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【時の末子】  作者: 志村しむら
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《第32話》遠雷

 女は気配を消して、山の高くの断崖から見下ろしていた。

「私の力に干渉できる者……なんてこと。あれはあの方に外ならない! あの娘は忌まわしきもの。それをあの方が庇うとは……!」


 女は絶望し、憎悪した。そして手の中の結晶石を見た。石の中に光の文字が浮かび上がっている。その文字のひとつは”祖に連なる者”という意味であった。

「許せぬ」

 顔を上げた景色の中心に、山道を馬で進むインフィら一行がいた。




「どうしたの?」

 インフィは二人乗りした馬の上、自分の背後で、急に辺りを訝しんで睨んでいるサディウスに気がついた。インフィに声をかけられて振り返ったサディウスの表情は、いつものにこやかな顔に戻っていた。

「なんでもありませんよ」

 インフィは首をかしげながら正面に向き直る。


 空には重い雲が広がり、空気は湿気を含んで重かった。

「雨が来そうだな」

 エリックが空を見上げて言う。

「休む場所を探した方が良さそうですね」

 一行は周囲を散策し、山肌の岩壁に人が入れそうな割れ目を発見した。割れ目は上空に向かって大きく曲がって延びているため、雨に直接打たれるのを凌ぐことができそうだ。中には焚火の痕跡があり、よく旅人に利用される場所のようだった。

 一行はこの場で早めに休むことにした。

「強い雨でなけりゃそのまま進んでもいいんだがこの時間じゃ休んで様子を見た方が良いだろ」

 馬の手綱は手頃な木に外れないように引っ掛け、鞍を外して馬を割れ目の中に休ませる。割れ目の中は馬ニ頭と人三人が休める十分な広さの空間だった。


 少ししてぽつりぽつりと雨が降り出す。小雨だった。

「降って来たね。明日は止むかな?」

「こういう雨はどうでしょうね」

「大雨にならなければ、明日は進むか」

 三人は割れ目の中で思い思いの時間を過ごす。インフィは剣の入れをした。サディウスは膝をかかえて座り込んで眠っているようだった。エリックは馬の手入れをしていた。雨の降る雰囲気のせいか、会話はさほどせず、三人は静かだった。


 エリックはおもむろに携球から道具を取り出した。それを見てインフィがはっとする。

「傘!」

 それは見まごうことなく傘だった。木材でできている骨の間に、蝋の塗られた布が張り巡らされている。

「ん? ああ。ちょっと馬の餌になりそうなもんを探してくる」

 言ってエリックは傘を広げて割れ目から出て行った。

 インフィが声を上げていたのでサディウスが顔を上げる。インフィは驚いた顔のままエリックが出て行った割れ目の入口を見ていた。


「どうしました?」

「傘!」

 インフィはどこか、顔を輝かせた様子で、何か大発見でもしたかのようだ。無邪気な様子にサディウスはくすりと笑う。

「傘がどうかしましたか?」

「フォートラスにもあったんだ! ほとんど同じ仕組みのが」

 サディウスにはインフィの言わんとしていることが理解できず首を捻る。興奮して言葉がまったく出なくなっていたことに気づき自分に苦笑するインフィ。

「ああっと……フォートラスは全く違う世界だった。文化が違うっていうのかな。魔法なんてないし、その代わり科学ってのが発達してて。でもね、傘は一緒なんだ。おんなじ物が違う文化の世界に共通して存在してる。傘って結局、たいして雨を防げないのにね。不思議だなぁ」

 インフィは一応の説明をするが、インフィの驚きと感動が理解されるとは思わなかったためか、説明の後半は独り言に近い形となった。案の定サディウスは不思議そうな顔をしたままだった。

「フォートラスがどんな場所だったのか、想像がつきません。神々と分かたれた世界、人は神の直接の加護から離れたことで新たな力を手にし、豊かな世界を築いていたと、神話では言いますね」

 それでもサディウスは話に応じた。

「創世神話? 実は神話って詳しくは知らないんだよね」

「それは意外ですね。術士は神話も学ぶものでは?」

「普通はね。でも、詠唱が使えたから、神話を読みすぎると縛られちゃいそうだったし。たまに神々の名を詠唱で借りるけど、それは人から聞いた受け売り」

「詠唱は……」

 サディウスは言葉にするが、言い淀む。詠唱を使えるのは魔族とその血を持つ者だけなのだ。術の使用に際して唱えるだけなら人もできるが、詠唱によって術を大きく強化することは魔族でないとできない。

 インフィはサディウスが言い淀んだ言葉を探り当て、ため息をついた。

「普通は魔族が使うんだろ。知ってる。でも私は気づいた時には使えたから」

 インフィは言って膝を抱え込む。

「なんでかは知らないけどね」

 サディウスは寂しい、と感じてた。自分の素性を明かしたくなる。そうすれば彼女の持つ疑問はひとつ消えるし、自分が偽らなくて済む。そんなささやかな逡巡が生まれるのは、この雨のせいだろうか。


「実は私、魔族だったりしてね」

 インフィは冗談のように言うが、サディウスは緊張した。鼓動が早まる。

 インフィはサディウスの緊張には気づかず、別の疑問に気づいた。

「そういえばサディウスも詠唱使えるよね?」

 サディウスは緊張した気持ちが表に出ないように、極力微笑んだ。それはなんということのないことだ、と。

「詠唱の仕組みを知っていますか? なぜ詠唱で術が強化されるのか」

 サディウスは思い詰める自分に気づき、それを止めるために話題をそらした。インフィは頷く。

「言葉にすることで、イメージを具体的にする。イメージが具体的だと魔力を練りやすい。言葉と頭の中のイメージが魔力と繋がってるのかなって私は思ってる。魔力って頭じゃなく、感覚で操る方が正確だからね」

「そう。魔族はその力に長けているのです。感覚と魔力が直結しているのかもしれません。……詠唱が使える人には、魔族でなくとも、その力があるのかもしれませんね」


 雨は続いていたが、強まりはせずに霧雨へと変わっていった。しばらくしてエリックが雑草の束を手にして戻ってくると、三人はとりとめのない話をしながら食事をとり、交代で睡眠をとった。


 翌朝も雨は続いていたが、昨日よりも小雨になっていたため、一行は進むことにした。

 エリックは携球から厚手で大振りの布地を取り出してインフィらに渡す。

「魔力の層を張って雨を防ぐのはやめろよ。魔力を出しつづけると魔物に感づかれやすいからな」

 インフィらはエリックに従い布を被った。布は簡易テントにも使えるものなので少々重量があり動きづらいが、雨を防ぐことができるし、馬に乗っているので問題はなかった。エリックが先頭を進み、インフィとサディウスは相変わらずの相乗りで馬に揺られていた。

 この日は魔物に遭遇することはなかったが、サディウスは終始周辺に気を配っていたようだ。


 何事も無く道を進むが、突然雷鳴が響いた。

「あれは……」

 音のした方を振り返るインフィとサディウス。

 エリックもあゆみを止める。

「妙だな。この雨の振り方で雷だなんて」

「うん。あれは誰かの魔法だ。誰かが魔物と戦っているのかな」

 雷鳴は遠く後方から聞こえた。インフィらがどうこうできそうには無い。

 サディウスが音のした方向を睨む。

「そういうことですか」

「え?」

 インフィがなんのことかと聞くがサディウスは笑った。

「いえいえ。なんでもありません」

 一行は歩みを続けた。

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