77.気持ち
『さぁ、後半戦も残り十五分を切りました。スコアは依然、一対〇と賛明高校がリードをしています。翔律高校にも少しずつ焦りが見え始めました』
『まだ時間はありますからね、落ち着いて攻めてほしいですね』
サッカーは佳境に入って画面から目を離せない。私、サッカーをこんなに真剣に観たのって初めてかも。やっぱり知り合いが出てるからかな。
「厳しいなぁ。三年の相手ディフェンダー、すげー上手ぇよ。ハヤトはデカくなったっつってもまだ高校一年だしな。どうしてもフィジカル負けする場面が出てくんだよなぁ……」
拓真くんは自分のことのように悔しがりながら観てる。
テレビの中の颯斗くんは、パスを受けて走り出そうとした。その直後に審判がピピッっとホイッスルを鳴らす。
「え、どうして?」
「オフサイドだ、フラッグ上がった。くっそ、あの三年が一人でオフサイドトラップしてなかったか?」
私にはなんのことかよくわからなかったけど、テレビの解説者が同じようなことを言ってた。
「颯斗くん、悔しそう……」
「だなぁ……」
『翔律高校、苦しい時間帯に入ってきました』
観てるこっちも苦しいよ〜。颯斗くん、頑張れー!
でもその応援も虚しく、試合終了時間は過ぎちゃった。残りはアディショナルタイムだけ。
「ああ〜、これで終わりかぁ……」
私がガックリと肩を落とした時。
『大屋選手からの絶妙なパスが通ったーー!!』
アナウンサーの興奮の声がスピーカーから飛んでくる。
私と拓真くんは同じように前のめりになった。
『島田選手、決められるか?! あーーーッ!! ゴールポストに嫌われたー!! っと、ここで試合終了のホイッスルー!!』
長い三回の笛が鳴って、ガックリと膝をつく颯斗くん。うわぁ、これはつらい。見ていられない。
『準決勝進出の切符を手にしたのは、賛明高校でした!! 翔律高校、無念です……!』
『いやー、素晴らしい試合でしたね。島田選手と大屋選手はまだ一年ですからね、来年が楽しみです』
ここで負けて、全国ベストエイトだったんだね。
サッカーのことはよくわからないけど、すごく惜しかった試合だっと思う。
「ハヤトが観なくていいって言ってた意味がわかったな。ああいう負け方すると、マジでキツイと思うわ」
「そうだね……」
「まぁハヤトは来年も再来年もあるしな。マジでいつか全国制覇しちまいそうだ」
拓真くんはそれを想像したのか、目を細めて笑ってる。
本当に近い将来、全国制覇の吉報が届きそう。
「来年は、スタジアムで観戦してぇな」
「そうだね、盛り上がりそう!」
「一緒に行くか?」
拓真くんが当然のようにそう聞いてくれた。
一緒に……? そ、それはもちろん、嬉しいんだけど。
ベッドから立ち上がった拓真くんは、DVDを取り出してケースに片付けてる。
「今日で、終わりじゃないの……?」
「なにが?」
「だって私、告白したよね?」
「言ったか?」
えええ?! まさか私の最大の告白、届いてないの?! うっそでしょー?!
「し、したよ! でも、付き合ってはもらえないんでしょ?」
「うーん」
「理由はなんとなくわかってるけど……ちゃんと聞かせて。覚悟は……今、したから」
「わかった。元々、これを見終えたら言うつもりだったし」
真っ直ぐ向けられる視線。こういう男らしいところは好きだけど、なにを言われるのかは怖い。
「付き合わねぇってわけじゃねぇんだよ。俺の気持ちの問題っつか」
「気持ち……?」
「ミジュは医大の看護師で、いくらもらってんのか知んねーけど、結構稼いでんだろ?」
「う、うん、まぁそれなりには」
「ミジュは大人で、酒も飲めて、稼いでてさ。俺はこれから学校を卒業してもすぐに店を持てるわけじゃねーし。修行して、金貯めて、店を出すって夢を叶えるために、借金をすることになると思う」
そう……だよね。
「その店が上手くいくって保証があるわけでもねーし。ミジュはその……もう二十六だろ? 多分、俺を待ってられないと思うんだよな」
「わ、私、結構貯金あるよ?! 拓真くんの夢を、支援できると思う!」
思わず立ち上がって訴えたけど、拓真くんは笑顔になってくれなかった。
「そーいうんじゃねーの! ってかミジュってマジで結婚詐欺に遭いそうで、心配するわ」
「こんな提案するの、拓真くんだけだよ! 他の人になんか、しないから!」
「その気持ちは嬉しいんだけどさ。見通し立たない間は、無責任に付き合えねぇかな」
真っ直ぐ目を見て言ってくれる拓真くんの気持ちは、よくわかった。
確かに何年も待たせることになるなら、年上の彼女を作るのを懸念するのは当然だし、それは優しさだと思う。
でも、それでも、私は。
「拓真くんが以前、早く稼ぎたいって言ってたのは……どうして?」
「金があれば、見通しも立つだろ。年上でも、気にせず付き合えられるようになっから」
「その年上の人って……私で、合ってる?」
「今さら、不倫疑惑なんて出してくんなよ。ミジュで合ってる」
ミジュで、合ってる。
その言葉を聞いた途端、全身の血がわっと沸騰したかのように熱くなった。
どうしよう……嬉しい。
「ようやく俺の気持ち、伝わった?」
「う、うん……伝わったよ」
「そっか。よかった、ホッとした。」
拓真くんの好きな人は、ちゃんと私だった。
よかった、私の方がホッとしたよ。
「で、ミジュは?」
「わ、私の気持ちは伝えたでしょ!」
「ちゃんと聞きてぇし」
うっ。確かに、好きとは言ってないもんね。
ああ、やっぱり伝えるってドキドキしちゃう。
拓真くんはなんかニヤニヤしてるしー!
「わ、わかるでしょ、言わなくても!」
「俺、鈍感だからわっかんねぇし」
もう、こんな時だけ鈍感を利用してー!
「す、す、好きだよ……」
「なに? 聞こえねぇ」
「好き! 私は拓真くんが、大好き!!」
「ちょ、声でけぇって! リナが起きんだろ!!」
慌てて私の口元を押さえる拓真くん。
隣のリナちゃんの部屋からなにも物音がしないのを確認して、ホッと胸を撫で下ろした。
「ったく……」
拓真くんの言葉と同時に目を見合わせ、フッと笑う。
そしてそのまま拓真くんの顔が近付いてきて。
「やべぇ。俺サッカー観てる時から、ずっと我慢してんだけど」
「な、なにを?」
「キスしてぇのを」
わわ! どうしよう……蒸気機関車並みの蒸気が出ちゃってるかも!
「で、でも、私たち……付き合わないんでしょ?」
「付き合うっつったら、していいか?」
「ちょっとなにそれ、したいだけ?」
「ちげーよ、真剣に付き合いたい。色々言っちまったのは……ミジュの収入を当てにして付き合うって、思われたくなかっただけだ」
「そんなこと、思わないよ」
拓真くんに伝えると、コクンとうなずいてくれる。
「俺と付き合うかどうかは、ミジュが決めてくれ。リスクがあるのは、ミジュの方だから」
そんなの……そんなの。
答えなんて最初っから決まってる。
私の二年間の想いを、舐めないで!
「拓真くん。私とお付き合い、してください」
「いいのか? そんな簡単に決めて」
「簡単な、ことだよ。拓真くんとずっと一緒にいられるなら、それでいいんだから」
私の言葉に、拓真くんは『困った女だ』とでも言いたそうな顔で笑ってる。
拓真くんの大人びた顔が、さらに大人に見えた。
大きな拓真くんの手が私の頰を優しく撫でて、その顔をゆっくり接近させてくる。
拓真くんの吐息が、肌に当たる。
ドキドキして、嬉しくて……でもちょっとだけ、怖い。
「ちゃんと好きだから。いいか?」
私は耳まで熱くなりながら、目をぎゅっと瞑ってうなずいた。
するとうなずいたままの顔はグイと上げられて。
そっと、優しく、唇を奪われた。




