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【時の末子】  作者: 志村しむら
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《第36話》帝都の夜

 整った石畳の街路は街灯と恒夜の空に照らされて明るい。街路は石造りの建物が並ぶ間を通り抜け、時折橋に続いて清らかな小川を乗り越える。そうして街の中央へ行くに従って、建物は密集し、巨大化し、きらびやかに彫刻の施された建物が増え、そうして大きな通りに突き当たる。行き交う人々の活気は、夜も衰えた様子をみせなかった。

 エリックとサディウスは帝都の活気に気圧されつつ、街を進んだ。

「さすが帝国のお膝元。今まで見たどの街よりもデカい」

「ええ。数年前に戦があったというのが嘘のようですね」

 圧倒されて所在無さげに辺りを見回しながら歩くエリックとサディウスをよそに、インフィは嬉しそうな様子で前を歩いていた。

 インフィは二人を振り返り、複雑そうな顔で言う。

「やっぱり何を見ても、見覚えがあるんだ」

 そうしてため息をつく。

「この国が、好きなんだよなぁ……」

 インフィは感慨深いようで、どこか後ろめたさも感じていた。この国を離れたこと、忘れていたこと、思い出したくないことに埋もれて、この国の記憶でさえ拒否していたこと……

「もう日も暮れましたし、まずは宿を決めましょうか」

 インフィの切なげな様子を見て、サディウスが言う。

「明日は、街を見て回りましょう。案内して下さいね」

「うん」




 インフィは大通りよりも離れた所にある、比較的新しい宿を選んだ。三階建の三階にある三人部屋が空いていた。南側に窓があり、帝都郊外の景色が見える。

「古い店は……インフィに気づきそうでイヤですか?」

 部屋について、どこか落ち着かない様子だったインフィにサディウスが気づく。見透かされたことに気まずそうに口をすぼめるインフィ。

「うん。目立ちたくは無いから。死んだことになってるんだし、騒ぎになったら困る」

 そうですか、と何の文句を言うわけではないサディウス。エリックも頷きつつ、ふと首をひねる。

「喜ぶ奴がいるんじゃねぇか?」

 インフィははっとするがすぐに眉を潜めた。

「ヤダ。大変なことになるよ……」

 インフィには今ではこの国でのかなり多くの記憶が蘇っていた。次第に思い出すうち、この国での記憶に恐怖は存在しないことに気づいた。その認識を得てからは、見るもの触れるもの全てに記憶が溢れる。そして次々と記憶は蘇っていった。

 インフィがかつて将軍であったこと以外に、まだエリックとサディウスに言っていないこともあった。

 会いたい者がたくさんいた。だが会うことは許されるだろうか?

 そんなことを考えながら窓の外を眺める。帝国の宮殿は北側にあるので南向きに窓のあるこの部屋からは見えない。町並みとその向こうに続く森が見える。南西には険しい山のシルエットがぼんやりと見えた。


「この時間じゃ帝局はもう閉まっているな。明日にするか。とりあえずメシ、だな」

 エリックは旅の装いもすでに解除し、身軽な服装になっていた。インフィもならってマントや上着を脱ぐ。元々軽装のサディウスはフードを外しただけだった。

 三人は宿を出て通りに出る。飲食店が多い路地を選んで入り、適当な居酒屋の扉を潜った。

 旅の疲れを癒すべく、三人は食事に麦酒を導入。その一杯目を勢いよく喉に流し込んだエリック。

「しばらくは帝都に滞在することになるかな。オマエ、大丈夫か?」

 エリックは顎でインフィを指す。インフィはマイペースに麦酒を飲む。

「たぶん」

 インフィははっきりしない様子で一応は頷いた。

「たぶんか……まぁ、いいけどよ」


 あまり広くはない居酒屋だったが、談笑しあう人々で賑わっていた。

「いいですねぇ。こういう居酒屋、楽しいですね」

 サディウスは居酒屋の賑やかな雰囲気に嬉しそうだった。

 エリックが二杯目を頼もうと店員を呼ぶと、やってきたのは若い女性だった。

「あら?」

 女性店員は注文を受けながら、サディウスに目を止める。

「もしかして吟遊詩人さん?」

 サディウスが身に着けているローブは、吟遊詩人が好んで身につける形をしていた。

「ええ」

「私、この店でカントレしてるんだけど、今日は演奏者が急に休んじゃったの。代わりに伴奏をお願いできない?」

「ですが、楽器は宿に置いてきてしまいました」

 サディウスが申し訳なさそうに答えると、女性店員は、待ってて、と言い残し、喜色を浮かべて去っていった。

 しばらくすると女性店員は三人分の麦酒を右手に、ギターを左手に再びやってきた。

「はい、ビールは私のおごり! さ!」

 女性店員はビールをテーブルに置くと、さっとギターをサディウスに差し出した。

「ギターですか」

 サディウスは受け取ったギターを改める。試しに弦を弾いて弦を調節する。にこっと女性店員に笑いかける。

「いいですよ。どんな曲にします?」

 エリックが驚いて言う。

「おまえ、ハープだけじゃなくてギターも行けるのか?」

「どんな楽器もこなしての一流ですよ」


 言ってさっそく勢いよく右手で弦を払う。軽快なリズムで奏でられたのは、竪琴での雰囲気とは違う、情熱的な曲だった。


 店の中に音が響き、喧騒を奪っていく。人々の視線が一点に集まる。


 短い一節を終えると、店内はしんと静まりかえり、続いて拍手が起こる。

「いい腕! エルネ・ジェルードは弾ける?」

「どんな歌です?」

 女性店員は伴奏なしで歌を歌い始める。力強く透き通った声。


 『エルネライヒ イストゥ テラエライヒ レアルロ』

(光と喜びが大地に溢れる。光輝く大地で踊って生きよう)


 古代語と呼ばれる言語が使われた歌で、グルスティラムでは人気の歌だった。


(あいつが、よく歌ってたな)

 インフィの脳裏に思い出された光景。親友の姿だった。淡い茶色の髪をした勝ち気な少女。きっとこの街のどこかにいるのだろう。


「どう?」

「続けて」

 女性店員は続きを歌う。少し聞いて曲調をつかんだサディウスは、ギター演奏を歌に合わせる。


 女性店員の歌は見事だった。そして知らない曲に合わせて奏でるサディウスの腕もまた。

 次第に盛り上がり、共に合唱する者、おどりを踊る者、酒場は華やいでいった。

 麦酒で気分もよくなったエリックは、壁際で展開されていた的当てに乱入していった。そこでなかなかの成績をおさめ、またもや麦酒をご馳走されていた。




 インフィは麦酒を飲み、つまみをつつき、時に話し掛けてくる者に相槌を打って笑ったりしながら、しみじみと酒場の雰囲気を眺めていた。

(よく、こっそり宮殿を抜け出して酒場に来たっけなぁ)

 サディウスの熱のはいった演奏を耳に、物思いにふけっていた。

(そういえばよくあいつらにみつかって怒られたなぁ……)

 心地良い穏やかな気持ちで麦酒を飲み続ける。

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