71.母は強し
リナちゃんと一緒にアルバムを見ながらきゃあきゃあ言ってると、奥から「なにやってんだ?」って声がした。
「あ、お兄ちゃん!」
うわ、拓真くん、白いコックコート着てる!!
きゃー、やだ、すごく似合うー!! 写真撮りたいー!!
「っげ!! 昔の写真じゃねーか! こんなもん見せんなよリナ!!」
「えー、なんでー。お兄ちゃんカッコいいのにー」
「リナ、それ他所で言うなって、いつも言ってるだろ……アルバムは終わり!」
残念、アルバムは拓真くんに取り上げられて片付けられちゃった。
「えー、お兄ちゃんのおーぼー!」
「お、横暴なんて難しいよく言葉知ってんなぁ」
「お父さんがお母さんにたまに言ってるよ」
「ああ、そういや言ってる時あんなぁ」
そんなことを言いながら、冷蔵庫の中をまた確認してる。
今度は晩御飯の準備かな?
「リナ、夜はなに食いたい?」
「リナは晩御飯いらないよー」
「え? なんでだ? 」
「屋台のたこ焼き食べるんだもーん。約束したんだ、桜助くんと」
「誰だよオースケ」
「三年になってから仲良くなった男の子! 今日デートなんだー」
わあ、デート? グループデートみたいなやつかな?
あ、拓真くんが固まっちゃってる。
「どうしたの、お兄ちゃん」
「人の妹を掻っ攫おうなんざ、百年早え! 行くんじゃねーぞ、リナ。どこのどいつだ、兄ちゃんが拳で話をつけてやる!」
「えー、お兄ちゃん、おーぼー!!」
う、うん、今のは横暴だ……
でもなんていうか、心配性の拓真くんらしい。
「うっさい、デートなんて十年早いんだよ!! 俺だってデートなんかしたことねーってのに!!」
「おーぼーおーぼー!!」
「なんだとー、このっ!」
「きゃーーッ!!」
拓真くんは笑顔でリナちゃんを抱きしめて、リナちゃんは楽しそうな悲鳴を上げてる。うーん、微笑ましい。
「拓真、リナ!! なにしてるの、店まで丸聞こえよ!!」
池畑さんが現れて、二人に雷を落としてる。二人は声を揃えて「はーい」と言うと肩を落とした。
似てない兄妹だと思ってたけど、こういうところはソックリなんだね。
「拓真は二十歳にもなってデートしたことないとか、叫ぶんじゃないわよ情けない」
「えー、お兄ちゃんはミジュちゃんとデートしたことないのー?」
リナちゃんの無邪気な問いに、拓真くんは私の方をチラ見してきた。
「あー……ねぇし」
「はあ、我が息子ながら、ヘタレだわ……」
「ヘタレー! ヘタレー!」
「ちっげーし!! 俺とミジュは、そんな関係じゃねーの!!」
「なーに言ってんの、うっれしそうにこんな写真送ってきたの、誰だっけ?」
池畑さんはスマホの写真を表示して突き出してくる。
そこに映し出されてたのは、よしちゃんの披露宴で顔を寄せ合って自撮りした写真。
「べ、べっつに嬉しそうになんか送ってねーだろ?」
「ふーん? でも浮かれてない人が、わざわざこーんなものを郵送してくるかしら?」
そう言いながらタンスの上に手を伸ばして取り出してきたのは、やっぱり披露宴の時に撮った写真。二人で並んで、花嫁のよしちゃんが撮ってくれたやつだ。
あの写真、ここに送ってたんだね。部屋で見かけないから、おかしいなとは思ってたけど。
「いや、スーツ着るの、入学式以来だったから、リナが喜ぶかと思って」
「バカタレ。そういう時は、ミジュちゃんと撮った写真を見せびらかしたかったって、素直に言うのよ!」
え……ほ、ホントかな?
拓真くんは母親に言われたからか、ちょっと不貞腐れてるように見えるんだけど……そうすることで照れを隠してるようにも見える。
「それよりリナ、早く着替えないと、そろそろ桜助くん来るわよ。浴衣で行きたいんでしょ」
「うん!」
わ、浴衣! いいなぁ〜。
そんな思いが顔に出てたのか、池畑さんが私に笑みを向けてくる。
「ミジュちゃんも着る? 私の若い頃の浴衣でよければあるわよ」
「え、いいんですか?!」
「いいのいいの。浴衣を着て、人生で一度もデートをしたことのない男の相手をしてあげて! お願い!」
わ、お、お願いされちゃった!
もちろん、私は嬉しいんだけど……
チラリと拓真くんに視線を投げると、私たちとは違う、どこか宙を見ながらなんでもない顔をしてる。
「なにカッコつけてんのよ、あんたは!」
バシッと池畑さんの張り手が炸裂。
「別にカッコつけてねーって」
「拓真のそういう態度が、女の子を傷付けてるのよ! 胸に手を当ててよく考えてみなさい!!」
「ええ? んなことないと思うけどなぁ」
さすが母親、よく見てるなぁ。私も拓真くんの、そのなんにも気にしてないっていうような態度に、何度か判断を誤ったことがあるよ。
「あのねぇ拓真。デートしてほしかったら、自分でちゃんと言いなさい! なんで母親に言わせてるの!」
「母さんが勝手に言ったんだろ! それに俺、店も手伝わなきゃいけねーし」
「もうあとは売るだけだから、拓真がいなくても大丈夫よ」
「でも飯は……」
「拓真! そんなことはいいから、ちゃんとエスコートしなさい! あんたが灯篭祭りを見せたいからって連れてきたんでしょ! お客様を放ったらかしにしてどうするの!」
「お、おー……」
池畑さんの勢いに圧倒されて、引き気味にうなずいてる拓真くん。すごいなぁ、男の子の母親って。
「じゃあミジュちゃん、リナも、着付けしてあげるわ。拓真も浴衣出すから、着なさい」
「えー、俺はいいよ」
「じゃあせめて、甚平でも着なさいよ。お父さんのやつ貸してあげるから」
「えー……」
「えーじゃない、着る!!」
「……横暴」
「なんか言った?!」
「いや、着るよ!」
拓真くんはスタコラと逃げるように着替えにいって、私とリナちゃんも着付けしてもらうことになった。




