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【時の末子】  作者: 志村しむら
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《第5話》洞窟

 テレスが暗い洞窟の中、先頭を歩いていた。エデッタの村から数キロ離れたところに、薄暗い鍾乳洞があった。中のひんやりとした空気は、たいていの者を緊張に誘うのだが……。

 テレスとエリック、そしてインフィはその鍾乳洞の中を歩いていた。3人それぞれがランプを手にしている。

 インフィはきょろきょろとあたりを見回している。好奇心が刺激されているようで、うきうきとした様子が見てとれる。そのインフィの様子を一瞥してから、てレスを向いてエリックが半ば怒りながら尋ねた。

「で、だいたい察しはついてきたが……何を掃除するってんだ?」

「ちょっとしたホコリよ」

 冗談めかした言葉とは裏腹に、テレスの表情は真剣だった。

「お掃除かぁ。まぁ、嫌いじゃないけどなぁ。窓とかふいてぴかぴかになった瞬間は好きだよ」

 インフィの平和な言葉に、エリックがあきれ半分、インフィに振り返って言う。

「残念ながら窓拭きも、床磨きもねぇぞ」

「そうなの?」


 テレスは力強い足取りで、どんどん奥へ進んでいく。暗闇に向かって道が続いていた。

 突然テレスが立ち止まり、耳を澄ませた。無言で後ろの二人を差し止める。

「……いるわ」

「なにが?」

 この陰鬱な洞窟に、他に誰がいるというのだろうか。インフィにはもちろんわからない。テレスが手にしていた杖を構える。杖の先には長い革紐が括られており、革紐の先には刃を持った金属の輪っかが繋がっていた。エリックも背負っていた弓を手に取り、矢をつがえて警戒体勢をとった。突然の緊張した空気に、インフィは状況が飲み込めず、二人を交互に見比べてから、テレスにならって耳を澄ませた。

(……チチチ……チチ……)

 なにか甲高い動物の声が、闇の中から聞こえた。エリックが弓矢を構え、片目を閉じて狙いを闇の中に定めた。

「なにするの?」

 しかし集中するエリックの耳に、インフィの声は届いていないようだ。エリックが両目を開いた瞬間、闇の中からけたたましい獣のような声が響いた。

『ドルォォオオ!!』

 エリックが放った矢が闇の中にいた何かに命中したのだった。響くおぞましい声に、インフィは驚く。

「なに?! なんの声!??」

 しかし慌てるインフィをよそに、エリックとテレスはすかさず暗闇の向こうへと駆け出していた。テレスは杖を振り回し、杖につながっている革紐が弧を描く。

 エリックは素早く腰からナイフを抜き取り前方に構えた。

 暗闇の中から大量の蝙蝠が飛び出してくる。しかし一匹残らずエリックのナイフが切り裂き、テレスの鞭のようにしなる武器に絡めとられていく。

 さらに奥へと向かう二人に、訳も分からずあわてて追うインフィ。

「ちょっとまってよ!」

 あわてるインフィの真上から巨大なコウモリがおそいかかってくる。安眠を邪魔された怒りか、目が真っ赤だ。しかもただのコウモリには見えない。牙が異様に大きく、良く見れば目が三つ顔にひっついている。

「インフィ!」

 振り返ったエリックが素早くナイフをくわえ、空いた手で弓を引き絞り、矢を放った。みごと矢はコウモリに命中し、インフィはコウモリの襲撃を受けることなくすんだ。瞬きする間のエリックのみごとな連携の動きには舌を巻く。

「ばかやろう! 魔物だぜっ! 油断するな!!」

 エリックが怒鳴る。

「ま、まもの……? ウソだろ……?」

 インフィはあたりを見渡して青くなった。無残な姿で散らばった魔物はどれもインフィが知る生き物とは明らかに違う姿をしている。

「まじ?」

 前方を見ると二人のランプの光が遠ざかっていく。周囲に散乱した死骸を見て、背筋が粟立つ。インフィは逃げ出すように二人を追った。

「ま、まって……!」


 インフィが慌てて二人を追っていくと、二人は足を止めて周囲をうかがっている所に追い付いた。息を切らすインフィにエリックが話し掛けた。

「おい、まさか魔物も異世界にゃいなかったなんて言うのか?」

「うん。びっくりした」

 エリックはインフィをここに連れてきた事を今更ながら後悔した。戦闘力としては見込んではいなかったものの、最低限の魔物に対する身を守る行動はできるのだと思い込んでいたことに気づいた。だが、その後悔は本当に今更のことで手遅れでしかなく、

「しっ……!」

 テレスは緊張した面持ちで静寂を促す。エリックとインフィが黙ると、あたりは先ほどの魔物の群れが騒いでいたことなど嘘のように静まり返っている。

 二人が全部やっつけてしまったのではないかとインフィは思ったが、いまだ警戒しつづけている二人を見ると、どうも油断してはならない雰囲気のようだ。

 暗闇の奥で、何かが光を放って煌めいた。

『……ヴァンブーズク(腐蝕の炎)……』

 光に続いてくぐもった声が聞こえた途端、暗闇から紫色の炎が、真っ直ぐこちらのほうに目掛けて飛んで来た。エリックとテレスがすかさず両脇に飛んで躱す。

「うわぁぁ!!」

「あ!! インフィ!?」

 襲われたのがあまりに唐突だったため、二人はインフィにまで気が回らなかったのだ。紫色の炎はインフィに直撃した。……かに思えた。

 エリックとテレスが振り返るとインフィは片手をかざし、立ち竦んでいる。かざした手から紫色の煙が立ち昇っている。その手のひらにもなんら傷なども無かった。

「インフィ、止めたのか!?」

 なんと、インフィは襲ってきた魔法を難なく片手で受け止め、消し去ったのだ。驚くエリック。しかしそれどころではなかった。前方にこの術を放った敵がいるのだ。

「出てきなさい。さっきのは致命傷ではなかったでしょう」

 厳しい声で奥へと言い放つテレス。エリックがまた矢を構える。瞬間、奥の闇の中から一行のランプが照らす空間を何かが通過し、入り口の方向へ続く闇へと消えた。

『ギャッ……!』

 一瞬のことだったが通過する影に向かって、エリックは矢を放っていた。しかし相手はエリックの矢を受けながらも飛び去って逃げていった。

「待て!!」

 間を置かずに後を追うエリックとテレス。インフィもわけもわかわらず追う。

「あいつも魔物なの!?」

 走りながらインフィがたずねた。テレスが手早く答える。

「帝都からのお尋ね者の魔物よ! この洞窟に住みついて近隣の村を襲っているわ!」

 しかし相手の魔物は思いのほか逃げ足が速い。次第に距離が開いていくのがわかった。

「くそっ! 速ぇぇ!!」

 エリックが苦し紛れに走りながら矢を放つが、魔物はすかさず振り向き腐蝕の炎を放つ。飛んでいた矢は腐り落ち、炎は勢いをもったままエリックに向かった。エリックが間一髪、体をかがめてよけた。炎は背後の鍾乳石にあたって弾けた。

 インフィが立ち止まる。その間にも魔物は逃げ去り、エリックが体勢を整える前に、それを追うテレスと共にすでに視界から消えてしまった。

「テレス! 追うな! 一人でどうにかなる相手じゃねぇ!」

 エリックは大声を張り上げるが、足音はどんどん遠ざかっていく。エリックが歯を食いしばり、地面をたたきつけた。

「ちくしょう!」


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