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【時の末子】  作者: 志村しむら
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《第35話》スァウ道

 昨日の雨もすっかり止んで、空は晴れ渡っていた。

 テントから出てきたエリックが深呼吸をして朝の爽快な空気を体に取り入れる。

「昨日はなんだかやたら良く眠れたなぁ……やっぱり野宿よりはいいな」

 まだインフィやサディウスも寝ているようだったので、エリックは一人で旅宿を探索することにした。

 旅宿の幕舎は五つ。一つが受付と食堂や、店員が暮らす設備の中央幕舎。一つは他の幕舎に比べて小さめで、浴場施設。他の三つは中が区切られた宿泊施設だった。大部屋の幕舎は無いようだ。

 柵をはり布の屋根を張られただけの吹き通しとなっている馬舎をエリックは覗いた。馬舎の担当者がせっせと餌やりをしている所だった。旅宿には馬が多い。旅人が預けているのはほんの一部で、宿の所有する馬がほとんど。荷台を引かせ、宿を移動するときに多くの天幕を運ぶ。だがそれらの宿の馬に比べて、エリックらの馬は雰囲気を逸していた。体躯は立派で、宿の馬より一回り大きい。落ち着いており威厳すら漂っていた。帝国兵から借りた軍馬である。エリックは得意げに鼻をならすと、満足して馬舎を後にした。


 インフィは目を覚ます。昨夜の出来が頭をよぎるが、はっきり覚えていない。サディウスの異変を感じて無我夢中で駆け付けたが、サディウスは何の問題もなく解決してしまっていた。そんなおおざっぱなことしか思い出せなかった。なんとなく記憶は曖昧だが、それならきっと重要なことではないのだろうと考えて思考を切り替えるインフィ。寝起きで意識が朦朧としていたせいなのだが、思い出せないことがあることに気づかなかった。

 手ぬぐいの入った携球を手にして、部屋を出てサディウスの部屋を覗く。サディウスはすでに起きていて、荷物を整理していた。

「おはよう」

 インフィが呼び掛けると、サディウスは振り返り笑顔を返す。

「おはようございます。昨日のことはエリックには内緒ですよ」

 いたずらっぽく言うサディウスに、記憶もおぼろげなインフィはなんとなく首を捻るが、とりあえずは了承する。

「朝食はどうします?」

「その前に、お風呂」

 嬉しそうに言うインフィに、サディウスはくすりと笑い、行ってらっしゃいと声をかける。


 インフィは浴場へ向かった。旅の途中では温かい風呂に入れることは滅多にない。せっかくだから堪能しておこうと考えていた。

 途中でエリックと会う。

「おう。風呂か?」

「うん。おはよう」

 軽い挨拶ですれ違う。

 浴場は女性用の時間だった。またもや貸し切り状態。インフィは伸び伸びと入浴を楽しんだ。風呂から上がると目もすっかり覚めたが、代わりに空腹を感じた。

 幕舎に戻ると旅宿の店員が明かりの石を回収に来ていた。インフィも部屋から明かりの石を出して渡す。石はもうほとんど光を失っていた。

「コレって光が消えたらそれきり?」

 興味を持ったインフィが尋ねると店員は快く応える。

「いえ、綺麗な流水にさらしておくと、また光るようになるんです。ただ一晩くらいしか光は持ちませんね」

「それじゃあ、毎日流水に?」

「はい」

 店員はインフィが差し出してくれたことに礼を述べ去って行った。

「インフィ。朝飯にしようぜ」

 エリックが呼びにくる。


 幕舎中央のテーブルで果物がいくつかと携帯食が人数分並べてあった。

「果物は宿からのサービスだそうですよ」

 サディウスはさっそく果物を手にとって皮をむいている。

 一行はテーブルについた。食事をしながらまずは道程について相談をするのが定例になっていた。旅の経験から提案するエリック、意見や感想を述べるサディウス、インフィが判断して決定。それらの流れも自然とできあがっていた。

「天気が良くなったから、午後には馬の速度を上げられそうだな」

「多少無理をしても先に進みたいですね。長引けば食料が心配です。魔物も出るでしょうし」

「じゃあ、道が渇いたら急ごう。この先は帝都まで補給できるような町も無いでしょ?」

「魔物はこの先、多いらしいぞ。大丈夫かね」

「帝都に着いたらまずはどこに?」

「帝局で懸賞の換金だな。で、その後は……まぁ、着いてから考えるか。インフィ、おまえのこともあるしな」

 インフィは言われて思い出した。船の上で、思い浮かんだイメ

ジ。そしてそれを確かめたいとエリックに告げた。

 だが、それを思うと、背筋が粟立つような感覚がする。

「……うん」

 インフィは果物をかじりながら、虚ろに答えた。グルスティラムの記憶。それはきっとインフィにとって大切な記憶だ。だが、それを思い出すことは、全てを思い出すことになるような気がする。

 グルスティラムのものではない記憶に対しての恐怖があった。




 三人は朝食を済ませ身支度を整えた。

 ここから帝都までは、もうすぐだった。だが宿の者によれば、魔物が多く危険だという。宿は帝都に向かっているが、魔物の危険からこの場所で立ち往生しているのだ。この帝都の近くに旅宿を構えているというのも、仕方なしに帝国兵との合流を待つがゆえだ。

「確かに、帝都に近いわりには利用者が多いと思った。この距離なら帝都へ急いだ方が楽だろ? 宿としても、集客能率は良くはないはずだぜ」

 馬を受け取りながらエリックは言う。

「ということは、この先も危険では? 大丈夫でしょうか……」

「まぁ、行くしかねぇだろ。カネが持たないぜ?」

「まずくなったら飛行術で逃げますかねぇ……」

 魔物に対して三人とも落ち着いた対処を心得ていたので、必要以上に警戒することはなかった。


 三人は出発する。

 帝都まで馬を飛ばせば丸1日。


 旅宿を出てしばらくは順調だった。だが、宿の者が言っていたように魔物は現れた。一度遭遇してからは絶えることなく現れ、そして次第に数が増えていった。シアルまでの道とは違い、馬に乗っていたので足の遅い魔物は相手にせず、振り切りながら進む。そのため、戦い続けることはなかったが立ち止まることはできず、昼食も歩を進めながら馬上で摂った。

 魔物を振り切り、一息つける段になってインフィが言う。

「このまま突破できそうかな?」

 エリックが携帯食をサディウスに投げ渡しながら答える。

「帝都に近づけば魔物は減るはずだ。帝都の周りにも燭台があるはずだからな」

 言った矢先に、近くの茂みから物音がして魔物が現れる。

「闇喰い、凍れる光、疾風にいざないし刃が散ずる! ヒロズェラ(拡散する風と氷の刃)」

 インフィの背後からサディウスが術を放つ。魔物に向けられたサディウスの指先から風の刃が無数に吹き出し、風の刃が触れた物を切り裂き、さらに凍らせていった。

 魔物は倒れたが後続の気配がした。

「行くぞ!」

 エリックが馬を再び駆けさせる。インフィらも続く。


 再び魔物を振り切り、なだらかに長い坂を上りきった丘の上で、前方についに帝都のシルエットが見えた。平野の先に川が流れる。北方、南方、西方を森に囲まれた平野に広がる町並み。大小様々の建物が立ち並び、多様な文化が入り乱れる大きな都市。遠目に見ても活気があることが予想できた。川はいく筋になって町の中を貫く。

 そして、町の北側の丘の上にそびえる、いくつもの尖塔が連なるグルスティラム帝都城。


「!」

 記憶が戻ることには恐怖があった。

 だが、帝都を目の当たりにしてインフィの胸に込み上げたのは、懐かしく愛おしい、望郷の心。


(ああ……帰って来れたんだ……!)


 目頭が熱くなるほどに、切なく、安堵する。インフィはそれでやっと、グルスティラムが自分にとって大切なものなのだと悟った。


「帝都が見えますね」

「うん」

 インフィは涙が溢れるほど瞼に貯まる前にまばたきをして、涙を堪えた。

「行こう。もうすぐだ」




 夕方まで道を進んだあたりで、魔物の数が激減した。帝都の魔物避けの効果範囲に近づいたのだろう。上空は木々に塞がれて帝都の姿を確かめることはできないが、地面は木々の間を縫うように小さな川が流れ、小川に沿って石畳の敷かれた道が続いていた。

「この辺は……スァウ道だね」

 インフィが辺りを見ながら答えた。苔蒸した木々と岩が連なり、岩の所々から涌き水が小川へと流れ落ちる。木漏れ日が清水に細かい光を散らし、心洗う景色の道程。帝都から南方向へ向かう道で、大きな街道の枝道だった。

「もう着きますか?」

「うん。森を抜けたら目の前だよ」


 インフィが言ったとおり、森の端に近づくにつれて巨大な帝都の建造物が木々の間に見えてくる。そして森を抜ければ、その街の巨大さを目の当たりにする。

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