崖からの声が
二人は手を繋ぎ、冬の山を歩く。時々、聞こえる動物達の零した音を除けば、白き世界の静寂の中に響く音は二人の雪の踏む音だけ。
「なぁ、ツバキのお母さんはどうな人だったんだ?」
静かに歩いていたレオが突然、訊ねて来たことにツバキは驚きながらも答えた。
「えっとね、母様はとっても美しくて優しくて凛としていてね。魔法も上手で、声も優しくて綺麗でその声で物語を聞かせてもらうのがとても私は好きだったの。一緒に寝る時はとても安心したの。頭撫でてもらうのも安心して好きだったの。チェスや絵描きも一緒にするのはとても楽しかった。私がメイド達に怒られるといつも慰めてくれたの。離れている時が多かったけど、母様はいつも私の事を愛しているって言ってくれたの。あとあとね。母様は……」
二人は歩きながら、ツバキの母親の話をレオは静かに確かに聞いていた。
ツバキの表情や口調は少し明るさを取り戻し。レオはそれを見て、良かったと安心した。
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「よし、着いた!」
二人が歩いた先は、開いた雪の化粧をしている山々を見渡せる崖だった。
「ここは?」
ツバキは首を傾げるとレオが含みがある声で。
「ここは俺だけが知っている秘密の場所で俺のお母さんと父ちゃんに話しかけられる場所なんだ」
レオの言葉にツバキは不思議そうな顔をする。
「いいかぁ、昔から死んだ人は天の上にいて、上に行くほど俺たちの声が死んだ人に聞こえるんだって。んで、ここはこのあたりで一番景色が良くて開いた高い場所なんだって。だから、ここからだったら十分に死んだ人に声が届くって、死んだ父ちゃんが言っていた!」
「レオのお父さんも死んだ……の?」
「ああ! そんな泣きそうな顔をすんなよ。もう、二年前だし。それに、死んでも父ちゃんに俺の声を聞かせてるんだからさ」
レオも父親が亡くなった事に自分は無神経だった事と自分の母親が亡くなった事を思い出して、今にも泣きだしそうに眼に涙を溜めていたツバキにレオは近づいて、涙を拭いた。
「で、でも、死んだ人の声は聞けないし触れられないよ」
「うん、そうだな。でもさ、声が聞けなくても声を聞かせたら安心してくれるんだよ。笑ってくれると思うんだよ。俺の父ちゃんだったら笑ってくれる! 父ちゃん笑ってたらお母さんも一緒に笑ってくれる! だって、俺は二人に愛されてるから!」
その堂々とはっきりとした声にツバキは泣きそうな顔が驚きの顔に変わった。
「ここ来れば二人に話しかければ、必ず声が届いて、二人が笑ってくれる。例え、声も聴けないし触れられないけど、俺が二人に愛されていると感じられる。そう感じるとなんか笑顔になる! 近くに居なくても見えなくても二人は俺のそばにいるって思うんだ!」
レオはツバキの手を掴んで。
「だから、ツバキもここでお母さんに話しかければ絶対に声が届いて笑ってくれて、そばにいるって思える!」
「どうしてそう思うの?」
ツバキはそう訊ねるとレオは満面の笑みで。
「だって、ツバキがこんなに大好きなお母さんがツバキの事を愛さないはずもそばにいないはずも無い! それに、俺もはツバキに悲しんでほしくない。笑ってほしいだ!」
そう答えた。
その言葉にツバキはしばらく黙ったが繋いだ手は離さなかった。