55.降り積もる雪のように
晴臣くんのマンションを出ると、突き刺さるような風が吹きつけてきた。
ううー、冬は死ねる。寒い〜。
でも拓真くんは、コートすら着ずに薄着。バレーが終わった直後は半袖で帰ってることもある拓真くんだけど、さすがに今日は長袖だった。
「拓真くん、寒くないの?」
「そんな寒いか?」
「寒いよー!!」
「手ぇ貸してみ」
「手?」
言われるまま手を差し出すと、着けてた手袋を外された。そして私の手を、拓真くんの両手で挟んでくる。
「うわ、ミジュの手ぇ冷て!!」
「ふぁぁぁ、拓真くんの手、あったかぁい……」
人間湯たんぽだ。
冬にこれだけ体温のある人、羨ましい。私はすぐ手先や足先が凍えるようになっちゃうからなぁ。
「顔は? うわ、顔も冷てぇ! ミジュ、ちゃんと生きてるか?」
拓真くんが一生懸命に私に顔をゴシゴシと擦ってくれる。そのたびに私のほっぺは上下して、拓真くんはいきなり吹き出した。
「っぶ!! 変な顔!!」
「ちょ、ちょっと!」
「やっぱミジュって面白れぇー!」
「それやったの、拓真くんじゃないー!」
人の顔で遊んでおいて、それはないでしょー?!
私も負けじと拓真くんのほっぺを触る。
「仕返し! えいっ」
「手ぇ冷てぇって!」
嫌がる拓真くんの両頬を、ムギュッと押しちゃうんだから。
うう、突き出た唇が……かわいい。
「やめろって」
「拓真くんがやめてくれたらね」
お互いの頬をムギュムギュと押し合いながら膠着状態。
なにこれ楽しいかも。
「ミジュさぁ、俺のこと舐めてるだろ?」
「拓真くんこそ、いつも私のことバカにしてるよね?」
「してねーよ、かわいいなっていつも思ってる。ほら、今もこの顔超かわい……っぶ!」
「笑ってるじゃないのー!!」
ケラケラ笑い始めた拓真くんの顔を、今度はグラグラ揺らしちゃう。
かわいいって言ってもらえて嬉しいんだけど、なんかちょっとちがーう!!
「ごめんって」
拓真くんは苦笑いでそう言って、私の手首を両手で掴んで頬から離された。その瞬間、バッチリと瞳が合う。
私も、そして多分拓真くんも。なぜかそこから動けなくなってしまった。
拓真くんの両手は、私の手首を掴んだままで。
「拓真くん……?」
「俺はさ、嫌じゃねぇの?」
「な、なにが??」
「いや、こうやって手首掴んでるのって俺が一方的にやってることだし、怖かったり気持ち悪かったりはしねぇのかなって」
もしかして、今日私が緑川さんに取った態度を気にしてるのかな。駆血帯で首を絞められると思ってる? さすがにそんなこと、誰が相手でもしないけどね。
「大丈夫だよ。拓真くんは全然怖くないし、なにされても平気だよ」
ドキドキはしちゃうけどね。もちろん、これは内緒だけど。
「やっぱミジュって、舐め過ぎじゃねぇ?」
拓真くんは一瞬ムッとすると、いきなり私の手首を引っ張ってきた。
顔がドンっと拓真くんの胸にぶつかって跳ね返る。その瞬間、拓真くんの顔がスルリと私の髪を伝って降りて来て、頰と頰が重なった。
「やっぱ、ミジュのほっぺ、冷て……」
拓真くんの頰が、熱い。
いつの間にか、その手は私の背中を優しく包んでくれてる。
「あ、あの……」
ど、どういう状況?? 飲み込めないよ……。
ただ、拓真くんってやっぱり全身湯たんぽなんだって感想が、頭の中を通っていった。
拓真くんがなにも言わないから、私もなにも言えなくて。ただ、時間だけが過ぎていく。
時折、拓真くんの腕に力が入って、私の体はさらに抱き寄せられた。
どうしよう……どうなっちゃうんだろう。
嬉しいけど、この先になにが待ち受けているのかわからなくて、正直怖い。体が、震える。
「あー、ごめんな」
その瞬間、拓真くんの体スーッと離れていった。
ごめんなの意味がわからなくて、私は拓真くんの顔を確認した。
「大丈夫だったか?」
「え? うん……拓真くんなら、大丈夫だよ。信用、してるし」
「そっか、よかった」
拓真くんはいつもの笑顔を見せて、私の頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。
結局、なにがしたかったのかな。私が嫌がらないかを、試してみただけ?
「まぁでも、気を付けろよ」
「なんの話?」
「あんまり男を煽んなってこと!」
拓真くんの手は、最後に私におでこをコツンと小突いて。それから元の位置へと戻っていった。
「私? 煽ってなんかないよ?」
「……とにかくさ、晴臣だって男だし……あんまり信用し過ぎるなよ」
私が晴臣くんを煽ってたって言いたいのかな。
期待させるのと、煽るのとは別物? 晴臣くんなら信用できるって、前に拓真くん言ってなかったっけ。
「仲間を信用できないのって……寂しいな」
「それとこれとは別だろ? 俺だってバレーやバイトの時なんかは緑川さんのこと信用してるよ。でも男と女の話になると、ちょっと切り離して考えろって。ミジュは鈍感だから」
だから拓真くんにだけは言われたくないんだけどー!
でもまぁ、拓真くんの言いたいことはわかった。とにかく気を付けろってことね。
「わかった。これからは、不用意な言動をしないように気を付けるね。心配してくれて、ありがとう拓真くん」
「いや、俺もごめんな、試すような真似して。ミジュがあんまり危機感ねぇからさ、気になった」
「ん、そっか」
なんだ、やっぱり試されてただけだったんだ。
でも、身じろぎせずに黙ってたのは、拓真くんだったからなんだよ。
きっと、気づいてないだろうけど。
拓真くんがなにかに気づいたように空を見上げた。
「雪、降ってきたな」
「わ、本当」
真っ暗な空からふわふわと白い雪が舞い降りてきて、私の上気した顔に優しく解ける。
抱きしめられて、嬉しかった。
特に意味のあるものじゃなかったのが寂しいけど。
でも、少しは……少しくらいは、勘違いしちゃっていいのかな?
そんな風に思っていると、拓真くんがまた私の右手を奪っていった。
「ミジュ、コケそうだから」
まだそんなに降ってないから、コケたりしないよ?
でも私はそれを言葉に出さずにギュッと握り返す。
「ありがと、拓真くん」
その手の温もりと優しさが身に沁みる。
思わず、好きですって言いそうになる。
今なら、いい返事をもらえそうな気がした。
でも結局、怖くて言えなくて。
今日のクリスマスを、このままのいい思い出で終わらせたくて。
降り積もる雪のように、拓真くんへの想いだけを募らせた。




