスウェンド社を経営していた。
レリーはかつて自ら語っていたように、戦士となって村を守っていた。村の自警団のリーダーを務めるのは、女性にして勇猛果敢、レリーその人なのだ。
村全体が静まり返って、薄暗い。しとしとと雨が降る、嫌な日だった。
「レリー! もう少し待ってからのほうがいいわ! もう少し待てば帝都から応援がくる!」
必死に説得しレリーを止めようとするテレス。突如現れた魔物により、エデッタの自警団はリーダーであるレリーを残し壊滅状態だ。
「こうして待っている間にもあの魔物はこの村にやってくるわ! 応援が来るならなおさら、少しでも奴を足止めしておかないと!」
「一人でなにが出来るっていうのよ!」
「……私がやらなきゃ誰がやるっていうの? テレス、あなたは村の皆がいざとなったらすぐに避難できるように誘導して!」
レリーはテレスに素早く指示を出すと、テレスの制止もむなしく、手を振り払って出ていった。たった一人で。
「レリー!!」
テレスは帝都の応援が駆けつけるとすぐ、兵士を先導してレリーの元へ向かった。
レリーに追いついた時、彼女はもう何時間も魔物と戦い続けている最中だった。無数の傷を抱え…。
「レリー!!」
彼女の姿を目にし名を叫んだとほぼ同時であったか。レリーの体が宙を舞った。魔物が振り上げた爪が真っ赤に染まっている。
地面に横たわるレリーの元へ急いで駆けつけるテレス。帝都の兵士達はすぐさま魔物に取り掛かっていた。
テレスは親友の体を起こし揺さぶった。力なくテレスの腕の中にもたれるレリー。テレスが必死にレリーに呼びかける。レリーはかすれる声でテレスに言った。
「……テレス……約束、したよね? エデッタを……守るって……」
レリーの体から急速に、力が抜け落ちていくのがわかった。テレスにはどうすることもできなかった。
生命力が急速に失われていく体は、もはや回復の術も受け付けない。
鍛えられた帝都の兵士達が団結して相手となっては、魔物はひとたまりもなく末期の叫びを上げて倒れた。それを見てレリーは安心したように微笑むのだった。
「……よかった……」
「……レリーが守ったあの村に、手を出させるものですか!」
テレスはその目的のために神経を研ぎ澄ませていた。だが、その行為は裏目に出たと言える。すでに周囲が見えないほど魔物に集中していた。
天井が高い空間に出た。前方の暗がりに走り去る魔物の背中の影が見え、そこにいるのは明らかだった。
テレスは狙いを定め、杖を構え前方に突き出した。念じると杖の先が輝き出す。
「ヴァナベルド(爆炎の弾丸)!!」
テレスが構えた杖の先から炎の塊が弾丸となって飛び出す。弾丸は魔物の方へとうねるように突進した。
「あの村は私が守る!!」
テレスは魔物が走りながら口元に笑みを浮かべていることに、気づいていなかった。いや、自分を失いつつある彼女に気づけるはずが無かった。彼女は前方にいる魔物に、レリーの命を奪った魔物の姿を重ねていたのだ。
爆炎の弾丸が魔物の背後に襲い掛かる。テレスは心の内で、もちろん一瞬ではあるが、達成感に近い油断を抱いた。自信のある術の攻撃を放ち、勝利を確信したが、それは誤りだった。
……瞬間、テレスにとって信じられないことが起きた。魔物は、爆炎の弾丸が当たる瞬間、振り向いた。
この時、テレスははっきりと見た。
魔物は笑っていた。
『……スィニドシェイル(水晶の障壁)……』
魔物と爆炎の弾丸の間に、一瞬にしてガラス状の壁が現れた。爆円の弾丸はその壁に阻まれ速度を落とし、しばらくの間は壁に突撃しつづけた。
「そんな……!!」
テレスは思いもしなかった状況に、とるべき行動が遅れた。
壁に衝突して渦巻き燃え上がっていた爆炎の弾丸は、急速に膨張し四方八方に飛び散り、術を放ったはずのテレスを襲った。
「きゃぁぁ!!!!」
「エリック!! 今の声!!」
インフィとエリックが急ぎテレスの後を追っていた。狭い洞窟の中に、テレスの声が響いた。テレスが強力な炎の術、爆炎の弾丸を放ったはずななのに、聞こえてきたのはテレスの叫び声だった。
やっと二人が追いついた時、巨大な火の玉が燃え盛っていた。
炎の中に人影が見えた。
炎の向こう側で魔物が笑っている。
「テレス!!!!!」
激高したエリックは矢を弓に番え魔物に向かって構えをとった。しかし、インフィは魔物の方を見ず、炎の中でテレスが動いたことに気づいた。
その時、インフィの中に光が走った。インフィは自分の中にある何かを感じ取り、言葉を発した。
初めて魔法を使った時のように。
「……清き流れの内より出ずるもの、やわ身を結し疾風となりてかの道をたどれ! フュリジフィア(凍れる風)!」
インフィが流れるように腕を振るい、両手を突き出すと、ちらちらと光の粒が舞った。そして光の粒は一筋の線となって炎の塊へ向かった。
「インフィ!?」
弓を構えたままのエリックが目を見張る。インフィの発した光の線に沿って風が巻き起こる。
「これは……凍れる風か!」
触れたものを凍りつかせる、氷点下の風。またもやインフィは知らないはずの魔法を使ったのだ。
凍れる風が炎を包み込む。
「たのむ! 助かってくれ!」
祈る気持ちで見つめるインフィ。
次第にに氷に巻かれた炎が消えていく。
同時にテレスの姿が現れる。その姿を見てエリックが安堵の息を漏らしすぐさまテレスに駆けつける。
テレスは光を発する杖を抱え、蹲っていた。衣服の所々が焦げている。しかし本人は、無事に炎の中で生きていたのだ。テレスは炎に巻かれながらも、なんとか術で耐えていたのだ。
倒れこむテレス。エリックが慌てて抱きとめる。
それを魔物が面白くなさそうに見下ろしている。もう笑いは消えている。
「馬鹿やろう!!」
エリックが力を使い果たし、ぐったりと力なく倒れているテレスを抱き上げ叱咤する。
「一人で何が出来るっていうんだ!」
エリックの声に、テレスがうっすらと目を開く。かつて親友に言い放った言葉を、そのまま自分が受けることになろうとは。
「エリック……」
「まったく……なんのために俺達を連れて来たんだ。一人で熱くなって、突っ走るなんてよ」
呆れるエリックの表情は、テレスの無事が確認できて、安心しているようだ。
先程までの慌て振りはいずこへいったのやら、インフィは魔物に向かって構えをとっている。
魔物の方もこちらに対して警戒態勢をとっている。ふいに魔物が言葉を発した。呪文ではない、それは意味が聞き取れる言葉だった。
『……ニク……ヨコセ……邪魔スルナ……』
エリックが魔物をにらみつける。
「テレスの肉なんざぁ上等すぎて、オマエにゃもったいねぇ」
エリックはテレスを後方に横たえ、立ち上がった。
「お嬢サマはおとなしく見物してな」
エリックが立ち向かおうとしているのを見て、魔物はあざけ笑い、にたついた。
「気持ち悪いなぁ……」
インフィが冗談めかして毒づく。しかしインフィも魔物に対して怒りを感じている。
「テレス、その杖貸して」
インフィはテレスの杖に手を出した。先程まで慌てていたインフィを見ていたテレスは、杖を渡して良いものか迷うが、インフィは静かな力強い目でテレスに頷いてみせたので、その空気に飲まれ杖を渡した。
インフィは杖を構え刃を振りかざした。エリックも矢を番え、弓を構えた。
走る緊張。
ふいに緊張に耐えられなくなったのか、魔物の方がインフィらに向かって飛び出してきた。
エリックがすかさず矢を放つ。魔物に真っ直ぐ向かう矢だが、魔物は3度目の矢は腕で振り払った。しかしエリックは、間を置かずにナイフをかざし突進した。みごとな足さばきで魔物の懐に入り込む。そして屈めた体を一気に伸ばし、上方へナイフで切り上げた。インフィはエリックに続き、魔物の方へと走り出した。エリックがナイフで切り上げるのを横目に魔物の横を走りすぎた。インフィの振り回す刃の付いた革紐が叫びを上げる魔物に絡み付き、刃がさらに肌を切り裂いた。
素早くインフィとエリックは元の位置へと舞い戻った。
「やるじゃねぇか、魔物見るのが初めてとは思えないな」
「なんとなくね、体が動くんだよ」
何度か魔物と、二人とが交錯する。次第に傷が増える魔物。破壊衝動が膨れ上がる。エリックの攻撃にインフィが合わせ、上手くエリックを援護できていたため、二人の方の怪我はかすり傷程度だ。インフィは不思議な感覚を味わっていた。考えずに状況を見て体を動かせば、エリックと共に魔物と戦うことができていた。魔物と会った最初と違い、恐怖心も無かった。この感覚を今は優先するため、なぜんな事ができるのか、考えないようにしていた。
魔物は咆哮をあげた。
エリックは手で印を組み、念じ始めた。インフィも手で弧を描き光の線を空中に敷いた。
「太古の記憶に眠る、熱き炎……大空より来たりし悠久の精霊住まいたもう熱き炎よ! 我が敵は悪意なり、悪意こそ汝が敵なり! いざ汝貫くものと化し、彼の者を滅却せよ!」
インフィが力強い声で唱える。エリックの印が輝き術を放つ。
「ヴァナベルドォ!!(爆炎の弾丸)」
「フィグルラーゼン!!(炸裂する風光弾)」
二人同時に魔物に向けて術を放った。インフィが放った爆炎の弾丸は、テレスの放った物よりも明らかに強大だった。エリックの術と合わさって激しく燃え上がり、推進力を持った。
しかし魔物は笑う。
「……だめっ! あいつは障壁術を持ってるわ……!」
テレスが自分が見たどんでん返しを情景に重ね、重い体を持ち上げ立ち上がろうとする。しかし力を使い果たした体には思うように力が入らなず、すぐ崩れ落ちるように倒れてしまう。
『……スィニドシェイル……』
テレスが案じた通り魔物は障壁を張った。インフィの爆炎の弾丸とエリックの炸裂する風光弾は、やはり障壁に阻まれ進行を止めてしまう。
「なんだとっ!?」
「跳ね返される……逃げて…!」
テレスは叫ぶが、エリックが逃げれば背後にいるテレスが犠牲になるのは明白。エリックは迷いもせずに身構えた。
「だったらこれでどうだ!」
更に行動を起こせたのは、インフィだった。インフィは新たな詠唱を続けた。
「闇奥に息づく聖者の魂よ……我が呼びに応え、青き光をもって悪意を裁け! リヒトルセン・トゥブス!!(悪意への制裁)」
インフィがまたもや新たなる詠唱を唱えると、炎と風が衝突する障壁へ向かって、眩いばかりの青白い光が炸裂した。
二つの術を押さえていた障壁に、三つ目の術がぶつかり、重なった力の衝撃によって障壁にひびが入った。
「いいぞ!」
エリックがつい、拳を握る。障壁を魔力で支える魔物に焦燥感が芽生える。
「これで止めだ!!」
エリックが弓を構え、障壁を支えるので精一杯な魔物へ矢を放った。矢は障壁を突き破り、そのまま魔物の脳天に直撃した。同時に三つの術が魔物に向かった。
『ガルアァァァァァァァ!!!!!!!』
断末魔の叫びだった。魔物の体が閃光に包まれていく。眩しさにとっさに手をかざして目を閉じる。
閃光が消え目を開くと、全身が真っ黒に焦げ果てた魔物が倒れていた。
「やった……」
倒れている焦げた魔物を、慎重に覗き込んで確認するエリック。魔物はぴくりとも動かない。
「すげぇぜ! インフィ! やっぱりすげぇ魔力だ!」
テレスがほっとしてため息をつく。
「よかった……」
インフィは一気に緊張が解けたのか、その場に座り込む。
「倒せたぁ……」
エリックが横たわるテレスの体を抱き上げる。
「まったく。このお嬢サマも無茶しやがってよ」
「何よ……しょうがないじゃない。親友との約束があったんだから……」
テレスはわざとふくれっつらをしてみせた。
「約束ぅ?」
エリックがしかめっ面をするのを、テレスは嬉しそうに見上げて眺めた。
『……ナゼオマエ、コンナトコロニイル……オマエガウマレタ大地、ココジャナイハズ』
呻くような声に振り返る。魔物の死骸から声がした。
「なんだと!? 生きてやがるのか!?」
エリックがテレスを抱えながらも身構えた。
『オマエ、ココニイテハイケナイモノ……』
インフィがはっとする。魔物の言葉はインフィに向けられたものだった。
『マティケガクルゾ……マティケガ……クル……ゾ……』
「マティケ?」
しかし魔物は今度こそ息絶えた。謎の言葉を残して。
インフィがテレスとエリックを振り返る。二人は首を横に振った。




