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【時の末子】  作者: 志村しむら
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《第39話》ガイズの報

 窓口の行列は動かない。インフィらは、行列のあまりの見通しの無さに見切りをつけ、ドニエらと共に近くの飲食店で昼食をとることにした。近くといっても、帝局の兵士に人気の店は避けることになった。インフィが避けたのもあるし、これから話す話題に聞き耳を立てられる状況を憚ったからだった。

 話題は突然もたらされたガイズの訃報から始まった。

「ガイズはなぜ……」

 エリックが尋ねた。

「帝局に並んでいる有事申請の列は、たいがいが魔物大量発生のことさ。ウチらも襲われた」

「そんな。ガイズ程の腕でも? ……信じられない」

 インフィが俯く。船で出会った快い人々。エリックやサディウスは仲間という存在であったが、インフィの中でガイズとは、見ず知らずなのに親切にもしてくれた、この世界の人々の人柄を語る代表格なのだった。それがまったく予想だにしない所での死と、何の覚悟もなしにもたらされた不幸な知らせ。ガイズは傭兵として強かった。それが死と結びつけるのが難しい。

「あの魔物の現れ方は尋常じゃない」

「私たちも異質な現れ方をする魔物に襲われました。シアルへの途中で。犠牲になった旅団もいました」

「そんなに強い魔物と遭ったのか……?」

「……気づいたらガイズの死体が転がっていた。何があったのかはわからん」

 ドニエがその時の状況を語りだす。

「一撃さ。頭が真っ白になったね。気づいたら叫んでいたさ。皆、逃げろとな。だから、ガイズの死体も回収できていない」


 沈黙。言葉が出なかった。ガイズの死が現実離れしているように感じている今はまだ、ガイズの死を嘆く言葉も声にならない。ドニエらを慰める言葉も選ぶことができなかった。

「有事申請の方はどうだった?」

 エリックが尋ねる。答えたのはドニエの仲間の男だった。

「ああ、受理された。同じ様な申請が多く、いろんな地域で魔物異常発生が起きてるとのことよ」

 インフィが頷く。

「あの船の上に現れた、あの海域には現れないはずの魔物。あれも異常、だったよね」

 言葉少なく会話をしていた。静かに頷き合う。

「あの時はもう始まっていたんだ……」

 青ざめたインフィの声は微かに震えていた。


 どんな言葉も語るのはまるで億劫に感じた。食事もたいして進まない。

 暗く沈んだ気持ちのまま、飲食店を出る。

 その時店の前を走り去ろうとした男が、ドニエの姿を認めて慌てて足を止める。

「ドニエ! ここにいたか! 探してたんだ!」

 息を切らした若い男はドニエの仲間の一人だった。

「どうした?」

「討伐と視察で、帝国兵が出兵するらしい! 行き先はオレたちが襲われた方面だ!!」

 ドニエが息を飲む。

「寡兵は?」

「してる!」

 ドニエの瞳が見開かれる。仲間たちを振り返る。皆が力強く頷く。

 インフィが慌ててドニエの腕をつかむ。

「もしかして、行くの? ガイズの弔いのつもり?」

「ああ」

「待てよ、ガイズが一撃でやられた程の魔物だろ!? 兵士にまかせた方がいいんじゃねぇか!?」

 インフィもエリックも及び腰になっているわけではなかったが、ガイズの死の衝撃で向こう見ずになっているのかもしれない、そのことを心配した。

「ただ待ってることはできない」

「死体が増える結果になってでもですか?」

 サディウスが冷静に言うのをドニエが振り返る。ドニエもまた冷静で滅多に表情の変わらない男だったが、この時は瞳に炎が宿ったようだった。

「怖いさ。だが行かなければオレたちはもう戦えなくなる。ガイズの無惨な死体が記憶から消えない。それを解消するチャンスを逃せば、オレたちはずっとガイズとの記憶を死体だけのものにしてしまう。ガイズと戦ってきた誇りを思い出そうとしても、死体しか思い出せなくなってしまう」

 それは捉えようによってはガイズの弔いのためではなく、自分達の都合のためなのかもしれなかった。無謀としか思えなかったが、その心理がインフィにもエリックにもサディウスにもわかるような気がした。

 経験や記憶はそれにつながる最新のものに更新されていく。ガイズとの記憶が彼等の生活に根強く染み付いているのだ。ガイズの死体と恐怖の記憶、それに打ち勝ったという浄化のプロセスを踏まなければ、ガイズと共にやってきたことを続けられなくなってしまう。ガイズと共にあったこと、それは傭兵としてやってきた全ての歴史であるに等しい。だから、自分達の過去の弔いに他ならないが、それだけさせる大きい存在であるガイズ、その弔いであることに等しい。


「……私も行く」

 インフィがドニエに言った。ドニエは意外という顔をした。

「インフィ……」

「戦力になれると思う」

 インフィは唖然とするエリックとサディウスに言う。

「二人は待ってて」

 エリックはインフィの腕を掴んで引く。

「おまえは……!」

 エリックが怒気あらわに言うので、インフィは殴られるのかと身構えてしまうが、エリックは言葉をとぎらせ、ドニエに向き直す。

「今のは冗談だ」

「エリック!?」

「訂正だ。俺たち三人も行く」

 今度はインフィが唖然とした。そんなインフィをよそにエリックはサディウスを振り返る。

「なあ、サディウス」

 サディウスはにこりと笑って応える。

「ええ、もちろん」

「……助かる」

 ドニエが真摯な面持ちで頭を下げる。




「……殴られるかと思った」

 帝局に折り返し向かいながら、インフィはぼそりとエリックに言う。

「当たり前だ。一人で行くなんて勝手に言いやがるからな。殴ってやろうかと思った」

「……」

「だが女を殴るわけにはいかん」

 憮然と言うエリックが面白くて、インフィはくすりと笑う。

「でも、本当に良いの? 危険だよ? シアルの道で出会った異常な魔物、あれとまた戦うんだ」

「危険だからインフィは共に行くのでしょう? ドニエたちを守るために」

 そう言ったのはサディウスだった。

「……うん。前線に立つ者を支援する者がいたら、それだけで生存率は上がる。ドニエたちはきっと支援が無くても真っ先に戦う。だから」

 エリックとサディウスもこれに頷く。




 帝局の前に広場があり、数人の兵士が立ち話をしていた。書類を手にして、何かを確認しあっているようだ。

「なぁ、まだ寡兵はしているか?」

 ドニエが兵士に駆け寄って話しかけると、兵士はそちらを向き、次いで続いて歩いてきたドニエの仲間たちとインフィらを見改める。

「ちょうど打ち切ろうとしていた所だ。参隊希望者か?」

「ああ。ランターザ・ガイズの団、8人だ。副頭のドニエ」

 言ってドニエは首に下げた鎖を引っ張り出す。いくつもタグが下がった中からひとつを取り出して見せる。タグはグルスティラムの他いくつかの国で行われている傭兵評価制度の情報が刻まれており、その情報があれば、登録情報をすぐに確認でき、有事申請や寡兵応募などの際に手続きを簡素化できるものだ。ドニエは頭であるガイズからタグを預けられており、常日頃、一団の事務処理をドニエが担当していた。

 グルスティラムのタグには登録番号や、評価が刻まれていた。評価は上の中程度を示す『クライエ』と刻まれている。

「ランターザか! 噂には聞いている! 久しぶりの帝国参隊だな」

 ドニエたちは帝国の兵士の間ではそこそこ知られているという様子だった。

「二年前から隣の大陸に渡っていた」

「ランターザなら申し分ない。作戦説明は?」

「聞かせてくれ」

「もう募集を切り上げる。集合地点まで案内しよう。作戦説明は道すがら話そう」

 兵士の先導で集合地点である帝都東門へ向かうことになった。インフィらは身支度ができていなかったので、一行から一旦離れ、宿で必要な荷物を手にして東門へと向かった。




 東門前では隊列を組んだ兵士たちと、他にも傭兵団が集まっていた。ドニエたちの姿をすぐにみつけて合流する。

「あんたらもウチの一員ってことにしたが、迷惑だったか? そのほうが話が早かったのでな」

「いや、とんでもない。助かるよ。新規登録は面倒だ」

 傭兵制度もエリックは経験があるようだった。

「参隊だと食料の配給が受けられる。この規模の遠征なら、荷物が大掛かりにならなくて済むな」

 ドニエの仲間がインフィらの軽装を見て言う。インフィは剣を背負い、荷物は必要最低限、紺のマントを羽織った身軽なものだった。エリックとサディウスもまた、元々軽装だが、荷物が少なく身軽だった。


 この場に集まっているのは遠征部隊の一部だった。本隊はすでに出発しており、目標地点の手前に野営地を張っている。本隊への合流のため、後続隊は出発する。

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