46.殺しの現場
一度家に帰ってバレーに行く準備をしてから、晴臣くんの家に向かう。
午後六時に約束だったけど、五分ほど遅刻してしまった。
「ごめんね、ちょっと遅れちゃった」
「大丈夫っすよ。仕事お疲れ様です」
晴臣くんは気にせず中に入れてくれる。
話し合いとか反省会とか、そういうのはいつも晴臣くんの家でやるから、何度かここに遊びに来たことがある。広いし体育館に近いし、便利だよね。
中に入ると、もう料理は用意されていた。
「うわ、すごい!」
「予算内に収めるの、苦労したっす」
リビングのテーブルに乗せられてたのは、洋食だった。拓真くんが作るのは和食が多いから、すごく新鮮。
「これ、キッシュだよね?」
「ほうれん草のキッシュっす。こっちがししゃものマリネ、ラタトゥイユにホワイトソースドリア」
「わぁ、よくこんなに作れたね! 実は予算オーバーしたんじゃない?」
「してねっすよ。一番高かったのはししゃもですからね。肉はほとんど使ってないっす」
「そうなんだ。でも美味しそう!」
晴臣くんに促されて座ると、一緒に手を合わせて食べ始める。最初にキッシュに手をつけると、絶妙な塩加減で次々と食が進んじゃう。
「今日もタクマんとこに行ったんすよね? どうでしたか?」
「順調だって。痛みももうほとんどないみたいで、明日は予定通り退院だよ」
「バレーはできるのかな」
「みんながやってるバレーは、ちょっと激し過ぎるからね……どんどん動く方がいいんだけど、せめて一週間はバレーはやらない方がいいと思う」
「そっかー、じゃあまだしばらくは俺、ミドルブロッカーっすね」
今、晴臣くんは拓真くんのポジションに入ってバレーをしてる。本当にオールマイティなんだなぁ。全部のポジションをこなしてるんじゃない。
「晴臣くんはすごいね、なんでもできて……うわーん、このマリネも美味しい〜〜」
「器用貧乏なだけですよ。美味いっすか? ありがとうございます」
「スポーツもできて、料理も美味しくて……なんになるつもり? 晴臣くん」
「和菓子職人っす!」
屈託の無い笑顔で言うから、ちょっとだけドキッとしちゃう。
「今度はデザートに、和菓子を用意するっすね」
「え……こ、今度?」
「バレーのある日はタクマのところってのはわかってます。でも他の日で暇な時があれば、いつでも来てください。俺の作った和菓子、ミジュさんに食べてほしいんす」
「う、うん、まぁ……そうだね……」
曖昧で逃げるような返事をして、心が痛む。
晴臣くんは期待させてもいいって言ってくれたけど……実際、そんなことを平気でできる人って、悪女なんじゃないかと思う。それとも、私が意気地なしなだけ?
だって、逆の立場で考えたら……期待させられるだけで振られるって、凄く残酷で傷付いちゃうよ。
きっと、晴臣くんは気にするなって言うんだろうけど……難しい。どうやって接したらいいんだろう。晴臣くんを、傷つけたくないのにな……。
でも、私が拓真くんを好きでいる限り、傷つけちゃうことになるのかもしれない。
「まーた色々考えてるっすね」
晴臣くんがキッシュをモグモグと食べながら話し掛けてくる。
「うん、だって……」
「ミジュさんはごちゃごちゃ考えなくていいんす」
「そ、そんなわけにはいかないよ。晴臣くんのことが嫌いならともかく、好──」
きゃ、私今、なにを言おうとしたの!! ダメでしょー、期待させちゃ!! あれ、期待させてもいいんだったっけ??
「『す』? なんすか?」
晴臣くんはニヤニヤ笑ってるし!!
「す、すごく大事な人、だよ!」
「なんだ。『好きな人』って言ってほしかったっす」
い、言いそうになってたけどね……危ない危ない。
「まぁ、『すごく大事な人』でも嬉しいですけどね!」
「ふふっ」
こんなに喜んでくれてるだけで、私も幸せな気分になれちゃう。期待させ過ぎなきゃ、いいのかもしれないなぁ。
「俺はミジュさんのこと、『すごく大事な人』で『好きな人』ですよ」
ま、またそういうことを平気で言う……!
「あ、ありがとう……」
「ミジュさんってすぐ赤くなるんすよねー」
「ちょっと、試さないで?!」
「かわいいっす」
「や、やめて〜、にやけちゃうから!」
「優しいし頭いいし」
「そんなことないよ?!」
「面白いし天然だし」
「うっ、否定はできない……っ」
「しっかりしてるし、笑うと天使みたいで」
「ほ、褒めすぎだってば!」
きゃー、全身がこそばゆくなっちゃうー! もうやめてー?!
「すげぇ綺麗です」
そんな、キラキラした目で言わないで……は、反応に……困るーっ! 顔が燃えちゃうー!! 綺麗じゃないからー!!
「うわあ、顔大丈夫っすか? そのうち消し炭になりそうっすよ」
「だ、誰のせいよ、もうーーーーッ?!」
ドリアを食べようとしていたスプーンを置いてポカポカ晴臣くんの胸のあたりを叩く。でもすごく嬉しそうに笑って受け止められちゃった。あれ? 余計に喜ばせちゃった?
悔しいー! 褒め返してやるんだから!!
「晴臣くん!」
「はい?」
「今から私はあなたを褒め殺すから!」
「っぶ! やっぱミジュさん面白ぇっす!」
眉を下げてヒーヒー笑ってる晴臣くん。うう、ここから反撃開始なんだからね!
「晴臣くんは女の子にモテる!」
「いや、モテないっすよ。告白されたこともないし」
「うそお?!」
「マジっす。多分、俺よりタクマの方がモテてますよ。あいつ、気が付かないだけで」
「誰にでも好きとか綺麗とか言ってるんじゃないの?」
「心外っすね。ミジュにしか、言ったことないのに」
ドクッと音が鳴る。
え、今……私の事呼び捨てにした?
「うわ、呼び捨ては心臓ヤバい。あいつ、よく平気でミジュさんのこと呼び捨てられるよなぁ」
ほ、ホント心臓に悪いよ、呼び捨てはー! いきなりやめてよぉ。
ま、まだドキドキ言ってる。
「次はなにを褒めてくれるんすか?」
「え?! えーと……料理が上手!」
「ありがとうございます」
「スポーツ万能!」
「バレーだけっすけどね」
「将来は大物!」
「ざっくりきたっすね! ブククッ」
えーとえーと、他にどんなこと言ったらいいの?!
晴臣くんを絶対に照れさせてやるんだから!
「男前!」
「ミジュさんにそう言ってもらえると嬉しいっす」
「バレーしてる姿がカッコイイ!」
「あざーす」
「優しいし、気遣いできるし」
「ミジュさん限定っす」
「いい声してる!」
「耳元で囁きましょうか?」
「えーとえーと、すごくいい筋肉してそうだよね!」
「いつでも見せますよ」
「ふぁ?! 男らしくてドキドキしちゃうし──」
「ドキドキ、してくれてるんすか」
ズイッと近寄ってくる晴臣くん。
どうしよう、心臓が、心臓が、肋骨をへし折って出てくるかもしれない!!
晴臣くんの手がほんの少し躊躇しながら、私の髪に手櫛を通す。
「まだまだ言い忘れてました。髪もサラサラで綺麗だし、目はくりくりしてて可愛いし、ほっぺはプニプニして触り心地いい」
手は頬に移動されて、視線がガッチリと晴臣くんに固定される。
どうしよう……顔を、逸らせない。
「鼻は小さくて愛らしいし、唇は柔らかそうで──」
どう、しよう……
なんか……変な雰囲気に飲まれちゃいそうで。
「は、晴臣くん、離して……?」
「──試していいっすか」
うそ……え……し、しちゃうの?
「もう……我慢、できないっす」
わ、わぁっ
逃げられずにギュッと目を瞑ってしまう。
晴臣くんの息づかいが、目の前から聞こえる。
「ミジュさん……」
きゃーー……
……
……
……
グイッ。
……ん?!
「な、なにやってるの、晴臣くん」
目を開けると、晴臣くんは真剣な瞳で私のおでこを見てる。
私の前髪は、晴臣くんの左手でグイッと上げられていて。
「おれ、デコフェチで、おでこを確かめてるんす」
「は、はぁ……どう?」
「この生え際のフォルム、最高ですね! ちょっと広めなおでこがたまんねぇっす!」
晴臣くん、まさかのデコフェチだったよ!!
珍しいんじゃない、そのフェチ!
「おでこも完璧だし、あ、睫毛も長いんすね。眉毛も自然に整ってて、いい感じです。爪は清潔に切られてて好感度高い……つまり、全部最高です」
うーん。
結局私が誉め殺されちゃったよ。ふしゅー。
「あ、急いで食べないと、時間なくなってきたっすよ!」
あ、今日はバレーだったんだっけ。
もう頭が回んないよー。
サッと離れて食事を続ける晴臣くん。
私はたっぷり三十秒は放心してから、食事を再開した。




