ツバキ
「おーい、俺の声が聞こえていないのか? まさか、この窓が声を届かせなくしているのか!?」
男の子はどこか焦ったよう勘違いしそうになっていた。
私は男の子の方に体を向けて、顔を横に振った。
「じゃあ、何で黙ってるんだよ」
男の子の質問に私は久しぶりに悲しみのこもっていない言葉を紡いだ。
「は、初めてだから。周りの人以外と話すのが。だ、だから、何て言えばいいか分からなくて、すぐに返事できなくてごめんなさい」
私と男の子にいる場所は離れていたが、静寂が声を届けてくれた。
「謝んなくて、大丈夫だって。それより、もっとこっちに来れないか?」
私はもう一回、首を横に振った。
「ご、ごめんなさい。今、誰かと話せる気分じゃないの」
私にはそれが精一杯で視線を男の子から外した。
男の子はそっかと呟くと雪を踏む音が聞こえた。
その音がどんどん離れて行った。
しばらくすると聞こえなくなった。
男の子はどこか行ったのだろうか。
私は気になって、窓に近づき、窓越しに外を見れば、男の子はいなかった。
「行っちゃったのかな」
「ざんね~ん。まだ、いるよ」
「わっ!」
男の子は窓の下に隠れていた。
そして、私を驚かせた。
「驚いたぁ」
「ははっ、見事に引っかかったな」
そう朗らかに笑う。
男の子の髪は黒に茶色所々が混ざり肌は少し焼けてて、瞳は快晴の時の空のように澄んでいる青で私とは全く逆だった。
私の肌も髪も白くて、所々に銀髪が混じっていて、瞳は紅く染まっている。
そんな私とは真逆の男の子に姿にも行動にも唖然としたが男の子があまりにも気持ちよく笑うので私も少し笑ってしまった。
「フフッ、引っかかちゃった」
そう笑うと男の子は私の顔をしばらく見て。
「うん、そっちの方が可愛い」
そう言われて、私の頬が熱を持つ。
初めて、周り以外にその言葉を言われたので戸惑いを隠せなくてオロオロしてしまう。
それでも、何か言葉を返さないと思って浮かんだ言葉は。
「君も、君の瞳は青空の色でどこえでも自由に行けるように綺麗な瞳をしているよ」
男の子は虚を衝いたように驚いた顔をしたがすぐに再び笑顔になった。
「そっかぁ。ありがとう!」
「こちらこそ、初めて周り以外から言われたから嬉しかった。ありがとう」
私も男の子につられて少し笑みを浮かべた。
「俺はレオだ。きみは?」
男の子は、レオは自分の名を私に告げる。
私も自分の名前を教えなくちゃいけないのだけれど。
「あのね、私は二つの名前を持ってるんだけどね。一つは血縁者と自身の伴侶にしか教えちゃだめでね。二つ目なら教えられるんだけど。それでもいい?」
私の言葉にレオは不満げな表情をしたがすぐに笑みを作った。
「うん。まぁ、それでもいいよ」
その言葉に私は初めて自分の名前を誰かに教えた。
照れくさくて、恥ずかしかった。
でも、誰かに初めて自分の名を教える事に嬉しかった。
「私の二つ目の名前はツバキって言うんだ」
名前を教えると共に微笑を浮かべた。
母様が亡くなって、初めて悲しい以外の感情が出て来た。
少しは笑えるようになった。