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【時の末子】  作者: 志村しむら
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《第43話》作戦の変更

 駐屯地の東側では、唐突に襲ってきた喧騒は鎮まろうとしていた。

「やっ!」

 兵士が撃ち漏らした魔物が爪を振り下ろすその前に舞い降りた女が槍で魔物を貫き、すぐさま槍は引き抜かれ別の魔物を切り払う。

「大丈夫!?」

 転んだ兵士に声をかけ、槍を振って露を払うのは将軍アミールだった。

「は、はい!」

 身近で将軍の素早い槍捌きを目撃した兵士は驚きながらも感動したという表情で答える。無事を見てとってアミールが軽く笑む。周りを見渡せば襲ってきた魔物はもう、殲滅されつつあった。巨大な篝火も焚かれ、新たな魔物の気配も無いようだった。

「もう一息よ! 気を抜かないで!」

 アミールは駐屯地の北側の方向を見遣る。

「アミール将軍!」

 その時駆け寄ってきたのは伝令係の兵士だった。

「北側の戦闘も終息に向かっております。次の指示をお願いします」

「そりゃそうよね……」

 北側にも魔物の襲撃があったと報告を受けていた。だがアミールは大きくこちらの手勢を割く采配をしなかった。

「はい?」

 兵士が首をかしげる。

「いえ、なんでもないわ。隊長級の者たちは対魔物戦の事後処理と負傷者の対応を指示すること。そのあと傭兵部隊の代表者達と一緒に司令部まで報告に来るように伝えて。作戦の変更があります」

「はっ! いまひとつご報告が! 北側の戦闘で飛行術を使って戦った者がいるようです。傭兵なのですが勧告いたしますか?」

 アミールの脳裏にとっさに浮かんだのはインフィであり、確信を感じた。

 アミールの部隊では飛行術を禁止している。飛行中に怪我などなんらかの理由で空中から落下した際に大きな怪我を負う、そしてその際に別の者を巻き込む可能性もある。その事故を防ぐためである。

 インフィらは苦もなく飛行しながらの戦闘を行うが、飛行術を維持しながら戦うことは難易度が高く、インフィやサディウスの能力があってこそのもので、本来危険なのだった。

 アミールは眉間に手をやり難しい顔をした。

「我が部隊は飛行術が禁止されています。我が部隊による遠征なのでそこに参加する以上、禁止事項は守ってもうらう必要があります。よって今後は飛行術を使用しないように、そう伝え……いえ、いいわ。作戦会議で傭兵団に申し渡します」

「はっ!」

 兵士は伝令を伝えるために走っていった。

 アミールは兵士が去った方向を見て少しの間たたずんだ。

(インフィがいて負けるわけがない……でも)

 アミールは沈みかけた思考を振り払うように頭を振ると、指令本部へ向けて踵を返した。




 インフィは魔物の事後処理には積極的に参加せず、人目につかないようにそそくさと幕舎に戻っていた。仮眠をとりたいと思ったが、団の主-この幕舎の主であるドニエが作戦会議に行っていて戻らないため、一人だけ先に休むのもはばかられ、座り込んで荷物の整理をした。

 とはいえ、この地に来て間もなく、更に荷物は少ないのですぐに手持ち無沙汰になり、意味もなく替えの肌着を広げ、再び丁寧に畳み直したりしていた。

 少ししてエリックやサディウス、団の者達が戻ってくる。幕舎の中がにぎやかになり、それからまた少々の時間が経過してからドニエが戻ってきた。

「作戦はどうなる? まさか中止じゃないだろうな?」

 ドニエの仲間が問うが、ドニエは首を横に降る。

「中止ではない。だが出撃時間が変更された」

 皆、ドニエの次の言葉に注目する。

「魔物の襲撃があったが、被害は小さい。臨戦体制が整っている。作戦は前倒し、一時間後に出撃する」

 急な作戦変更に一瞬だけ戸惑いを見せて、顔を見合う団員たちだったが、すぐに準備のため散開した。


「インフィ」

 みなが散開し、インフィもエリック、サディウスと準備をしようとするとドニエが呼び止めた。インフィはなんだろうと顔を傾けた。

「サディウスも。将軍から直接の御達示だ。飛行術は使うな、と。部隊で禁止しているそうだ」

 インフィとサディウスは目を丸くする。

「だったら飛行する敵とどうやって戦うんだ! 弓や術の届かない高さで他の魔物を呼ばれたら、勝ち目が無いじゃないか!」

 ドニエは無表情をめずらしくしかめっ面に変えた。

「俺もそう言った。だが決まりだ、の一点張りさ。生半可な飛行術は大怪我を伴う事故になりやすいとか」

 禁止されている理由に、かつて将軍だったインフィには思い当たりがあった。それを思い出し、納得できたインフィだが、インフィやサディウスには自身の飛行術が言うような事故にならないという自負があり、自負があるから使っているのだという自信があったから、不服に感じた。その感情が顔に出たところ、サディウスに肩をたたかれた。

「決まりなら仕方ないでしょう。従いましょうね、インフィ」

 諭すように言うサディウスにインフィはしかめっつらをした。

 その指示を出したのは将軍、アミール。その親友がインフィの腕前を知らないはずがない。それなのにこんな制約を……

 そこまで考えてインフィははっとした。

(私は一介の傭兵。アミールは軍を統括する将軍。仕方ないか……)

 良く見知ったはずの仲だと思い込んでいたが、その立場は今はもう違った。そこに思い至ってやはりインフィは落胆した。親友との距離の隔たりを実感したのだった。

 いや、きっと先に親友を落胆させたのはインフィの方なのだ。先の戦いで命を落とし、アミールはきっとショックを受けただろう。自身を責めていたかもしれない。

 それが今になってひょっこり現れた。驚き、喜ぶより先に怒るだろう。


 それに今のインフィもまた当時とは違う。記憶を失っていたし、取り戻している記憶はまだ多くはない。自信を持って、帰って来た、とは言えないような気がしていた。

 インフィはまた頭痛を感じてたじろいだ。

「うん、わかった」

 素直な返答にインフィらしからぬ物を感じ、サディウスは首をかしげた。

「インフィ? また調子が良くないのですか?」

「いや、そうじゃない……」

 インフィはアミールのことを考えるうち、記憶を思い出そうとする行為に陥った。グルスティラムでのこと。それ以外のこと……悪寒を感じたそれは、ここの所忘れかけていた、あの過去への恐怖だった。

「グルスティラムの……前……?」

 頭を抑えて屈み込むインフィ。心配そうに覗き込むサディウスと、インフィの様子に気づいたドニエ。

「インフィはどうした? サディウス、あんた今、また、と言ったが……よくあるのか? インフィはどこか悪くしているのか?」

「いや、大丈夫。ちょっと……イヤなことを思い出しただけ」

 インフィは無理にも笑顔を作る。周りの者を見ることで、過去の記憶を探ろうとする行動を忘れようとした。ここが、今いる場所だ。その気持ちがインフィの頭痛を沈めた。

「うん。大丈夫。飛行術も使わないようにする」

 はっきりと言ったインフィにはもう暗い表情はなかった。

「飛行術は結構頼りにしてたんだがな」

「仕方ない。遠くへ届く術で数打つしかないね」

 頼んだと言い置いてドニエは仲間達が支度する側に戻った。

「って言ってもなぁ……」

 インフィエリック、サディウスらと相談をはじめた。

「おまえ、もう大丈夫なのか?」

 エリックが気遣うが、インフィはにこりと笑った。

「本当に、大丈夫。あれは昔のことを思い出そうとする時になるだけ」

 インフィが言う言葉に、サディウスがひそかに心を痛める。

「戦いの前だよ。その辺の集中力には問題ない」

 加えて言うインフィにエリックとサディウスは腑に落ちないながらも納得するのだった。


 戦闘準備として召集がかかり、一行は出発地点に集合した。隊列を組み、魔物溢れる隧道に出発するばかりだ。参加者すべてが緊張の最中にいた。

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