《第48話》宿への使い
インフィが将軍に連行されてから二日が経った。エリックとサディウスは成す術もなく、帝都の宿に逗留していた。
「インフィはどうするんだろうな。また将軍にでも戻るのかね」
「どうでしょうね。死んだことになっているのであれば、そうはいかないと思いますよ?」
「換金も終わったし、待っていても仕方ない。どうしたもんかなぁ……」
エリックがベッドに横たわってサディウスに話しかけていたそのとき、ドアがノックされた。サディウスはインフィが帰ってきたのかと内心期待しつつドアを開いたが、いたのは宿の主だった。宿の主は背後に帝国の書記官の身なりの青年を伴っていた。
「あのう、お客様にご用があるとかで」
主人は萎縮した様子だった。書記官は背筋を正したまま、どこか真摯で厳格な空気を纏っていた。
「エリック様とサディウス様ですね?」
突然「様」と呼ばれてエリックはあわててベッドから起き上がる。
「はい、そうですが……」
返事をしたのはサディウスだった。
「内密の沙汰があり、まかり越しました」
書記官が言って宿の主人に目配せすると、宿の主人は自分が立ち入ってはならない話題だと察し、そそくさと去っていった。サディウスは書記官を部屋に招き入れ、扉を閉めた。書記官は扉が閉められたのを確認して、話し出す。
「皇帝陛下の御妹君より、褒賞を使わしたいとの仰せがあり、お迎えに参った次第です」
「妹君??」
「今回の遠征にてあなた方は大変な活躍をされたとのこと。将軍よりそう報告されております。つきましては御妹君より直接お言葉を賜るとのことですのでご同行願います。なお、客人としてお迎えし、宮殿にご逗留いただくようにと申しつかっておりますので、この部屋のお引き払いもお願いします」
エリックとサディウスは予想だにしない申し出に、うまく事が飲み込めず唖然としてしまった。
「い、いや、ちょっとまってくれ。突然そんなこと言われてもよ……」
「ご命令でございます」
書記官は眉をぴくりとも動かさず、任務の最中に特有の頑なな態度だった。
「もう一人連れがいまして。私たちはその連れが戻るのを待っているのです。勝手に私たちがここからいなくなっては、はぐれてしまいます」
サディウスは困惑を伝えようと説明した。だが書記官はさして問題視する様子もなく答えた。
「お連れの方について、サンドル将軍より言付かっております」
インフィの消息情報に違いないとエリックは身を乗り出す。
「一切の問題はない」
仁辺もない答えにエリックは愕然とする。
「将軍はそうお伝えせよと」
エリックとサディウスは顔を見合わせる。
「どうするよ?」
「この方のご様子では行かないわけにはならないでしょうねぇ……。私たちが宮殿に向かうまでここから動かなそうですよ」
「まぁ、将軍サマが問題無いって言うんだから、あいつもきっと一緒にいるんだろ。仕方ない、仰せに従うか」
荷物をまとめ支度を完了した二人に、それを見守っていた書記官は口を開く。
「出立の前に申し渡しがあります。御妹君のことは他言無用に」
「他言無用? 陛下の妹君をなぜ秘密に?」
「詮索も無用。もし他言すれば多くの賞金稼ぎが狙う帝国の懸賞金が、その首に懸かると思われよ」
エリックは青ざめた。
宿の部屋を引き払い建物を出ようとすると、書記官に止められ、裏口へと案内された。裏口を出た路地には馬車が停まっていた。書記官は扉を開け二人を中に促すと自身は馭者台に乗り、馬車を繰り出す。
「褒賞ってんなら期待したい所だが……」
馬車に揺られて帝都の街を進む。
「妹君、ですか」
サディウスはどこか物思いに耽る様子だった。
「皇帝陛下の妹君ってことは、お姫サマってことだろ? それも秘密の……ま、まさか!!」
エリックはわざとらしい驚き顔を作ってサディウスに向けた。
「なんです?」
「婿探しなんじゃないのか!? で、戦いで功績を上げた俺らを見初めたとかよ!」
それを聞いたサディウスの顔は、いかにもエリックを馬鹿にした顔になった。
「まさか。……こういうことも考えられませんか?」
今度はサディウスは暗い表情をしてみせた。なんだ?と聞くエリック。エリックはどこかすでに有頂天になっているようだった。サディウスは竪琴を取り出して、弦をはじく。そして吟遊詩人独特の節回しで即席の歌を歌う。
「勇ましき将軍に囚われし、インフィ。その罪が暴かれ……裁かれようとしていた」
そしてもう一節。
「来たれ咎人の仲間よ……共に罪を贖うがいい」
エリックはつまらない顔をした。
「なんでだよ」
「インフィは将軍に捕まっているのです。もしかしたら、罪人なのかも。それで私たちはその仲間として誘きだされようとしているのです」
「まさか、そりゃぁねぇだろ」
くすくすと笑うサディウス。
「それにしても」
サディウスは表情を引き締める。
「妹君のことは他言無用、というのが気になりますね。皇帝に妹がいるというのは有名な話なのでしょうか?」
「いや、俺は聞いたことはねぇが……そもそも帝国の内情はよく知らねぇからな」
「そうですか」
馬車は思惑の二人を乗せて宮殿へと向かった。