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思い出の夏祭り 〜君が私の気持ちに気づくまで〜  作者: 長岡更紗


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69/80

69.選ぶ時

ブクマ24件、ありがとうございます!!

 どこかで携帯の鳴る音がした。

 私は夢から覚めて、鞄から急いで携帯を取る。拓真くんからだ。


「もしもし」

『ミジュ、まだ晴臣の家か?』

「うん」

『練習終わったから帰るぞ。今、晴臣のマンションの下にいるから、降りてきてくれ』


 晴臣くんはまだ寝てる。握られていた手はいつの間にか離れていて、確かに帰ることはできる状態だった。

 だけど。


「ごめん、私……まだ帰れない」

『なんもされてないか?』

「それは、大丈夫」

『わかった、とりあえず俺も一回そっち行くから玄関開けといて』


 それだけ言って、電話は切られた。拓真くんに言われた通り、玄関の鍵を開けて晴臣くんのベッドのそばで待ってると、すぐに拓真くんが中に入ってきた。


「ミジュ」

「拓真くん」

「晴臣は寝てんのか。どうなんだ?」

「うん、熱は高いけど、他にはそんなに悪いところもなさそうだし、二、三日すれば治まってくるんじゃないかな」

「じゃあもう大丈夫だろ。帰るぞ」

「あ、それが……私、晴臣くんが寝てる間には帰らないって約束しちゃって」


 その瞬間、拓真くんがムッとしているのがわかった。また怒られちゃうのかなぁ、私……。


「じゃあここにいんの?」

「うん……」

「朝まで?」

「……わからないけど、そうなるかも……」

「そのまま……明日もここにいる気なのか?」


 憂えた顔で問われて、胸が締め付けられる。


「明日は……拓真くんと、海近市に行く予定じゃない」

「ミジュのことだから、晴臣にせがまれるままここにいちまうんじゃねーの」

「そんなことは……! ない……よ、多分……」


 向けられる疑いの眼。絶対にそんなことにはならないって、ちゃんと言えなかった。だから、そんな目をされても仕方がないんだけど。

 拓真くんはグッと奥歯を噛み締めてるように見える。それから息を少し吐き出してた。


「じゃあ、明日……朝の九時までにミジュが帰ってこなきゃ、俺は一人で電車に乗っから」


 明日は私の車で、一緒に行く予定だった。

 もちろん、私は今も一緒に行くつもりでいるよ。

 でもそれを、声に出しては知らせられずに。

 ただそれ以上なにも言わずに去っていく拓真くんを見送った。

 玄関の扉の閉まる音が聞こえた時、晴臣くんがうっすらと目を開ける。もしかして、ずっと聞いてたのかな、今の会話。


「大丈夫? 晴臣くん」

「冷蔵庫に、スポーツドリンク……」

「持ってくるよ」


 冷蔵庫のスポーツドリンクをコップに入れ替えて、晴臣くんに飲ませてあげる。まだまだ、熱は高いなぁ……。

 飲み終わって空になったコップを受け取って、ナイトテーブルの上に置いた。


「タクマ……ちょっと怒ってたっすね」

「やっぱり、起きてたの?」

「知ってたんすか?」

「だって晴臣くんは、少しの物音ですぐ目を覚ますから」


 晴臣くんは、ほんの少しだけ申し訳なさそうな顔をして笑った。

 わかってるよ。私に帰ってほしくなかったんだよね。


「大丈夫だよ。今日はずっと一緒にいてあげるから。ほら、ちゃんと寝て」

「ん……」


 私の言うことを素直に聞いて、布団の中に潜り込む。それを確認してからアイスパックを交換して、そっと晴臣くんの頭を撫でた。

 目を少し開けて私の顔を確認した晴臣くんに、看護師の微笑みを見せてあげると、安心したのかもう一度寝入ったみたい。

 かわいい寝顔だなぁ。ずっと見ていたいくらい。

 今日だけじゃなく、明日も、明後日も、ずっと。ずっと、見ていたかったな……。


 その晴臣くんの眠りに誘われるように、私の頭はゆらゆら揺れる。そしてうつらうつらと眠りに落ちた。


 気づくと、カーテンから朝の光が差し込んでる。

 夜中に何度かアイスパックを交換したり、晴臣くんをトイレに連れて行ったりはしたけど、結構寝られた方だと思う。

 そっと晴臣くんの額に手を置くも、まだ熱は(おさま)ってないみたい。


「あ……ミジュさん」

「おはよ、晴臣くん」

「お誕生日おめでとうございます」


 朝の第一声が、朝の挨拶より先にそれだった。

 私は今日で二十六歳になったんだなぁ。まだ十九歳の晴臣くんを見てると、本当に若いなと感じちゃう。


「体調はどう?」

「まだしんどいっす」

「そう……」


 私はチラッとベッドの時計を見る。午前の八時を時計は知らせていた。八時半までにはここを出て用意をしないと、まずいよね。


「なにか食べられそう?」

「食いたくないっすね……」

「そう。食べたくない時は無理しなくていいよ。消化活動のせいで免疫細胞が増えるのを阻害しちゃうから、食べない方が治りは早いんだ。水分はちゃんと取って、食べたくなってから食べるのが一番いいからね」

「わかったっす」


 でも、今からどうしよう? やっぱり、速水皓月に電話して、ご両親に迎えにきてもらうのが一番いいかな。

 こんな状態のまま、置いていけないもんね。私も時間がなくなってきたし、さすがに送っていったり病院に連れていったりまではできない。


「ねぇ晴臣くん。ご両親に連絡して、迎えにきてもらって……いい?」


 そう確認すると、晴臣くんの手は私を求める。私はそれに応えるように、そっと手を差し出してベッドサイドに(ひざまず)いた。


「俺、今日はミジュさんのために、色々考えてたのになぁ……」


 手と手が優しく触れ合うと、ゆっくりと絡ませられてしまう。


「……好きっす」


 晴臣くんのその一言に、すべてが凝縮されているようで。胸が、詰まる。


「今日は、ゆっくり眠ってて……」

「今ミジュさんを離したら、もうこんな日は、来ないんすよね……」


 呟くように、晴臣くんは言った。

 絶対ではないけど。晴臣くんの言う通りになるかもしれない。

 選ぶのはミジュだからと言ってくれた拓真くんの気持ちが、今ならわかるような気がして。

 自惚れじゃなければ、母親の池畑さんのためでも、妹のリナちゃんのためでもなく、拓真くんは自分のために私を待ってる。


 そして私が拓真くんの元に行ってしまえば……晴臣くんとのこんな時間は、もう二度と訪れない。

 そんな予感がした。


 晴臣くんの顔が、悲しく歪んでる。ぎゅっと強く握られる手が、その想いの深さを表しているようで。私も心臓を押さえつけられたかのように、苦しくなってしまう。


「俺、今日、こんなだけど……そばにいてほしいっす。ミジュさんの誕生日は、ずっとそばにいたいんです」

「晴臣くん……」


 気持ちは、痛いくらいに嬉しいよ……。でも……でも……。


「タクマんとこに……行かないでください。俺のそばに、いてください……っ」

「……私……っ」

「大事に、しますから……絶対に、俺の方がミジュさんを好きだから……」


 そんなこと言われたら……ダメ、泣けてきちゃうよ……。

 もう片方の手で引き寄せられて、私の耳は晴臣くん胸の上へ移動させられた。

 ドクドク、ドクドク。昨日よりも早い鼓動が、鼓膜を伝って脳に響いてくる。


「好きっす……」


 何度聞いただろう、その言葉。

 告白って、すごく勇気がいるよね。多分、慣れることなんてない。

 答えのわからない問いは、不安で、怖くて、常に怯えと共にある。

 なのに晴臣くんは何度も、何度もその言葉を紡いでくれた。私のために、何度も。


「好きっす」


 私だって……好き、なのに。

 その言葉は、絶対に言っちゃいけないんだ。私が、拓真くんを選ぶ限りは……。

 ごめん……ごめんね……。


「晴臣くん……私、行かなきゃ……」


 頭を上げながら言うと、晴臣くんの顔が目に飛び込んでくる。

 晴臣くんの目からは……涙が、溢れ出てた。

 苦しそうな顔は、熱があるってだけじゃ……ない。


「ごめ……ごめんね……」


 こんな顔をさせてしまったのは、間違いなく私のせいだ。

 こんなにつらい思いをさせてしまったのは、私のせい。


「好きっす」


 まだ、愛の言葉を囁いてくれる晴臣くん。

 私にはもう、どうすることもできないのに……


「ごめんね……」

「好きっす」

「ごめん……っ」

「……好きっす」

「ごめんね、晴臣くん……っ!」


 私は耐え切れずに、晴臣くんの胸の中へ崩れ落ちた。

 涙が、次から次に溢れてきて止まらない。

 年甲斐もなく、わああっと声を上げて泣いてしまう。私なんかが、泣いていい立場じゃないのに。

 それでも……それでも、涙は泉のように湧き出てくる。

 私も一緒にいたかったって……それすら、伝えることはしちゃいけない。

 言いたいのに。聞いてほしいのに。

 伝え、られないんだ──


「晴臣くん……晴臣くん──」

「ミジュさん……」


 泣きじゃくる私を、晴臣くんは強く抱き締めてくれる。


「もう……無理なんすね……」

「…………うん」


 しゃくりあげながら答えると、晴臣くんはそっと解放してくれた。

 その目にはもう、涙はなくて。

 苦しそうな笑みだけが、顔に貼り付けられていて。


「時間、間に合わなくなるっすよ」


 時刻はもう八時四十分を過ぎようとしてた。ここから家までは、歩いて十五分も掛からないけど。でも、流石にもう行かなきゃ。

 私はベッドから立ち上がった。

 じゃあねも、バイバイも、行ってきますも言えなくて。

 なんて言ったらいいかわからずに、無言で寝室を後にする。

 その瞬間、猛烈な後悔が襲ってきた。


 自分の素直な気持ちを伝えずに、謝ることしかできなかった。

 伝えたいこと、たくさんあったのに。

 晴臣くんに対する感情が、こんなに溢れて出てるのに。


 私、このまま帰っちゃっていいの?

 でも、また晴臣くんを傷つけるために戻れるの?


 私の足は前にも後ろにも動かせず、膠着状態になった。


 拓真くんの元に行きたい。

 晴臣くんを置いてはいけない。


 葛藤が私の中で渦巻く。それに耐えるように立っていると、寝室の方から声が聞こえた。

 ……晴臣くんの、嗚咽。地獄の底よりも、もっと深いところに叩き落とされたような……そんな声。

 ダメだ、こんなの聞いちゃったら、私……っ!


 私の足は、勝手に今来た廊下を戻ってしまう。そして、締めたばかりの扉をそっと開いた。

 ベッドの上に座った晴臣くんは私に背を向けていて、顔は見えない。


「晴臣くん……」


 もう一度、晴臣くんに近寄る。どうして戻ってきちゃったんだろう。

 また、晴臣くんを苦しめるだけだってわかっていながら。


「晴臣くん……!」


 二度目の呼び掛けで、ようやく晴臣くんはこっちを向いてくれた。

 その頰を、涙でグショグショに濡らして。


「なんで戻ってきたんですか……これ以上、期待させられると……つらいっす」


 そう……だよね。わかってたのに。

 でもあのまま別れてしまうのは、嫌だった。戻ってきたのは、ただの私のわがまま。


「私……晴臣くんと一緒にいられた時間は、宝物だったよ。すごく楽しくて、ドキドキして、幸せだった」


 私の言葉を聞いて、フラつきながらベッドを下りる晴臣くん。私は思わず駆け寄って、その体を支える。

 見上げると、すごく近い場所で視点が交わった。


「俺も、ミジュさんがそばにいて笑ってくれるだけで、すげー幸せだったっす」


 一瞬だけ笑顔になった晴臣くんは、すぐに泣きべそ顔に戻って。


「でも、あいつのところに行くんですよね……」


 胸に痛みを負いながら頷くと、晴臣くんはギュッと私を抱き締めた。


「これで、最後にしますから……」


 ボタボタと落ちてくる涙が、私の肩を濡らしていく。

 これで最後。

 本当の最後だ。


「好きになってくれて、ありがとう……。晴臣くんの気持ち、本当に、本当に嬉しかった……っ」

「……っ」


 晴臣くんの喉から漏れ出る、苦しそうな泣き声。

 すごく残酷なことをして、ごめん……

 でも、どうしても伝えたかった。好きになってくれて、嬉しかった気持ちを。

 お互いに抱き締め合うと離れ難くなって。

 それでも時間は容赦なく迫ってきて。


 私たちは、ゆっくりと体を離した。


「急がないと、間に合わないっすよ……」


 涙だらけの顔で、晴臣くんが疲れたような笑みを見せてくれる。


「うん……じゃあ……行くね」

「もし次に戻ってきたら、抱き締めて、キスして、もう離さないっすからね」


 今度は、いつもの笑顔で。

 冗談とも本気とも取れない台詞で、私を送り出してくれる。


「また、お盆明けにバレーでね」

「……そうっすね!」


 その、強がりの笑顔を背にして、私は走った。

 もう、振り返っちゃいけなかったから。

 拓真くんの元に、行かなきゃいけなかったから。


 私は後ろ髪を断ち切るような気持ちで、拓真くんの待つアパートへと急ぐ。

 スマホで時間を確認すると、九時まで残り五分しかなかった。私なんかのスピードじゃ、全力で走っても多分間に合わない。


 思った通り、アパートの前に着いた時には九時を三分も過ぎてた。

 もう駅の方に行っちゃったかもしれないと思いながら、階段を上がる。


 そこに、拓真くんは……いた。


 私の部屋の、扉を背にして。

 ぼうっと空を眺めながら、そこに立ってた。


「はぁ、はぁ……拓真くん……」

「ミジュ……」

「間に、合った……?」

「遅刻だよ。俺今、放心状態だった」


 切れた息を整えながら、微笑みかける。

 よかった。まだ拓真くんが行ってなくて。


「もっと、早く来てくれよな。心臓に悪ぃ」

「ごめんね……」

「来てくれた……ってことでいいんだよな?」

「……うん」


 一瞬、晴臣くんの顔がよぎった。ごめんねと心の中で頭を下げる。


「晴臣のことは、もういいのか」

「……うん」

「断って、きたんだな」


 自分の顔が、ふにゃっと歪むのがわかった。

 断っちゃったんだ、私。

 晴臣くんを傷付けて傷付けて、拓真くんのところへ行くって。

 あんなにいい子を大泣きさせて。

 あんなに素敵な人を。あんなに優しい人を。

 拓真くんが眉を八の字に下げて、私を見てる。


「好きだったんだろ。晴臣のこと」

「……〜〜うんっ」


 拓真くんに指摘されて、涙の堰が決壊した。

 誰かに、この気持ちを聞いてほしかった。知っていてほしかった。

 晴臣くんには決して伝えられなかった、この気持ちを。

 アパートの前で大泣きを始めた私を、拓真くんは優しく包んでくれる。


「……ごめんな」


 拓真くんのその言葉は、誰に向けられたものだったのか……。

 私の涙が落ち着くまで、拓真くんは背中をさすってくれた。

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