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二話

 ああどうしよう。目は見えてるのに、目の前に広がる景色を脳が受け入れようとしない。突然のことに脳の処理が追いつかない。感情が沸かない。ただ茫然と立ち尽くしてしまう。


 意識の外で、悲鳴が聞こえた。日比谷さんの声かななんて、ぼんやりと考える。その些細な思考が、僕の意識を現実へ連れ戻してくれた。途端に、心臓がうるさく脈打ちだす。不安なのか恐怖なのか怒りなのか、よく分からないものが僕の心を支配する。どうしたらいい。誘拐? 幻覚? 僕は一体どうしたらいいんだ?


 せっかく働きだした思考が故障し始め、もうどうしようもなくなった。そして到頭喉から声がほとばしりそうになった瞬間、いつも無愛想なあの人の、楽しそうな声が聞こえてきた。


「落ち着いてください、1年B組の皆さん。先生はちゃんと見ていますよ」


 高山先生の声だ。すかさず周りを見回す。でも、先生の姿は見つからない。


「先生! これは一体どういうことですか!!?」


 加賀くんの声がした。声の方を見ると、加賀くんは座り込んだ日比谷さんの傍で、天井を見上げて立っていた。その顔は険しい。黒髪で背が高めの、気が強そうな女子が日比谷さん。日比谷さんは加賀くんと付き合ってるって噂だけど、加賀くんはあんまり日比谷さんを気にかけているようには見えない。


「これから説明しますよ。そう焦らず。でもその前に、全員いるか確認しなければ」


 そして、しばらく沈黙が続いた。生まれた静寂の間に、周りをちゃんと見ることができた。


 足元に広がるのは白い石の床。大理石ってやつかな。僕の姿を反射して映してる。見渡せば、部屋がかなり広いのが分かる。体育館を二個つなげたって、足りないくらいの広さだ。部屋の四隅に太い円柱が見えた。天井と柱の連結部は一段と太くなってる。天井に灯りは一切見当たらない。けれど不思議なことに、部屋の中は真昼間みたいに明るかった。


 そして、左側の部屋奥には大きな扉があった。天井まで届くくらいの石の扉だ。なにやら幾何学模様が施されているけど、どんな意味があるのかはさっぱり分からない。あんなの、どうやって開くんだろう。そもそもどうやって造ったんだ? 


「全員いるようですね」


 また、先生の声が聞こえた。なんだか今日は、先生の声が明るい気がする。


「さて、ではまず皆さんが今どこにいるかをお伝えしなければなりませんね。率直に言いましょう、皆さんが今いるのは異世界です。皆さんの生まれ馴染んだ世界ではありません」


「……へ?」


 思わず間抜けな声を出してしまった。でも仕方ない。異世界にいる? 意味が分からない。


 それは皆も同じだった。戸惑いを隠せていない。


「揃って間抜けな顔をしないでください。お偉いさま方も見ていらっしゃるのですから。まあ私も詳しいことはよく分かっていないのですがね。そこは日本ではありません。さらに言うなら、地球ですらない。もっと別の、時間も空間も無茶苦茶に狂った場所です。皆さんがいる迷宮は、空間は安定しているらしいのですが」


 内容が全く入ってこない。この人は何を話してるんだ? 誘拐ならまだ理解はできる。幻覚なら納得できる。でも、ここが地球じゃないなんて信じられない。そして、言っているのが先生だということが一番信じられない。確かに先生は変人だけど、突然こんなとち狂ったことを言う人じゃなかったはずだ。


 狼狽する僕たちをよそに、先生は話を続けた。


「皆さんが元の世界に戻ってくる方法をお教えします。困難な方法ですがね。皆さんはこの迷宮を探索し、最奥の部屋にある扉を開くことで帰ってくることができます。といっても、この迷宮はほぼ一本道。大体の人は、迷うことはないでしょう。


 ですが、普通に帰ってこられるとこちらとしては困ってしまうのです。それでは全く刺激がありませんからね。お偉いさまも満足されないでしょう。私たちは興奮を求めていますから。そこで、皆さんには素敵なプレゼントを用意しました」


 そこで先生は、僕たちを弄ぶようにたっぷり10秒押し黙った。その沈黙が、僕たちの焦燥を掻き立てる。


「この迷宮、皆さんがいる部屋の扉の先には、たくさんの怪物がいます。怪物たちは皆さんが来るのを今か今かと待ち構えている。皆さんを喰らいたくて仕方がない。生き残るためには、皆さんは怪物たちを打ち倒し、最奥の扉に辿り着かなければなりません。


 おそらく多くの人が死ぬでしょう。全員死ぬかもしれない。ですが前に進まなければ未来はありません。希望を捨てないで。前進するのです。勇気を持って進むのです! それしか道はない。さあ、頑張ってください!!!」


 そして、先生は話すのを止めた。先生の話はおよそ理解できるものじゃなかった。けれど、死という単語だけは僕たちの心に重くのしかかった。


「死ぬって、どういうこと……?」


「私たち死んじゃうの?」


 誰かが呟いたそんな言葉を皮切りに、周りが騒がしくなった。一瞬で収集がつかなくなる。生まれた喧噪のせいで、僕も気が狂いそうだ。


「そうそう、もう一つお伝えしなければなりません」


 相変わらず姿を見せない先生の声が、再び部屋に響いた。でもほとんどの人が聞いてない。それでもいいのか、先生は話を続ける。


「頑張れとは言いましたが、生身の皆さんではなす術もないでしょう。そこで皆さんにさらにプレゼントがあります。皆さんは今、超能力が使えるようになっています。これは迷宮に入った時に自動で送られるもので、誰がどんな能力を使えるのかは私も把握していません」


 非現実的なことばかり起きすぎて、もう超能力と聞いても驚きはない。でも、自分が超能力を使えるなんて実感はなかった。


「皆さんの左腕に刻印があるはずです。その刻印を強く握れば、能力の情報が手に入ります。私から伝えられることは以上です。それでは、頑張ってください」


 そして、今度こそ先生は何も言わなくなった。


 僕は先生の最後の言葉が気になって、制服の袖をまくった。左腕に、朝は確かになかったはずの模様が刻まれていた。意味のなさそうな、幾何学模様だ。僕は先生が言っていた通り、その模様を右手でぎゅっと握った。


 途端にめまいがして、頭がズキズキ痛み始めた。立っていられず座り込む。しばらく痛みに耐えていると、唐突に痛みが晴れ頭が冴えた。そして、僕は与えられた能力を理解した。


「こんなの、どうやって使うんだ……」


 僕の独白に応える人は、いなかった。

加賀 祐

男。身長178cm

髪は丁寧に手入れされており、天然の茶髪。整った顔立ちから人の良さが分かる。スポーツはよくするが、肌の手入れもしておりあまり焼けていない。

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