《第37話》帝局
窓の外で小鳥が鳴いているのを聞いた気がする。エリックとサディウスが何やら会話している。取り留めのない世間話のようだった。目を開けると窓の外に青空が見えた。
「寝坊だな」
起きたインフィに気づいたエリック。
「二日酔いは?」
「……大丈夫そう」
起き上がってベッドに腰掛けたまま部屋を見渡す。サディウスは椅子に腰掛けて竪琴の手入れをしていた。
「ねぇ、サディウスの目的は一体何?」
唐突な問いに聞き漏らしたように驚いて顔をインフィに向けるサディウス。
「何者、なの?」
サディウスはあまりにも突然だったため、驚愕した様子だった。そして困った顔になった。どこか悲しそうな。
いつか問われることを予期していたが、それは近いうちではないような気がしていたのだった。
「そう、ですね。知ればインフィのイヤな過去に触れてしまうかもしれません」
サディウスはインフィのことを知っていたのだ、と確信した。やはり、という思いと、どうして、という思い。
「いいから……聞かせてくれる?」
それが自分の恐れる記憶に繋がっているとしても、仲間でいたかった。仲間でいるために、知るべきだと思った。インフィの知らないインフィのことでサディウスは一人思うことがあるに違いなく、不安を抱かせているのかもしれなかった。自分のことでというのは、インフィの心に重かった。
サディウスは黙った。いつもの作り笑いは無く、本当に、困惑していた。
その顔を見たら、少しだけインフィは溜飲が下がる気がした。そう、サディウスに騙されていたような気がしたから。
「わかりました。今夜、まで待ってもらえますか。話すことがたくさんあります。整理させてください」
サディウスが真摯な顔で言うので、インフィはうなづいた。
「さぁ、今日は帝局に行くんでしょ? 支度しようよ」
インフィの声が明るかったのでサディウスが少し安心したのか、微かに笑ってうなづく。
インフィが寝坊と言われただけあって、太陽は真上にさしかかろうとしていた。三人はまずは昼食をとった。そうして帝局に向かう。
帝局は一般人と帝国行政をつなぐ窓口だ。一行は賞金首の魔物を懸賞金に換金するために、軍事部門の窓口へ向かった。
インフィはどこかそわそわしながら、あたりをうかがっていた。帝局の役員と目が合いそうになると慌てて顔を反らしたりしている。人目を憚っているのだと気づいて、エリックが笑う。
「おまえソレ、逆に怪しいだろ」
「だ、だって誰かに見つかったらイヤだし。でも帝局内じゃ顔を隠すのは禁止だし……」
言って引き続ききょろきょろとあたりを見渡す。
「術で姿を隠しますか?」
「ここで術使ったら、耀星石が反応するだろ! あんなもの、作るんじゃなかった……」
「耀星石?」
「術犯罪は重罪だけど、痕跡が残らないから立証が難しかったんだ。だから術を使ったら痕跡が残るように、耀星石を作って、帝都中に配備したの」
「作るんじゃなかったって……おまえが作ったのか!?」
「そうだよ」
さらりと答えるインフィ。インフィは帝国の将軍だった、と聞かされてはいたものの、実感はつかみきれないエリックだっただけに、インフィの発言もうまく受け取ることができなかった。
怪しげな様子のインフィの警戒心とは裏腹に、死んだはずの将軍の存在に気づかれることもなく窓口に並ぶことができた。だが窓口にはすでに行列ができていた。一行はおとなしく行列の最後尾に並ぶ。
「こりゃ、ずいぶん待つな……」
エリックは先頭の方を列から顔をはみ出させて覗き見るが、列が動く気配はなく、並んでる者達のそこかしこから苛立ちが感じられた。
並んだまま時間をつぶさなければならないのは仕方のないことだった。
相変わらずエリックとサディウスの間に潜み、あたりに警戒しているインフィだったが、その逆に怪しい行動にも全く気づかれる気配もないようなので、エリックが揶瑜する。
「見つかりそうにもねぇが? おまえ、もしかして人望無かったんじゃねぇか?」
「ムッ」
言われて苛立つインフィだったが、あっそうかとなにかに気づく。
「あの頃、髪短かったから雰囲気変わってるかもね」
エリックはそういうものかと首を捻るが、インフィは納得した様子。コソコソするのをやめる。サディウスは二人の様子を眺めていた。夜に話すと言ってはいたが、今は相変わらずの気の抜けた表情をしていて、何か考えてるかどうかは窺い知ることができなかった。
「インフィ!!」
インフィは突然背後から呼ばれて飛び上がりそうになる。
「あんたは……」
すぐに振り返ったエリックが声の主を見て驚く。インフィが恐る恐る振り返ると、立っていたのは船で会ったドニエたちだった。
「エリック、サディウス。やっぱりここで会ったか」
胸を撫で下ろすインフィ。
「あんたらも有事申請か?」
「いや、換金の方さ」
「そうか。うちらは有事申請が終わったところさ。朝から並んでこの時間になっちまった」
魔物の懸賞金換金と有事申請は同じ窓口だった。
ドニエは見ればどこか憔悴した様子で、ドニエはともかくドニエの仲間には怪我を負っている者もいた。その様子に不安を覚え、ガイズがいないことに気づくインフィ。
「ガイズは?」
ドニエの表情がはっとした後、思い詰めたように沈む。
「死んでしまったんだ」




