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今日は結婚式だ。
爛々と輝く勇者の隣に佇む吐き気が出る程のイケメン王子。
空には女神が起こした奇跡の虹が濃く刻まれ白い鳩が宙を舞う。
拍手喝采と共に起こる神官の五体投地に、二人は熱いキスをする。
そんな美しい彼女等を見つつ男は、噎び泣き嗚咽を上げていた。
城壁の上で双眼鏡を覗き込み一人男が泣いている。
「ちくしょう! 俺と生涯を誓ったじゃねぇか!」
恵まれた体躯に刻まれた傷は凄まじく額から左目、顎にまでバッサリと切られ、右腕は焼いた油に漬けた様な火傷。
背負った剣は細いが肉厚で、突く事を目的とした大きな剣だ。
地獄から無理やり出てきたか、凄惨な拷問にあったかの様な見た目で泣きじゃくる男を見て周りの兵士はドン引きしていた。
この男は勇者の幼馴染だ。
話は遡る5年前....
俺と彼女は、結婚の誓いを行っていた。
宴もたけなわそろそ熱いヴェーゼを牧師が言うタイミングに地震が起こった。
それはもう大地震。
教会が割れ地面が裂け俺と彼女は裂け目に飲み込まれそうになった。
時間が停止した感覚、彼女の驚く顔に神父が仰け反り十字架を胸に当てている。
そして見えるのは新郎席。
親父にお袋に妹も驚き椅子から立ち上がろうとしている。
空にも裂け目ができそこから絹の様な白い手が伸びている。
そこで出来た事それは....
俺は彼女を思い切り突き飛ばした。
突き飛ばされた彼女は天から降りる手に受け止められるのが見え俺は良かったとしか考えられなかった。
だんだんと早くなる落下速度。
遠い所で彼女がこちらに手を伸ばしているのが見えたが、裂けた地面が塞がれたのだろうそれを最後に俺の意識は失った。
気が付くとそこは魔界。
いや、地獄と言っても良い所だった。
俺はそこで触手に剣闘士...いや、ペットとして飼われていた。
触手で行う言語はとても聞きづらく途中から耳に直接触手を入れられ右耳は何も聞こえなくなった。
しかも俺は剣闘士も兼業だ毎日俺は色々な生物と戦った。
最初は軽くゴブリンだ。
対峙するも一瞬で勝負は決まった。
俺の負けだった。
それはもう完膚無きまで叩きのめされた。
その時の体つきはとても良いとは言えずむしろひょろっとしていた。
こう見えて俺は教会の本を写す仕事をやっていた。
毎日本を書き写しそれを売る仕事だ。
ペンは剣よりも強しという言葉を耳にした事が有ったがあれは嘘だ。
純粋な暴力でボコボコにされた俺は這って触手...いや、彼の元に向かった。
そこから第二ラウンド彼から貰うお仕置き&ドーピング兼強化合宿だ。
死なない程度本当に死なない程度...帰ってこれる直前まで痛めつけられそこから色々な薬を穴と言う穴から飲ませてくる。
最初は激痛だが、しばらくすると多幸感に変わり天にも昇れそうになるがぶり返してくる悪寒に幻覚。
それが終わるとまた戦闘。
何度も続けるとゴブリンに勝ち次はコボルト、オーク、人間も出てきた。
人間は老若男女より取り見取りだった。
全て俺は叩き切り刺し殺した。
毎日薬を飲まされ戦い敗れ出来上がったのは俺だ。
薄く燻り続ける鎧を纏い炭化しても即座に回復する体。
片目が見えなくてもよく見えるように作り替えられた暗赤の眼球
手に持つ剣は刃こぼれしているが切っ先だけ砥がれた剣だった。
何処からどう見ても暗黒騎士....いや、敗残し死にかけている兵士だ。
そうして毎日楽しく過ごしていた。
しかし、最後はあっけなかった。
何時ものご褒美の時間になっても来ない彼を俺は待っていた。
たまにこう言う事が有ったんで俺は身を焼かれる思いをしながら待った。
薬が抜ける絶望感に続くすさまじい悪寒。
何度も首を剣で突き刺すも一瞬で傷口は塞がり零れた錆は咳と共に吐き出される。
悲しみに暮れ、出ちゃいけないよと言われていた牢を体を折り這い出し外に出た。
外に出るとそこにはぐずぐずに崩れ焼かれた彼が居た。
愛おしく思っていた彼は崩れもう彼は居ない。
また絶望しそうになるが、ふつふつと湧き上がる高揚感。
剣先で彼をつつき動かない事を確認し何度もその彼を叩き切って彼の薬...いや、核を飲み干した。
暫く多幸感に酔っていると何時もの悪寒や絶望が全く来ない事に気づいた。
多幸感も薄れぼーっとしていると有る事に気づく。
誰が彼を殺ったのか、もしかして勇者かもしれない。
俺は喜んだ。
助かった事を凄まじく喜んだ。
一介の剣闘士、いや、ペット何でもいい俺は勇者を手伝わなければ。
彼が殺されて幾何か日が開いたがまだ間に合うかもしれない。
そう思い俺は走った。
勇者が通った道筋には必ず魔物や、何かしらの生物の死骸が有る。
それを道しるべにし向かった。
だんだんと俺の思考も安定しこれもしかして人間界と言うか勇者が来た道逆走してるのでは無いだろうかとも考えた。
腐っているのか腐っていないのか分からない魔物の死骸。
見かけない死骸の前に立ち止まっては臭いを嗅ぎ悶絶もした。
女の見た目をしているが明らかに魔物の死骸を見た時はまだ使えるとも思ったがぐっと堪え先を急いだ。
そうして走っていると剣戟の音が聞こえ急いで向かった。
見えたのは神々しく光る勇者に周りで戦う6人のプラトーンだった。
その動きは洗練され入りようが無いチームプレーと言った所か。
俺が入った所で邪魔になる様な皆の動き。
しかし、ここまで来た、いや、来てしまった。
何とか感謝を伝えるべく襲い来る魔物を見える位置で突き刺した。
助太刀御免! 何名前を言うほどの者でもない、拙者も彼の勇者に助けられた者により
と言おうとした。
が、まともな言葉は出ず、出た言葉は死人が出すような呻き声。
それからは酷かった。
数舜の間が開いたかと思うと矢が飛んできて思い切り胸、いや心臓に突き刺さる。
なにが起こったか分からなかったが、矢で射られた事は分かり、それでも仲間だと見せるため隣に居た魔物を切り裂く。
その時後ろを見せたせいであろう肩先から腰までバッサリ切られた。
痛みで剣を落とし藻掻きながら魔物を掴み首の骨を捩じり折る。
目元まで隠れている鎧のせいだろうと思いシールドを上げ笑顔を見せる。
満面の笑みを見せるため目を瞑るほどの笑顔をみせるとそのまま顔面に凄まじい衝撃が走る。
そして身も凍えるどころか顔を凍らされ呼吸が出来ず自分の顔をへこむくらい殴り氷を叩き割った。
そして何匹も魔物が上に被さり噛むわ裂くわで転げまわった。
負けじと俺も魔物を引きちぎり目に指を入れ振り回したりするも離れず最後は鎧に魔力を通し自ら燃え上がって難を逃れた。
するとじりじりと近づいてくる勇者たちに少し距離を取り手のひらを向ける。
まともな言葉を話すのは何年ぶりだろうか、何度も声を出す。
「あ゛あ゛ーん゛っを゛お゛ー」
無理だ、まともに声が出ない。
そもそも彼との会話方法脳内会話のみだったよな。
「汚ねぇ喘ぎ声だすな!」
そう言って矢が飛んできてまた刺さる。
「待って! 何か言いたいみたい!」
「油断させてるだけだろ! いい加減にしろユナ!」
そう言って魔法が放たれるが手のひらでそれを受ける。
鉄をも溶かす温度の火の玉が当たり右手が吹き飛ぶも徐々に鎧ごと再生していく。
それよりもユナと言う名前に聞き覚えが有った。
「ユ゛ナ゛!?」
身を切る痛みを受けつつ文字通り頭皮ごとヘルメットを脱ぐ。
「うわ! こいつヤバいって!」
剣士の男がユナの手を引く。
「お゛お゛れ゛だ!」
そう言いながらユナに近づこうと左手を伸ばすと一瞬で左手が飛んだ。
いつの間にかユナが剣を抜き俺の左手を切り飛ばしたみたいだ。
怯えを見せるユナの顔。
その顔は、俺が落ちていく時に見た顔と同じだった。
俺はその瞬間悲しみと絶望にいや、本当の絶望に立たされた気がした。
向かっている途中でも魔物は襲ってこずさっきも俺が魔物に近づいても最初は俺を襲わなかった。
俺は人なのか?
この自問自答は昔にやった。
両手両足を切り飛ばされ彼が珍しく機嫌が良かった。
牢に戻され数時間もすると手と足が生えていた。
その時は彼に感謝し何度も彼を拝んだ。
しかし、薬が切れ意識が戻る数秒間に何度も自問自答を繰り返した。
いや、すでに俺は彼と同じ魔の物なんじゃないだろうか?
答えは出ていた筈だ。
俺は人じゃない魔物だ。
瞼のない瞳から涙がポロポロと溢れ出る。
いや、血に混じってと言った方が良いか。
俺はもう死んでいる人だ。
彼女に会ってはならない。
もう彼女の傍に居れない。
切り飛ばされた左手を拾い上げ暗闇の手前まで跳躍した。
そして俺は頭を下げる。
もう話せるはずだ。
「ずげだぢごめ゛ん゛!」
彼女は知らない筈だ俺は東の国かぶれだ。
そう言いつつ足元に落ちていた剣を拾い上げ血油を飛ばし背に戻し走った。
そうして俺はたびたび彼女たちの前に現れてはと言うか、少しでも勇者の負担を減らすため間引きしていると彼女たちが追いつき戦い俺がズタボロにやられるのを繰り返した。
暫くそう言った事をしていると向こうも少し軟化したのだろう、いつも俺に当たる矢や魔法の攻撃が減り始めた。
とりあえず魔物と言う共通の敵が居る時はだ。
他にも分かったのは剣士は勇者の事が好きな事と勇者もその事に満更でも無い事。
魔法使いは、国に嫁を残している事とか弓使いは槌使いと結婚していたり、荷物持ちの男は時折魔法陣を書くとその上に食料や、消耗品であろう物が召喚されていた。
何度か食料をがめようとするもそいつの持っている魔道具で撃ち抜かれ逃げるを繰り返した。
たまにソーセージや、ハムなどが紙の上に置いてあったりするとああ、俺の分だなと思い餌付けをされていた。
はいストーカーをしています。
先行っても追いつかれるから一緒に行動して見えない所で間引いた方が楽じゃねと思い付いて行ってます。
あの剣士は叩き殺したいが、一度背中合わせで戦えた時は背筋が震えたね。
まぁ勇者が恐らくトロール的なのを叩き殺した後勝利のダンスを踊っていると切られたから恐らく仲間だとはまだ思われていないと思う。
まぁ昼か夜か分からない世界で食事の回数を数える感じに言うと俺と会ってから1年程だろうか、全く俺は馴染め無かったがようやく城らしき物が見えた。
俺はあいも変わらずピンチの時に駆け付けるため準備運動をしているとユナがこちらに向かって歩いてきた。
俺は隠れる所を探すも何も見えない上に俺は若干火の粉が飛んでいる。
土を掘り起こし土の中に隠れる。
小便か?
そう思い目だけだしてジッと見つめているとどうも目が合う。
「見えているのか?」
「見えてますよ...ずっと私は見えてました」
「そ...そうか....できればもっと早く言って欲しかった」
そう言い俺は起き上がり土を払う。
「暗黒騎士さんは...自分の王が殺されても良いのですか?」
自分の王?....ああ、王になるのか?
「魔王の事か?」
一応聞いておく。
「はい...」
何かカッコイイ事を言えるよう考えてきた一つを出す。
「魔王は王に非ず統治と言える物を一つも行っていないアレは世を壊すものだ」
それっぽい事を言う。
「あなたは魔物ですよね? ならなぜ力が有るのに統治をしようと思わなかったのですか?」
「我に王になれと? それこそありえん、貴様ら勇者が我が主...彼? いや、触手の彼を滅ぼしたおかげで我は此処に居る」
「触手....そう言えば蠢く者と言われる魔物ですか?」
「恐らくそれだ、そいつが俺を飼っていた、そこでは色々な生物実験を行い人から魔物全てで実験を行っていた」
「人も居たんですか? どこに!? ほかにも居たのですか!?」
「いや、最後に残ったのは我だけだ、人も魔物も殺し殺され最後に残ったのは人か魔物か分からない物だ」
言いたいがぐっと堪える。
そこで死んだことにするもん!
シールドは絶対あげないもん!
「この指輪に見覚えないですか?」
そう言って首から下げている指輪を見ると式で彼女に渡した物だった。
「ふむ....我のコレクションの一つに有るかもしれんな」
そう言って腰に付いているポーチからジャラジャラと指輪を取り出す。
自分でもおぞましい趣味の一つなんとなくで集めていた金目の物たち。
出るのはコインやら宝石やらそしてそこに混ざっている指輪やら....
まぁこれが終わって生きてたら遺族探し&売るための物だ。
「っ!」
息を飲む声が聞こえた。
「どうやらあったみたいだなこの指輪か?」
そう言って別の指輪を取ろうとすると俺の指輪を一発で当てた。
「ライリー....」
勝手にその指輪を拾い上げ胸元に抱く。
「ふむ...そいつは俺と同じで古株だった」
「最初はゴブリンに負けるような奴だったが、最後はトロールでさえも捩じり殺す強者になっていた」
「最後は....最後はどうだったのですか?」
「分からぬ我がコレクションを集めていると知り我に託してからそれっきりだ」
っぽい事を言っておく。
俺の声も鼻声になりそうだ、久しぶりに彼女、ユナに呼ばれ返事をしてしまいそうになった。
「話の流れで分かると思うが我も元は人、それ故に魔物に味方をするのは不可能だ」
まぁ人に近い上に女性型の魔物で可愛かったら襲いたくいや、襲われたくなる。
お前の体を統治するどころか俺の体を統治させてあげようかとか。
「ありがとうございました...ではあなたも勇者のプラトーンに入りませんか?」
そう言われ揺らぐが断る事にする。
「それは困る、最初は仲間に入れてもらおうとしたが、貴様らの剣士が我と違えている故に、いつ我が剣士にこの剣を叩き込むか我も分からぬ...貴様いや、勇者よ、かの剣士の事を好いているのではないのか?」
「....ずっと見ていましたもんね、はい、お慕いしております」
「ならそう言う事だ、勇者の好いている者を我は切りとうない」
何時も話さないせいでそろそろ地が出てきたななんだ切りとうないってそもそも東の話し方はどうなった?
「我から言う事はそれだけだ! 何、貴様らの手助けはいくらでもしてやる分かったのならさっさと帰れ!」
そう言って俺が少し離れて後ろを見えるとまだ見えているようでこちらを見ていた。
おいおい俺何時ももうちょっと近かったのバレてんじゃねぇか?
結構離れ後ろを見ると勇者がいつの間にか居なくなり伏せて俺は皆をガン見する。
仲間になっとけば良かったかな?いや、腹立つあの剣士をいつ切り飛ばすか俺も分からんな。
そうして日を跨いだ次の日
勇者たち一行は城下で凄惨な戦闘を行っていた。
出るわ出るわの魔物の集団
人の見た目の者から何の集合体だと言いたくなるくらいの塊
魔法が効かない手が沢山生えたデカいボールが出てきたときは俺の気が狂うかと思った。
勇者一行それ見て逃げようとするから仕方なしに俺が飛び込んで掴まれつつ切り飛ばしたよ。
そうこうしてやっと城にたどり着き大きな門を開け中に入ると大広間になっており、そこのバカでかい椅子に座るバカでかい巨人、冠を被っている所を見ると恐らく魔王。
「魔界と現世を交わらせし魔王! 貴様を討ち....」
さすがユナ魔王に対しても正々堂々と言葉を放つ
俺と荷物運びはなんだかんだで馬が合うので渡された油壷を必死に魔王に向かって投げる。
「燃えて死ね! 死ねない辛さ教えたる!」
地が出ているがもう終盤だ知るか!
魔法陣から湧き出るように出てくる壷亀、両手で抱えて思い切り放り投げてぶつけまくる。
「勇者! 暗黒騎士が始めやがった! 行くぞ!」
「待て! 今から火を放つ! 苦しめ魔王!」
魔法使いが放った火炎が油に燃え移りゴウと音を立て燃え広がる。
それからなんやかんや有って魔王は倒された。
空が晴れて行き空から絹の様な白い手が降りてくる。
その手が勇者一行を拾い上げ俺も乗ろうとするとするりと抜ける。
すると辺りに声が響く。
『魔の物よ、貴方の世界は此方ではなくそちらみたいですね』
そう言い手はどんどんと勇者を連れて上がっていく。
おいおい! 女神俺が勇者っていうか嫁と言うかユナを助けたんだから世界が救われたんだろ!
手を思わず空に伸ばす。
すると勇者もこちらに向かって手を伸ばす。
思い切り跳躍しすんでの所でまた零れた。
「またかぁぁぁぁぁぁい!」
思わず声がでてしまいそのまま手は去って行った。
それから?
それはもう必死に戻ったさ。
勇者の来た道を戻り自分の元居た所まで戻ってくるとそこから血眼になって俺が落ちた穴を探した。
ようやく見つけた所は彼...いや、蠢く者の家の魔法陣って訳よそりゃそうだよな此奴がどこから人間調達してたってここしかないもんな。
なんとかここの本を読み漁り魔法陣が起動し転送されたまでは良かったんだが、そこからがまた大変だった。
転送先は地中で全く体が動かせず、死にはしないものの土の中で埋まってるもんな。
そこからは気合でずるずると土を押し少しずつ隙間を作り上に上った。
蝉の気分を味わった訳だ、まぁ土の中って言うのは若干想定していた。
だがそこからも道のりは長かった。
幾ら目が良いって言っても光が一切無ければ何も見えない。
少しの明かりすらない地中の中
血の巡りで上へ上へと進むと急に固い層に当たった。
まぁ暫く引っ掻いて層ではなく建物の基礎の部分に当たったわけだ。
しかもそれが深いのなんのモグラの様にうろうろしながら基礎から外れるのにかなり時間が掛かった。
地中から空中に手が入った瞬間感動してうれし泣きしてたね。
まぁ夜だったから良かったものの出てきた所が墓地だったのでバレなかったが、昼間の墓地だったらおぞましいよな
いや、夜の墓地から這い出るのを見たのが俺だったら卒倒するわ。
そう思いつつ土を戻し踏んで固めた後そそくさと俺は立ち去った。
向かった場所はもちろん実家、まぁ家族に話しても良いだろう、見た目が変わったし内緒にしてって言ったら許してくれるはずだ。
なに、金目の物はあらかた持ってきた厳しい親だがなんだかんだで許してくれるさ。
実家の家業は本屋...ではなく驚きの木こりだ。
俺は母似でモヤシみたいな体形だったので文学を気合で覚えた。
まぁ家業は妹が継いでくれている筈だ。
実家を見ると思った以上に立派になっており思わず前を通り過ぎてしまった。
「で、でけえ...」
そーっと跳ね二階に上がり窓を覗き込む。
誰も居なさそうだ。爪で窓を掻き穴を開け錠を外す。
「ただいまぁー」
小声で言う。
恐らくみんな寝てるだろう起こさず焦らずゆっくりと。
間取りがそう変わってなければ一階の東側にキッチンが有るはずだ。
なに下水の位置を変えるのはそうとう骨が折れると見える。
音を消し抜き足差し足忍び足。
そーっと進むと、どたどたと犬が走ってきた。
飼い犬ココだ、少し離れた所でうなり始める。
滅多に吠える所を見た事が無いがまだ生きてたんだと少し嬉しくなる。
「ココォ ボール ボールもってこい」
こう言うとボールを探し始め何処かに行く。
「オ゛ウ゛!オ゛ウ゛!」
汚い吠え方だが昔一度聞いたのを思い出した。
「まてまて! ココ!!」
強い口調で言う怒っている事が通じる筈だ。
足元に走ってきて臭いを嗅ぎ始める。
次は尻尾を振りまた吠える。
「オ゛ウ゛!オ゛ウ゛!オ゛ウ゛!オ゛ウ゛!」
耳に悪いこの声だが歓喜が含まれている所を見ると思い出したようだ。
「まてシー! ほら静かに! いまビスケットとってやるからな」
勝手知ったると言っても全くビスケットの位置も分からず相変わらず吠える。
そして周りが一瞬で明るくなる。
明かりの魔道具であろう、結構高いものを買いやがってと思いつつも急いで伏せる。
「ココ! うるさい!あんたうんちしたでしょ! 何凄い臭い!」
この声は妹だなどうやって乗り切るか....
尻尾を振りながら妹の所に向かうのが見える
俺の位置はちょうど机の下だ妹に向かって吠える吠える。
「何もう! どこでやったの?」
そう言ってこっちに近づく妹
諦めて寝ぼけている体で妹に話しかける。
「もういいよ俺片づけとくからお前は寝な」
「誰!」
はい失敗そもそもこんなにお兄ちゃんの声ガラテル効いてませんね
「や、やめて! 乱暴しないで!」
「ちょっと待ってくれ静かに! 静かにしないと乱暴するぞ!」
そう言うと静かになった。
「騒ぐなよ....はぁ....ココおいで」
そう言うとココがこっちに来て尻尾を振る。
「そうかココには俺の香りがうんこじゃないのか」
頭を撫で繰り回し褒めうつ伏せの体を上げる。
「キッ!」
叫ぼうとする妹の口を押える。
その瞬間妹がえづいた。
「オエ! クッサ!」
「ひでぇ! そりゃ何か月も風呂どころか水にすら体付けてねぇもんな」
そう言ってだんだん笑えてきた。
「そうだよな! くせぇよな! 最高のリアクションありがとう!」
思わず俺も笑う。
我とか言ってたのが懐かしいよほんとに
「誰だお前!」
「今自警団呼んだからね! 動くんじゃないよ!」
やべえ親父にお袋まできやがった!
「自警団は不味い! 説明は後でするから俺はお前ら夫婦の息子ライリーだ、でお前が俺の妹レティ!
お袋はマイアで親父はライアンだ! じゃねえ名前じゃ信じねぇよな! そうだ! 金ならある!」
そう言って袋を投げるも無視されて斧が飛んできた。
「あぶねぇ! 親父殺す気か! えーっとそうだ! って指輪返したじゃねぇか糞! 俺のバカ! ああ! もう!」
そう言って俺は妹を親父にココをお袋に放り投げる。
「自警団帰ったら説明するからな! 後俺の部屋も欲しいな!」
そう言って俺は寒空に玄関から飛び出し跳躍し逃げた。
教会の屋根に上がり自警団が来るか待っていると全く来ず親達も出てこない。
とりあえず2時間程時間を潰し様子見したが空が白んできた。
二回目のお邪魔しますは玄関か二階か迷いもう一度二階から入ろうと窓を見ると親父が窓の外をガン見していて思わず俺は驚き落ちてしまった。
諦め玄関から入る。
「ただいま」
そう言うと妹がキレ気味にタオルを投げてくる。
「もっと早く帰ってこい馬鹿兄! 後臭いからシャワー浴びてこい!」
そう言われ臭いという言葉に若干の悲しさを覚えつつ脱衣所に向かった。
まぁシャワー浴びようと思うと鎧脱がなきゃいけないよね。
張り付いたと言うか癒着しているこの鎧。
脱衣所から少し大きめに言う。
「できるだけ我慢するけど、俺変な声上げるかもしれないから許してね」
そう言い気張る。
なに、一度は脱いだと言うか引きちぎったんだ何とかなるさ。
深呼吸を何度も行い兜を外す。
バリバリ! と言う鳴ってはいけない音と共にごっそり持っていかれる感触
激痛? のたうち回りそうになるが、酸のバスタブに漬けられた事を思うと我慢できる。
次は大型の鎧部分特に股間に注意だ。
さっぱりした!もうきれいさっぱり! 鎧に色々破片が残ったけど束子で落とせるだけ落としたから良し
何年かぶりの歯磨きをしつつリビングに腰にタオルだけまいて戻る。
「あーさっぱりした! もう帰ってくるってわかってるんだからお湯ぐらい沸かしといてよね」
そう言いつつ椅子に座る。
三人とも顔が怖い。
許してくれない顔をしている。
「ああ、言い忘れてたけどユナには内緒な! 俺死んだ事にしたから」
みんな無視をする。
なかなか辛い物が有るね。
「ユナ結婚もうした? 仲間に剣士の子が居たでしょ」
「最初から全部話せ」
親父が言う。
「ユナの結婚式から?」
「そうだ....」
「....聞かれたくない所も有るから若干濁すね」
「と言う訳で女神降臨晴れて彼らは帰って行ったけど俺は言った通り魔物まぁ見た目で分かると思うけど結構辛い思いをしつつ後は根性で帰って来たって訳」
お袋は口を押え泣き妹は結構序盤でリタイア親父だけ最後まで表情変えず残った。
「まぁ金目の物は粗方かっぱらってきたから暫く俺を養ってくれ! それより結婚まだしてないの?」
「よく帰って来た....話し方と声全て違うがライリーお前なんだな」
「まぁね...あれから何年経った?」
「5年だ」
「そっか....まだそれだけか...誰も変わって無くて良かったなーココ」
そう言って離れないココを抱き上げる。
「それにしてもお前薄らデカくなったな...」
「薄らデカいってまぁ色白と言うか日に当たる事も無い日も長かったしね...あとお袋何か食べるもん有る? 落ちてから最後に食べたのが紙皿のハムなんだわ、何でも良いから食べるものくれない?」
そう言うと母さんはキッチンへ向かった。
「はぁー疲れた! レティ終わったから降りてきて良いよ! 感動部分だけ抜粋した本をお前の為に作ってやるから降りてこーい」
そう言うとレティが降りてきた。
「兄さん...辛かったんだね...」
「ああ...そうだ、俺魔物になったって事話したよな」
「うん...」
「親父さっきの斧貸してくれ」
「何すんだ?」
「俺の手首跳ねたら笑えるんじゃねぇかと思って」
「笑えねえよ!」
そう言って俺の頭を叩かれる。
「そうそうそんな感じで良いよ、笑える....笑える....そう言えばお前俺の事...
こうやって幾何かの日は籠って過ごせた。
しかし、いくら蝉になろうが拷問漬けでおかしくなろうが、精神はぶっ壊れずに済んだと思う。
いや、少し壊れてるか?
まぁそれは置いておいてだ、ずっと家に居ると暇で死にそうになる。
最近は睡眠をやっと楽しめる状態にまで回復したが日がな1日寝て過ごすのも体に悪い。
外に出るのもなかなか難しい。
「親父まだ魔物って居るよな」
「おう俺の目の前に居るぞ」
「じゃなくてよぉゴブリンとかオークとか?」
「居るには居るがどうした? 魔王がくたばってから結構狩られて数も減ってる見たいだぞ」
「じゃあギルドも解体する感じ?」
「そうとも言えねぇ 最近は野盗が増えてるって話だ」
「って事はバウンティーハンターか」
「なんだ? もう家出るのか?」
「ちょっとは名を売って独り立ちでもしようかなと...暇だし」
「危ない事はやめなさい!」
お袋が大声で言う。
「危ない事って言ってもずっと此処に居るわけにもいかないし...妹の彼氏が来るたび俺隠れるの辛いし...」
余っている部屋は妹と彼氏が結婚した時に二人で住む部屋だったようで俺は今屋根裏で寝ている。
「流石にさもうそろそろ無理が有ると思うんだ」
帰ってきて一ヶ月引きこもり断念。
「ちょっとは俺も日に当たりたいじゃん妹彼氏に迫られてから俺と一言も話そうとしないし」
「何! おいレティ! 今すぐ降りてこい!」
「兄貴! 言うなって言ったじゃん!」
「楽しいなぁ、我が家って感じ最高」
いやいや、ひねくれ過ぎだろ俺
「いや、やっぱり出るわ俺考えたら頭バカになってるわ...あと俺の着てた鎧あれ俺埋めてたの覚えてる?」
「夜中に埋めてたやつだよな?」
「掘り返したら....いや、教会に捨ててくるわ、あれ呪われてるし万が一があるから」
「あんだけ深く掘ったのにまた掘り返すのか?」
「いや、夜中に這って俺に取り付こうとするからさ朝起きて枕元に鎧が置いてあったらビビるだろ、あとあれ少しづつ体食うし一回着たら張り付いてもう取れないし....脱いだらごっそり持ってかれるよ肉ごとさぁ」
「お前が帰ってからやたら下水が詰まるからなんだと思ってたらお前か!」
「まぁ近々出て行くわ、死なないし恐らく老いないから、みんな死んでも生きてるさ」
「そうか...じゃあ後一ヶ月...いや、二週間待ってくれ」
「ん~...分かった! ごめんなレティ! 彼氏が来たら耳と目潰しとく!」
そう言うと妹が怒りながら降りてきて母親が泣きだし親父がキレた。
「楽しいなぁ!」