67.ウソかホントか
八月十一日は、お盆前の最後の練習日。
でもいつも一番に来て準備をする晴臣くんが、まだ来てなかった。珍しい。どうしたんだろ。
「ミジュさん」
一緒に二階で緑のネットを出しを終えた結衣ちゃんが、ニコニコ顔で話し掛けてくる。
「なぁに、結衣ちゃん」
「明日、タクマの実家に行くんですよね?」
「う、うん。その予定」
「きゃー、両親を紹介してもらえるとかすごいじゃないですかー! いつの間に付き合うことになってたんですか? みんな知らなかったんですよー」
え?! そ、そういう話になってるの?!
「ち、違うよ? 付き合ってないし、そもそも拓真くんのご両親とは、元から知り合いだし」
「付き合ってないんですか?」
「拓真くんだってそんな態度とってないでしょ」
「うーん、そうですけど……でも明らかに、ミジュさんを好きだって公言してる晴臣に、対抗心燃やしてましたよね」
た、対抗心? 結衣ちゃんにはそんな風に見えたんだ。
私を連れて行くって、池畑さんとリナちゃんに約束しちゃったから、それを守ろうと必死になってるだけなのにね。
「それは違うと思うよ。だって拓真くんには他に好きな人がいるみたいだし」
「そうなんですか?」
「うん。年上の人だって。バレンタインに義理チョコは貰ったって言ってた」
「それって、ミジュさんのことじゃないんですか?」
「……え? まさかぁ」
私? そんなバカな。
「まさかぁって……年上だし、チョコあげてましたよね、百円くらいの」
「そ、そうだったね……で、でも好きな人を聞いたことあるんだよ? 誰なのって」
「タクマはなんて言ったんですか?」
「『ミジュにはぜってー教えねぇ』って」
「それ、絶対にミジュさんのことじゃないですか!」
「え、ええええ?!」
ウソ……ホントに?!
いやいや、人の話ほど当てにならないものはないよ。
女の子って割と無責任なことを平気で言うしね。平常心平常心。
落ち着こうとする私に、結衣ちゃんは畳み掛けるように言ってくる。
「それに私、タクマに告白した時に聞いたんです」
「なにを?」
「タクマはミジュさんのことを、どう思ってるのかって」
あ、そういえばそんなこともあったね。確か、答えは『特に』ってだけで……
「タクマはミジュさんのこと、『かわいいと思うけど。特に笑顔が』って言ってました」
「………ふぇ?!」
特に……ええ?! その後に、続きがあったの?!
「タクマってそう言うこと、いっつも照れもせずハッキリ言う方なのに、その時だけは、なんでか明後日の方向いて言うんですよ。『笑顔が』の部分なんて、耳を澄まさなきゃ聞こえないくらい、ちっさい声だったし」
ええー? まさか、まさか……『特になにも思わない』じゃなかっただなんて!!
「あの姿を見て、なんとなくミジュさんこと、気になってるのかなって思ったんです。タクマ自身、まだよくわかってなさそうでしたけどね」
うわ……ホントに?
それは結局過去の話だし……今はどうかなんて、わかんないよね。
でも……やっぱり嬉しい。
「教えてくれて、ありがとう結衣ちゃん」
「いいえ。ミジュさん、ずっとタクマのことが好きでしたもんね。上手くいけばいいんですけど」
「けど?」
その語尾が少し沈んでいて、私は思わず聞き返した。すると結衣ちゃんは少し苦しそうに眉を下げて。
「晴臣も、ミジュさんに一生懸命だったから……ちょっと、可哀想ですね……」
しかも晴臣くんの気持ちは、バレーのメンバー全員が知ってる。
彼を振っちゃったら……どうなるんだろう……。
その晴臣くんは、バレーの準備ができてもまだやってこない。
「俺、ちょっと電話してみるわ」
七時を過ぎても現れない晴臣くんを心配して、拓真くんが電話を掛ける。
電話は出たみたいで、しばらく体育館の入り口の方で何事かを話してた。その通話を切って、拓真くんが体育館に戻ってくる。
「どうだったの? 晴臣くん」
「熱出てきたって」
「ええ、本当?!」
「ああ……それで、ミジュに来てほしいって言ってるけど。どうする?」
「え? あのマンションに一人でいるの?」
「実家に帰れって言ったんだけどな。どうしても、ミジュに来てほしいっつってる」
その言葉を聞いて、居ても立ってもいられずに私はバッグを手に取る。
「晴臣くん家すぐそこだし、ちょっと様子見てくるね!」
「ミジュ!」
そして外に出るため足を踏み出そうとした私の手首を、拓真くんに掴まれた。
今すぐ行きたいのに止められてしまった私は、少し苛立ちながら振り返る。
「なに?!」
「待てよ、晴臣のウソかもしれねーだろ。いつも言うけど、危機感なさすぎだって!」
「晴臣くんはそんなことでウソはつかないよ」
「だから、普段は信用できる奴でも、男とか女とか絡んだ時は気をつけろって言っただろ」
「でも今は絡んでないじゃない」
私が眉を顰めると、拓真くんは大袈裟に溜め息を吐いた。
「絡んでるだろ。明日、俺がミジュを連れて行くのか、それとも晴臣の部屋へ行くのか」
「……あ」
「もし晴臣のウソだったら……こんな夜に行ってみろ、なにされるかわかんねーぞ」
そう……なのかな。
あの晴臣くんでさえも、切羽詰まったら強硬手段に出ることがあるの?
確かに、そういう人もいるのかもしれないけど。晴臣くんだけは、そんなことはしないと思う。
甘いって、危機感がないって言われるかもしれないけど、やっぱり放っておけないよ。
もしこれが他の人だったら、ちゃんと拓真くんの忠告を聞いて行かないだろうけど。でも晴臣くんは、絶対にそんなことはしないって……信じられるから。
「拓真くんは晴臣くんの話、ウソだと思ってるの?」
「……いや、ウソはついてねぇと思う。けど、万が一ってことがあるし、念のためにな。熱が出てたのが本当だとしても、なにもされないって保証はねーわけだし」
拓真くんって、本当にこういうことに関しては、すごく慎重だよね。
こんなに心配してくれてるのは、嬉しいんだけど。
「まぁ……」
拓真くんが、少し諦めたように私の手首を解放してくれる。
「決めるのは、ミジュだしな」
「うん……私、行ってくるね」
「言うと思った。本当に病気だったら連絡入れてくれ。なんの連絡もなかったら、俺は踏み込むからな」
「わかった。ありがとうね」
拓真くんに笑みを向けてから、私は外に向かって駆け出した。
晴臣くん、風邪を引いた時には来てほしいって言ってたもんね。だから、あの時の約束を守りたい。
もしかしたら、この先は……二度と、二人っきりになれないかもしれないから。
熱が出ても、看病してあげられないかもしれないから。
──だから。
これが、最後。
私はマンションまでの道のりを、脇目も振らずに走った。




