《第56話》インフィの過去
「白竜族が得意とするのは嗣法。これは言霊の力と呼ばれていて、強い嗣法は言葉を力にできると言われています。しかし、実態は少し違います。嗣法の最たる性質とは、打ち消しの力なのです。言葉が最も力を持った時、明確に発揮されるのが否定だから、嗣法と言霊が似たように認識された、と言えるでしょう」
未知の情報が多く、皆は言葉を挟むことなくサディウスの次の説明に耳を傾けた。
「その子は、魔族と、白竜と、黒竜の力を持っていました。……私は妹を連れて行こうとしました。そうしたらその子が……その時……自らの力に覚醒したのです。おそらく、母親を守るために」
心を封じられた者。それを取り戻そうとする者。それを純粋な心で防ごうとする者。その均衡を破る程の力が発揮されれば、大変な事が起こる、それを予期して皆、息を飲んだ。
「……その子の力は黒竜族の結果をも崩壊させました。黒竜族と白竜族の血が彼にとても強い力を授けたのです。ましてその子は力を制御する術など知りません。力はその場の全てに及びました。……妹の力と記憶を封じ心を操っていた術にも及んだのです」
サディウスは淡々と話を続けた。口調が平坦になってしまったのは、彼があえてそうせざるをえなかったからだ。サディウスは己の感情が高まらないように制御していたのだ。
アミールはインフィの様子をうかがう、インフィは無表情に、一点を見つめていた。瞬きせずにサディウスの話を聞いていた。
そう、インフィには全てがわかってきたのだ。サディウスが自分の兄だということ。こんな形で再会することになった。そしてサディウスが語る、話。
自分の話に相違なかった。
「その子の力はそのまま暴走した」
インフィは静かに言った。インフィを振り返ったのはエリックとアミールだった。サディウスはインフィを見ることができなかった。
インフィは思い出せていた。その息子への感情。
思い出してみれば、それは穏やかで愛おしい気持ちだった。
だがその奥には強い悲しみと、罪悪感があることも知っていた。
「トキと、言うんだ」
インフィは顔を上げた。
「私の息子の名前はトキと言うんだ……」
インフィは、思い出した記憶を確かめるようにもう一度息子の名前を繰り返した。
そこからは涙が溢れて止まらなかった。
(トキ、忘れていてごめんね)
インフィは心の中で何度も息子に詫びた。
「サディウスの妹って、インフィのことなのね」
皆が感じていた予感を口にしたのはアミールだった。サディウスが頷く。
「それでここまで一緒に来てくれたんだね」
インフィはサディウスに言った。サディウスは何も言えずに、インフィの方を見ることもできずにいた。
「全部、思い出したよ……」
インフィは震える声で言い、両手で顔を覆った。
「トキはね、その時に死んでしまったんだ」
「!」
サディウスはそのことを言うのを躊躇っていたので、インフィが口にするとはっとして顔をあげた。インフィはサディウスに向かって静かに頷く。
「トキの力が私に掛けられていた力を封じる術を解いたんだ。それで、私の魔力が暴走して……」
「違います、インフィ。あれは、事故だった。私の力があなたの力と共鳴してしまった」
インフィが言おうとした言葉の先を察し、サディウスが止める。だがインフィは首を横に振った。インフィの涙がはたはたと落ちて行く。
「私は自分の魔力が暴走するのを止められなかった。トキは私の力で死んだんだ……私が、トキを殺したんだ!」
言い放ち、インフィは慟哭した。インフィが恐れていた記憶、それは息子を自分の力で殺してしまった、その消しようのない悲しみと深く暗い罪悪感だったのだ。
エリックが言葉を失い呆然と慟哭するインフィを眺めた。アミールはただ静かに慟哭して震えるインフィの肩を抱いていた。サディウスは疲れきったような表情でうつむいていた。
息子が自分の力で死んでしまったその時、インフィは憎しみと混乱のあまり、無尽蔵に魔力を放った。天変地異が起き、そして魔物が現れた。
だがインフィは最後には無尽蔵に吐き出した魔力を己に向けた。そうしてインフィは命を落としたのだ。
サディウスはその時、天変地異と魔物の驚異からかろうじて逃げ出した。黒竜族の集落には甚大な被害があったが、サディウスは自分が逃げるのが精一杯でその後黒竜族の集落がどうなったのかはわからない。
「なんで私は死んだはずなのに生き返ったんだ……こんな力……なんで……なんで!」
インフィはヒステリックに叫んだ。
「見て! これが神の力だ!」
インフィは狂ったように立ち上がり、叫び、手を広げると、部屋中に赤い光が飛び散り、その光に触れた壁や柱や、調度品が大きな結晶体へと一瞬で成長した。金属や石はその純粋な結晶体へ、木材だった部分は緑を覆い繁らせ青々と成長を遂げた。
皆は驚いて立ち上がり呻き声をあげる。突然変異した部屋の中、植物がうねり、水晶の結晶が花のように咲き、複雑な幾何学模様を描く金属の結晶がそれらの隙間を張り巡らせる。
「全部、思い出してしまった……」
インフィは再び顔を両手で覆う。
皆は言葉を失っていた。インフィの過去にかける言葉がわからない。そしてインフィのこの超越的な力をどう受け止めていいのかもわからなかった。




