68.手を握って
晴臣くんの部屋の前まで来ると、チャイムを押す。
少しして、具合の悪そうな晴臣くんが扉を開けてくれた。
「ミジュ、さん……」
「晴臣くん、大丈夫? ごめんね、起こしちゃって……早くベッドに横になって」
晴臣くんを支えると、高い体温が伝わってくる。すごい熱。やっぱり、嘘なんかじゃなかった。
ふらふらしている晴臣くんをベッドに寝かせて、拓真くんにメッセージを送っておく。本当にすごい熱だったって。
「晴臣くん、実家に帰った方がいいよ。私車を持ってくるから、送ってあげるし」
「大丈夫……ミジュさんが看病してくれたら、明日には治ってるから……」
「もう、そんなわけないじゃない」
私がちょっとだけ怒ると、なぜか怒られた晴臣くんは笑ってる。でもその笑顔に力がないなぁ。
「今は寒い? 熱い?」
「さっきまで寒かったけど、熱くなってきた」
「わかった。じゃあちゃんとリンパを冷やしておこう。アイスパックとかあるかな」
「冷凍庫に入ってるっす……」
「勝手に取っちゃうね、タオルも」
私は晴臣くんの返事を待たず、急いで用意をする。タオルに保冷剤を巻くと急いで戻って、晴臣くんの首筋や脇の下に当てた。
「咳とか鼻水はどう?」
「今んとこないっすね……ちょっと息苦しいくらいっす」
「あーもう、胸の音聴きたいけど、聴診器は病院のロッカーだし……」
「直接聞けないんすか?」
直接……直接?! 肌に耳を付けろってこと??
「あの……聴けなくはないよ。っていうか、聴ける。昔、聴診器がない時代は、直接耳を付けて診断してたらしいし」
「じゃ、いっすよ」
晴臣くんはフラフラしながら起き上がって、バッとTシャツを脱いだ。
「ちょ、ちょっと!」
「看護師さんなら、男の裸なんて見慣れてるんじゃないんですか」
「そ、そうだけど、私はほとんど中学生以下しか見てないんだから……も、もう! じゃあ脱いだついでに、清拭もしてあげる」
「脱いでみるもんっすね」
「た、楽しんでるでしょー?!」
「へへ、楽しいっす」
熱でしんどいに決まってるのに、嬉しそうに笑う晴臣くん。
怒るに怒れないよ、もう。
私はまた急いでタオルをお湯につけて絞って戻ってきた。家でなら濡らしタオルを電子レンジであっためるんだけど、なんとなく晴臣くんは食材以外を電子レンジに入れるのは嫌いそうな気がして。
顔を拭いて、胸を拭いて、背中を拭いて、腕も。
これで少しはすっきりしたかな? 下の方は……後で自分でしてもらおう。
「パジャマはどこにある?」
「そこのタンスに入ってるっすよ。パジャマっつかTシャツしかないんですけど」
「これでいい?」
「いいっす」
私は手に持ったTシャツを持って、晴臣くんに着せてあげようとした。
「先に胸の音、聴かないんすか?」
「……覚えてた?」
「絶対に忘れないっすね」
「もう、しょうがないなぁ」
私はしゃがむと、ベッドの上に座る晴臣くんの胸を見た。
うん、拭いた時にも思ったけど……無駄なものが一切ない、いい体してるよね……。
だ、ダメだ、こんなことを意識すると、緊張しちゃう。
「……ミジュさん?」
「き、聴くよ! 今聴くつもりだったんだから!」
ええい、っと晴臣くんの胸に耳をくっ付けて耳を澄ます。
胸の音は特に変な音はしてなさそう。お腹の音は……うん、ちゃんと動いてるし、問題ないね。
でも顔を上げた瞬間、スルリと晴臣くんの両腕が、私の体に巻き付いてきた。
「晴臣くん……っ」
「これ以上はしないっす。ちょっとだけ、このまま……」
熱い体温。口からはハァハァと熱風が吹き出てるのに。ちゃんと寝なさいって怒るべきなのに。
晴臣くんの腕に込められた力が、なぜかすごく切なくて。私は言いなりになるように、そのまま体を動かせなくなった。
「ミジュさん、ずっと……ここにいてください……今日も、明日も……ずっと……」
どう、しよう。
ずっと、一緒にいてあげたい。だから、困る。
明日は……拓真くんと念願の灯篭祭りに行くんだから。絶対に断らなきゃいけないってわかってるのに……声が出ない。
「ミジュさん……っ」
私の名前を呼ぶ悲痛な声が、心臓を締め付けてくる。
言ってあげたいよ。
ずっと一緒にいるって。
明日の私の誕生日を、一緒に過ごしてほしいって。
言えたらどんなに楽になれるだろう。
どんなに喜んでくれるんだろう。
でも、言えなくて。言えなくて。
苦しいよ……ごめんね、晴臣くん……。
「晴臣くん、ちゃんと服着よう? ね? 着させてあげる」
私の口から出たのは、いつもの看護師として、子どもに接するような言葉だった。
晴臣くんはなにも言わずに私の体から手を離してくれる。服を着せてあげると、自分から横になってた。やっぱり、すごく苦しそうに息をしてる。
「晴臣くん、少し寝た方がいいよ。目を瞑って」
「俺が寝たら……その間に帰っちゃうんすよね……」
「それは……」
「折角、ミジュさんが来てくれてんのに……」
「わかったよ。晴臣くんが眠っても帰らないから。こんな病人を放って帰れるわけないでしょ」
そう言うと、晴臣くんはそっと目を細めた。
私の胸が、キュンと痛む。
「手、握ってもらって、いいっすか……」
「うん、いいよ」
出された手を握ってあげると、すうっと瞼は閉じていった。
今日は、晴臣くん専属の夜勤になりそうだな。私も寝られる時に寝ておこう。
私は晴臣くんの手を握ったままで、ベッドに頭だけ乗せて目を瞑った。




