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プロローグ

 いい夢を見た。


 怪物に襲われる夢だ。暗い、先の見えない場所で私は逃げまどっている。首筋を怪物の生温かい息が撫でた。私は情けない悲鳴を上げ、もはや限界に達したはずの脚を動かす。


 出口はどこだ。光を探せ。生き残る方法は、絶対にある。


 そう信じる私の目の前に、不意に壁が現れた。顔をしたたかに打ち付けて私は混乱し、泣きわめいて壁を殴る。そして背後に忍ぶ大きな気配に震え上がるのだ。


 振り向きたくない。自分が殺される現実を信じたくない。そのはずなのに、顔を後ろへ向けてしまう。


 振り返れば、牙を剥いた怪物の大きな口が眼前に迫っていた。涎を垂らし、鼻を鳴らしながら口を近づけてくる。私はへなへなと腰を抜かし、地面にへたり込んでしまう。もう、逃げることはできない。


 ゆっくりと怪物の口が開かれた。喉の奥までよく見える。地獄が、私を待ち構えていた。ああ、私はこれからこの中へと飲み込まれるのだ。私は死の恐怖に怯え、尿を床へ垂れ流しながら、しかし恐怖の中に快感を覚えた。ああ、命が、人の命がこんなにも容易く奪われる。死がすぐ傍にある。これほど興奮するものはない!!!


 そして、私の頭が怪物の口腔へ吸い込まれた。そこで目覚めた。体中冷や汗で濡れ、痛いほど心臓が早く脈打っていた。しかし心には、確かな充実感があった。


 どうせ喰われるなら、生きながら喰われる瞬間も味わってみたかった。しかし、そこまでは望むまい。この夢を見たのが今朝というだけでも、私は幸運だ。人生に数度味わえるかという興奮を知るこの日が、こんな最高の夢から始まるなど考えもしなかった。


 ――私は教師だ。身寄りのない子供を集めた花仙高校で倫理を教えている。だが、やりたくてやっている訳ではない。人間の何たるかを知らず、仲良しごっこをやっている馬鹿共を教えることの何が楽しいのだ。毎日飽きることなく大騒ぎをし、表面を取り繕う愚かな奴らばかりだ。挙句の果てには、私をも仲間か何かと勘違いする。疎ましいことこの上ない。紹介されたのがこの職でなければ、絶対に教師にはならなかった。


 それでも、私は今日まで教師をやってきた。それもこの日のためだ。この日のため、あの快感のため今日まで苦痛に耐えやってこれた。


 私は今日、生徒を犠牲にする。恐らく多くが死ぬだろう。私が担任する二十人、全員が死ぬかもしれない。ああ可哀そうに、未来に希望を抱く若者の将来が、理由もなく奪われるのだ。私に残ったわずかな良心が、忘れられた罪悪感を呼び覚ます。しかし、この罪悪感すら私には愛しい。


 結局、人の本質は悪なのだ。うわべをどんなに綺麗な言葉で飾ろうが、思いやりなどという戯言で自分の良心を信じようが、本質は変わらない。自分の悪を滅ぼせる人間などいない。


 だからこそ、私のような人間が生まれる。自分はよい人間だと信じなければ生きられない弱さ。その弱さが正義とみなされるこの世界を退屈に思い、本能のままに残虐な刺激を求める私のような人間が。この世界は、正直者にはあまりにも生き辛い。鬱憤はたまる一方だ。快楽を他人に求めて何が悪い。


 さあ、そろそろ時間だ。


 真面目な私は律儀に名簿を持って立ち上がった。恐らく今後、点呼することなどない。こんなものにもう意味などないはずなのに。どうやら私の、教師としてのなけなしの責任感はまだ、消えてはいなかったようだ。


 同僚たちがぞろぞろと視界から消えていく。放課後、1日の最後のホームルームを終えるためだ。誰もかれも、疲れた顔をしている。私も大して変わらないだろう。


 人がいなくなる一方で、私は立ち尽くしたままだった。これからが大事だというのに、すでに興奮が治まらない。知らず上がった口角に、同僚の一人が怪訝な顔を向ける。


 少しくらい、定刻を過ぎたっていいだろう。気持ちを鎮めなければ、下らないミスを犯すかもしれない。数分など誤差だ。


 しばらくして人もまばらになったところで、ひとつ大きく深呼吸をした。鼓動の音が徐々に引いていき、頭が冴えわたる。周囲の静けさが耳に入ってきた。


 よし、行こう。


 充分に自分の心理状態を確かめた上で、私は動き出した。いよいよだ。前回から二年待つ。もう充分待った。いよいよ至福の時間だ。


 私の手が、職員室の扉に伸びた。

高山 平太

34歳。男。花仙高校倫理教師。身長170cm

ぼさぼさで清潔感のない黒髪が、だらしなく目にかかっている。

無気力で冷たい目をしており、あまり笑うことはない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最初の夢の部分の回想なのかその場の体験なのか曖昧(気にしない人の方が多いと思うが)。 詰め込みすぎで句読点が多くて非常に読みにくい。
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