《第4話》貿易商テレス、この世界の神話
「スウェンド社? 会社があるの?」
「有名な貿易会社さ。よりによってここがスウェンドの屋敷だとは……運がいいんだか、悪いんだか……」
説明をするエリックだが、どこか不機嫌そうだ。何かあるのかとインフィが聞こうとしたその時、部屋の扉が開けられる。
「お待たせ致しました」
屋敷の客室で待たされていた二人の前に現れたのが、屋敷の主テレスだった。テレスは薄い茶色の柔らかそうな長い髪の毛を束ね、優雅な物腰の、若い女性だった。年はエリックとそれほど違うとは思えない。村一番のお金持ちで有名な貿易会社の主が若い女性とあって、驚きを隠せないインフィ。
三人は豪華なソファに向かい合って座った。
「ハーレン。お客様にお茶を。ひとつはアールグレイにミルクを入れて」
主人ははっきりと言うが、口調はおっとりとしていて、物腰も優美で女性らしい人物だった。
言われるままに下がり、しばらくして戻ってきたハーレンは、アールグレイを人数分のカップに注いだ。
「ありがとう、ハーレン。下がっていいわ」
ハーレンは恭しく会釈して部屋を出て行った。
「お砂糖は二つでよろしいかしら?」
「あ、ハイ。すいません」
インフィが落ち着かない様子で返事をすると、テレスは優しく微笑んで、紅茶の入ったカップをインフィの近くに置いた。
アールグレイにミルクという、こだわりの感じられる組み合わせの紅茶は、屋敷の主が飲むと思いきや、手にしたのはエリックだった。エリックは満足そうに紅茶をすすっている。
三人はまず紅茶を飲んだ。落ち着いた様子のテレスとエリックとは逆に、インフィが二人の顔色をうかがいながらちびちびと紅茶を飲み込んだ。
「相変わらず旅暮らしみたいね」
ふいに口を開いたのはテレスだった。
「んあ? ……まぁな」
エリックはなんということもない様子で答える。
「そちらのお嬢さんは?」
「あ、ええと、インフィと言います」
インフィがあわてて手にしていたカップをテーブルに置く。テレスが微笑んで返す。
「私がこの屋敷の主、テレス・スウェンドです。遠路はるばる旅の方、よくお越しくださいました」
テレスが礼を取った。
「まさかおまえがこんな村にいるとは思わなかった」
口調から知り合いだったことが伺えるが、エリックは不機嫌そうであり、決まりの悪そうな表情をしている。
「エデッタは私が小さい頃に暮らしていた場所なのよ」
エリックはなんて偶然があったもんだと頭を抱えた。
「知り合い……だったの?」
インフィがエリックを見ると、エリックはなにやらバツの悪そうにうなずいた。
「まったく。よりによってコイツの屋敷だったとはな」
エリックが毒づくのに、テレスはくすりと笑って言った。
「私は彼にとって邪魔な存在だったの」
ふいに昔話を語るように、感慨深く話し出したテレスから、インフィは察した。
「おまえはすぐにそういう風に考えやがる……」
「……付き合ってたの?」
「私の家を明かしたとたん、彼ってば私を置いて、旅に出てしまったのよ」
テレスがふてくされるように、そしてエリックをからかうように言ってから紅茶を飲んだ。
インフィがわざと作った冷たい目線でエリックを見やる。
「な、なんだよ」
だがエリックはかたくなな態度で、紅茶のカップに口を付けた。
「責任くらいとらなきゃだめだよ、エリック……」
インフィが言うと、エリックは口に含んだたミルクアールグレイを吹き出しそうになる。
「んな!?」
エリックの慌て振りにテレスがくすくす笑う。
「ちょ、ちょっとまてよ! きょ、きょうはそんな話をしに来たんじゃねぇぞ!」
必死にはぐらかすエリックにインフィも笑う。
「で、どうだ? 買い取ってくれねぇか?」
テレスは差し出された鏡を見定めるように眺めている。
「ええ、確かにすばらしい映り具合の鏡だわ。でもさすがにエリックが言うほどの金額は出せない」
テレスが口にした言葉にインフィがうなだれる。
「そんな……」
「これ、天然のものを磨いたのではないわね。よくできてるけど錬金術かなにかで作り出されたものじゃないかしら。違う?」
インフィが残念そうにテレスが返した鏡を受け取った。
「ガラスの裏面に銀色のをつけただけだと思う……」
「やはりそうなのね。錬金術で作り出された物は流通させることができないので、値段はつけられないわ」
「なんとかならねぇか? こいつ無一文なんだよ」
エリックがインフィを指差す。インフィがすがるような目でテレスを見た。
「事情によっては……」
視線を受けて、テレスは静かに言った。
「事情によっては助けてあげてもいいわ。エリックの頼みですもの。放っておけないわ」
インフィが素直に顔を輝かす横で、引き合いに出されたエリックが表情をゆがめる。
テレスがハーレンを呼ぶと、紅茶のおかわりを運んできた。
「私、どうしてか森の中にいたんだ」
先程までの出来事を語り出すインフィ。
「どうやってきたか覚えていないということ?」
「いや、自分の住んでた所にいたはずだった。街の中。光に包まれて……光が消えて気づいたら森の中にいて……」
テレスが腕を組む。
「……気を失っている間に運ばれたということはない? 何かの術で意識を奪われて……」
「術ってそんなこともできるの?」
インフィがすっとんきょうにしてする質問にテレスがエリックを振り返る。エリックはテレスに自分の推測を語った。
「こいつは俺の勝手な想像なんだが……こいつは違う世界からきたんだと思う」
「違う世界から……?」
エリックはうなずいた。
「……このフィフトラスではない世界からということ?」
テレスは信じられないという様子でエリックに確かめた。
「フィフトラス?」
この世界特有の言葉がインフィにはわからない。首をかしげた。
「この世界のことさ。神が生み出した世界、フィフトラス」
エリックが簡単に説明する。テレスが囁くように静かに続いた。
「神々はまずはじめに混沌からフラトラスを作り出した……創世神話よ」
「この世界……フィフトラスの? 聞きたいな」
インフィの好奇心に、テレスはうなずき語り出した。
フラトラスは世界の大いなる土台となった。
光と風が互いに大地を抱く。
しかしフラトラスに力はなく、
大気の果てよりいでし闇に包まれん。
神々は闇を払いたもうて海を開き、セクアトラスを作り出した。
海は命の流れを作り、人を生み出した。
しかし人は神々の怒りに触れ、
セクアトラスは神の炎に包まれた。
神々はみずからの分身を新たな世界スラフトラスに産み落とした。
スラフトラスは神話の時代。
神々の華々しい物語の世界。
しかしスラフトラスには自らを進化させる力に足りず
大水に飲まれた。
スラフトラスよりわずかに生き延びたものがいた。
神々は彼らに世界を預けることにした。
フォートラスである。
神々は自らの世界を作り出し、そこに移った。
しかし神々に世界をたくされた人々は自らの力に溺れ、
フォートラスは白き炎に包まれた……
「白き炎……?」
「伝説よ。本当かどうかもわからないわ。そのフォートラスの次に生まれた世界が、このフィフトラス。長い時が再び命を育み、命の輝く世界」
インフィが神話に語られる創世を思い描く。
「あなたのいた世界では神話はあったの?」
インフィは拙い知識を記憶に引っ張り出して頷いた。
「いろんな国や文化や宗教、それぞれに創世神話があったかな。あまり詳しくはないけど。神様は一人だっていう話や、いろんな神様が争っていたりする話や、組織だって神様が何かしているようなのもある」
「不思議ね。フィフトラスでは世界の始まりについての神話はひとつよ。歴史によって表現の違いはあるけれど」
「神々ってことは神様は……一人じゃないんだ?」
テレスが頷こうとしたが、尋ねたばかりのインフィから掠れた声が聞こえた。
「……いや、神は……」
エリックとテレスがインフィを見る。
答えようとした矢先否定したのは、インフィ自身だった。
「……孤独だ……神々は眠りつづけている……彼を除いて……。神々はフォートラスを作り終えた時、自らに絶対を作った。神々は司るもの無しでは存在できない、と。だから彼は孤独になった……」
「おいっ、インフィ?」
突然虚空をみつめるインフィの肩をエリックがゆさぶった。
「……???? ん?」
インフィはけろっとした顔をしてエリックを見上げた。
「ん? じゃねぇよ。今のなんだ?」
「今の? なにが? 神々が眠りつづけてるって……? ……ん???? 私、なんでそんなこと知ってるの???」
エリックがつかさずあきれる。
「またか。魔法使ったときみてぇだな」
呆れるエリック。テレスが訝しんだ。
「魔法?」
「ん、ああ。こいつ術だとかが存在しない世界から来たって言うくせに、俺が魔法の使い方ちょっと教えただけですごいのぶっぱなしたんだ」
エリックは呆れ模様だ。わからないことだらけで、疑問を感じることすら無駄に思うようになったのかもしれない。
「あれは元々知ってたんだって」
またもやインフィは突拍子もない事を口にする。
「はぁっ!? 知ってたってなんだって……」
驚くエリックだが、インフィはすぐさま首をかしげて自分の発言を不思議に思う。
「う……そうだよな……知ってるわけないよな……エリックに教えてもらって初めて使ったんだから……でもあの言葉は頭の中にすっと浮かんだんだ。昔から知ってるみたいに……」
インフィも戸惑っているようだ。
「言葉?」
テレスがエリックに説明を求める。
「魔法使う時に唱えてたぜ。なんだっけか? 散り散りなるなんとか……って言った後、ローグフィーグを唱えてたよな」
インフィがうなずく。
「それって……詠唱? ……だとしたら……いえ、なんでもないわ」
テレスが何か言おうとした言葉を飲みこむ。首をかしげるエリックだったが、本題を思い出す。
「で、どこぞの世界から来たから金がねぇってわけだ。どうにかならんか?」
エリックの身も蓋もない言い方に、テレスが腕組したまま考え込む。
「……お掃除、手伝ってくれたら……いいわ、助けになってあげる」
意外な言葉にインフィは首を傾げる。
「お掃除?」
「そう、お掃除。エリックにはぴったりよ」
言ったテレスの顔はいたずらっぽく笑っていた。何かを察した様子のエリックは口を開いたままだった。




