66.決めなきゃいけない
毎日が充実しながらも、月日は慌ただしく過ぎて。
私は額の汗をグイと拭って息を吐く。
今年もまた蒸し暑い季節がやってきた。八月は私の誕生月だけど、この暑さだけは本当に嫌になるなぁ。
バレーの休憩中に、みんなでアイスを食べる。冷たいのがないとやってられないよね。全員汗だく。
「今年も十二日から二週間、バレーは休みな」
拓真くんが練習の日程を決定した。
私はなんとか休みをもらって、十二日は泊まりで海近市の拓真くんの実家に行く予定。
ああ、今からドキドキしちゃう。
そんなことを考えてにやけそうになる顔を抑えていたら、晴臣くんと目が合った。
「ミジュさん、今年の誕生日も、家にお邪魔していいっすか?」
「え? あ……」
その無邪気な笑顔に、私は言葉を詰まらせる。
ど、どうしよう。なんて言って断れば、一番傷つけなくて済むのかな……。
「悪い、晴臣。十二日は、俺がミジュを連れてくから」
私が悩んでる間に、拓真くんがサラッと答える。晴臣くんの顔から、笑みがスッと消えていく。
「……連れてくって?」
「俺が、ミジュに地元の灯篭祭りを見せてやりてぇから。だから、連れてく」
「……」
訪れる沈黙に、胃が痛くなりそう……。
「日帰りだろ?」
「灯篭祭りって聞いたらわかんだろ。夜にあるんだから、そのままうちに泊まらせるよ」
うーん、なんかここ、酸素が薄いかもしれない。外に出て、新鮮な空気を吸いたいなぁ……。
三島さんやヒロヤくんや結衣ちゃんや一ノ瀬くんに平さん、それにあの緑川さんまでもが神妙な顔で声を殺して、シャクシャクアイスを食べてる。
「ミジュさん」
「ふぁい?!」
「十二日、俺ん家に来てください」
「え? でも……」
私はチラッと拓真くんを見る。でも拓真くんは素知らぬ顔をしながら、アイスを食べ始めた。
「私、その……もうその日、約束があるし……」
「絶対断れない用事っすか?」
「えーっと、それは……」
「じゃあもし、予定がなくなった時には来てください」
「あ……うん、そうなった時にはね……」
そう言いながら、拓真くんが気になって何度もチラチラ見る。
アイスを食べ終えた拓真くんはようやく私を見てくれて、口を開いた。
「選ぶのは、ミジュだから」
そう言って、まだ休憩時間なのにコートに戻ってしまう。
「ちょっと早いけど、先に練習するか。連敗してるから、今日こそおじさま〜ずに勝たなきゃな!」
三島さんがそう言って、リベロの晴臣くん以外がコートで軽い練習を始めた。結衣ちゃんも立ち上がって、コートの横に控えてる。
残された私は、晴臣くんと二人で向き合うことになった。晴臣くんは真剣な顔で、私を見据えてる。
「俺の方に、来てほしいっす」
「晴臣くん……」
「ミジュさんがタクマのこと好きなの、知ってますけど……邪魔するなんて、無様で情けないですけど」
でも、わかるよ。
ライバルには振られてほしいとか、そういう黒い感情を抱いてしまうこと、あるよね。
「ミジュさんには、俺を選んでほしいっす。十二日、待ってますから」
「あ……」
私がなにかを答える前に、晴臣くんはコートの中に入っていった。
私……どうすればいいんだろう。
もちろん、拓真くんと一緒にお祭りに行きたいし、行く。これはもう、どうあっても覆せない決定事項。ずっとずっと楽しみにしてて、ようやく叶うんだもん。
でも、晴臣くんを傷つけたいわけじゃなかった。
期待させてって言ってた晴臣くん。それで思いっきり振られても問題ないって言ってたのは……多分、嘘だよね?
当時はそれでも大丈夫って思ってたのかもしれない。
だけど……
私たち、多分、仲良くなり過ぎちゃったんだよ……。
私、晴臣くんを振っちゃうの、苦しい。つらい。
こんなにも、悲しい。
だって私、晴臣くんのことが、好きだったから。
それが、恋愛の感情なのか別のなにかなのかはわからないけど。
一緒にいてすごく楽しかったし、ドキドキしたし、安心したし。
晴臣くんにつらい思いをさせなきゃいけないのが、なにより嫌だよ。
でも、決めなきゃいけないんだ。
晴臣くんを傷つける選択を、私が……自分で。
苦しいよ……
私の言葉で、あの笑顔を凍りつかせるのかと思うと。
胸がナイフでズタズタに切り裂かれるような痛みが走る。
でも、もう……決めなきゃいけないんだ。
これ以上引き伸ばしても、同じことだから。




