74.もう一歩だけ、勇気を
出店から離れて、灯篭の道を延々と歩く。
砂浜だから、歩きにくいな。さっきみたいに、手を繋いでくれてたらよかったのに。
数歩先に行く拓真くんの後ろを、ゆっくりと追いかける。拓真くんはたまに振り返って待ってくれたりする。
人気がまばらになってきたところで、ようやく拓真くんは立ち止まった。
「後ろ」
「え?」
「そろそろ、花火が上がるぞ。数発だけだけどな」
そう言われて振り返った瞬間、花火が上がった。
ドン、ドン、ドンッ
花火の振動が、体に伝わってくる。
灯篭の道の先には、賑わう屋台。その向こうで花火が上がっていて、絵に描いたような美しい光景に目を細めた。
十秒ほどで花火は終わっちゃったけど、私は目を離せずにずっと同じ方向を見つめる。
「綺麗だったろ? ここからの風景を、ミジュに見せたかったんだ」
感動と、嬉しさと、その余韻で話せない私は、コクンとうなずくだけで答えた。
そんな私を、後ろからそっと包んでくれる。この手はもちろん、拓真くん。
「今日は、来てくれてありがとうな」
「ううん、私の方こそ、一年も前からの約束を果たしてくれて、ありがとう」
「無事にミジュと見られてよかったよ。今朝は、どうなることかと思ったから」
「拓真くん……」
顔だけで振り向くと、拓真くんは少し苦笑いしてるように見えた。
「ミジュは本当に天然だよなぁ」
「そ、そんなことないと思うんだけど」
「ナイスキーを大好きっつったり」
「それは……っ」
「チョコは黒焦げにさせるし」
「それ、天然は関係なくない?!」
「極め付けは、俺の不倫疑惑だもんな!」
ブーっと吹き出す拓真くん。やっぱり雰囲気は台無しになっちゃうんだね。もう慣れちゃったよ。
私から離れて、お腹を抱えて笑う拓真くんを振り返った。
なんだかんだと、こういうところも好きなんだけどね、私。
「ほんっとミジュって面白ぇー」
「そんなに笑ってもらえて光栄だよ、もう!」
まーだケラケラ笑ってる。そしてひとしきり笑い終えると、ようやく目を合わせてくれた。
「んじゃ、そろそろ帰るか? もうちょい見てくか?」
え……こ、これでもう終わり?!
なんか、拓真くんの方からもっとあるかと思ったけど……
待ってるだけじゃ、やっぱりダメみたい。
拓真くんの気持ちが、本当にわからないんだよね。今告白したら……どうなるんだろう。
「ねぇ、もうちょっとだけ見ていていい? 灯篭、すごく綺麗だから」
「おー、いいぞ」
灯篭を理由に、もう少し二人で過ごせる時間を確保した。けど……どうやって告白に持っていこう?
横に並んで、波の音を聞きながらしばらく夜景を楽しむ。思ったほど緊張はしてなくて、心は静かだ。
「拓真くん」
「うん?」
「拓真くんってさ、鈍感だよね」
「おい、ミジュがそれを言うか?」
呆れたような拓真くんの声。拓真くんは私のこと、鈍感だって思ってるもんね。本当に失礼しちゃう。
「だって拓真くん、私の気持ちに気づいてないでしょ」
精一杯の、私の告白。
これでさすがに……わかってくれるよね?
「知ってっし」
拓真くんが、少し息を吐くように言った。
知ってたって……本当かなぁ。
「雄大さんが好きなんだろ」
がくっ。
なんで三島さんが出てくるの。やっぱりわかってない。
「それと、病院関係の人か? チョコあげようとしてたやつ」
あ……っ! あの時の言い訳を、まだしてなかった!
「あとは、やっぱ晴臣か」
晴臣くんは、否定できない。拓真くんにも、晴臣くんへの気持ちを言っちゃってるし……。
「で、もう一人は俺だろ?」
今まで平常心だったのに、途端に顔が熱くなる。
本当に、知ってたんだ……私の気持ち。
「ミジュってホント、恋多き女だよな。一体、何人の男が好きなんだよ」
「ち、違うよ! 最初の二人は勘違いしてるから! 三島さんは初恋の人ってだけで、再会してからはなんの気持ちもなかったし!」
「その割には、徳澤さんを羨ましいとか言って、落ち込んでたろ?」
「それはただ単に、好きな人と結婚できる人が羨ましいって思っただけ。あと、バレンタインのチョコレートは、拓真くんにあげるつもりで作ってたんだよ」
私の話を聞いて、拓真くんは驚いたように目を広げた。
「俺に? マジで?」
「うん。でもあのチョコレート、拓真くんがお金を出して、拓真くんが作っちゃったでしょ……その、あげられなくて……」
「なんだ、そうだったのか」
少し安心したように、でもすぐに顔は複雑に変化する。
「まぁ晴臣のことは……マジだったんだろうけど」
拓真くんの言葉に、私は否定も肯定もせずに風景を眺めた。
晴臣くんが今、どう過ごしているのか気になる。けど、それ以上に拓真くんの次の発言が気になって緊張してしまう。
「ミジュ」
名前を呼ばれて、隣を見上げた。
背の高い拓真くんは、ほんの少しだけ緊張した面持ちで私を見つめてくれる。
そして、ゆっくりとその口は開かれた。
「最終的に、俺を選んだと思ってて……いいんだろ?」
その問いに、私はそっとうなずいてみせる。
ザザーっと白い波の押し寄せる音が聞こえてきて、灯篭の影が揺らめいた。
私の気持ち、ちゃんと気づいてくれてたんだね。
そのことが、すごく嬉しいよ。
「ありがとな」
そっと私の頭を撫でてくれる拓真くん。
嬉しい……けど、ここで終わっちゃダメだ。
もう一歩だけ、勇気を。
寄せる波に後押しされるように、私はようやくその言葉を紡いだ。
「拓真くん……わ、私と……付き合って、もらえる?」
声が震える。
拓真くんは、引き寄せた後で突き放すタイプだから。
どんな返事がくるか、わからなくて。
拓真くんは私の言葉を受けて、少し困った顔をしてるように見えた。
嫌われてはないと思ってる。好いてくれてるだろうとも感じてる。
でも。
付き合うとなると別問題だよね。
私は拓真くんより六歳も年上で。しかもパティシエを目指す拓真くんとは畑違いの看護師。お菓子も料理も全然できない。
やっぱり、ダメ……だったかな。
胸が、苦しいよ……。
きゅっと唇を噛んでいると、おでこをチョンっと押されて顔を上げた。
そこにはやっぱり困ったような顔をした拓真くんが、苦笑いを向けてくる。
「ミジュはさ、いつになったら俺の気持ちに気づいてくれんのかなーって、ずっと思ってた」
拓真くんの……気持ち?
「まさか、まだ気づいてねぇ?」
ど、どういう意味?
好いてくれてる……んだよね? まさか、違うの?
「鈍感」
クッと笑いながら頭をこつんと小突かれる。
わ、わかんないよ……やっぱり私って、鈍感だったの?
「とりあえず、そろそろ帰っか」
そう言うと、拓真くんは私の手を取って。
子どもにするみたいに、手を繋いでゆっくり帰った。




