45.何か言いたそうだけど
今日も一日の仕事が終わった。
急いで着替えてたら、「そんなに愛しの拓真くんに早く会いたいのかー」とよしちゃんにニヤニヤ言われちゃう。
もう、その通りだよ!
私の顔は熱くなりながら、拓真くんの病室に急いだ。
中に入ると、拓真くんはベッドの上で大あくびしてる。暇そうだなぁ〜。
「拓真くん」
「ああ、ミジュ。日曜も仕事かぁ、お疲れ様」
「ありがとう。でも拓真くんが退院する火曜日は休みだから、ちょうどよかったよ。当日は、車で送ってあげるからね。あ、これが着替えかな?」
手前に置いてあったナイロン袋を手に取り、持ってきた洗濯済みの服を代わりに置いておく。
「ありがとう。な、今日もここで食べてくだろ?」
よっぽど暇なんだね。私が来ると、水を得た魚のように生き生きし始めた。
その日はバレーもなかったし、なるべく拓真くんと一緒にいることに決めた。
バレーのある日で私が日勤の時は一緒に食事してるけど、ご飯を作ってたり後片付けしてたり、洗濯物したりお風呂掃除したりで、ゆっくりのんびり過せるわけじゃないしね。
拓真くんは自分の子どもの頃の話や、リナちゃんが生まれた時の話なんかをしてくれた。バレーの大会で負けて悔しかったこととか、将来お店を出す夢とか、本当に色々。
どんな話も楽しそうにしてくれて、それを聞けることが本当に幸せ。
でも、どんな楽しい時間も終わりが来ちゃう。
面会時間終了の時刻が近付いて、私はお尻を椅子から浮かした。
「そろそろ帰るね。面会時間終わっちゃう。また明日、仕事が終わったら来るから」
「わ、もうそんな時間か。遅くまでごめん」
「ううん、私も楽しかった!」
心からの言葉を伝えながら微笑むと、拓真くんは一瞬だけ目を広げて、すぐに私から視線を外しちゃった。あれ? 看護師の微笑みは、もう元気になった拓真くんには効かなかったみたい。
「じゃあおやすみなさい、拓真くん。また明日ね」
「おー。帰り、気ぃつけて」
「うん」
帰り際の拓真くんの耳が少しだけ赤く見えたのは……気のせいかな。
翌日は月曜日で、明日は仕事が休みだから気分は週末。
拓真くんも順調に快復してて、予定通り明日退院になった。
いつものように仕事終わりに拓真くんのところへ向かう。着替えを洗った物と交換して、少し話した後、私は立ち上がった。
「ん? 売店行くのか? 俺も行くよ」
「あ、ごめんね……今日はもう帰らないといけないんだ」
今日は月曜でバレーのある日。そして、晴臣くんのご飯を食べに行くって約束した日だから。
「用事?」
「うー……うん」
「どんな?」
「えっと、用事っていうか……晴臣くんがご飯を作ってくれるって言うから」
「ああ、みんなで食うの?」
「う、ううん、二人でだけど……」
そう言うと、拓真くんの眉間に少しだけシワが寄った。
拓真くんって三島さんの時もそうだったけど、私が男の人と二人で食事するの、あんまりよく思ってないよね。誤魔化した方がよかったかな? でも嘘はつかないって約束しちゃったし。
「あー、晴臣か……あいつなら、まぁ……」
「やっぱり、行かない方が……いい、のかな?」
「ミジュが行くって言うなら、俺に止める権利はないからな。行きたいなら行けば?」
その放るような言い方に、ズキンと胸が抉られる。
そうなんだけど。その通りなんだけど。
グッと奥歯を噛みしめると、拓真くんはハッと顔を上げて私の顔を覗き込んだ。
「ごめん! 今の、言い方が悪かった!」
「……拓真くん」
「あーー、俺が言いたかったのは、本当は……っ」
ガシガシと頭を掻いてる拓真くん。
私はその後に続く言葉の見当が付かず、どこか恥ずかしそうな拓真くんを見るしかなかった。拓真くんはそんな私を目の端で捉えるようにして。
「……わかるだろ?」
「え……わからないよ。なに??」
「それ、トボけてんだろ」
「と、トボけてなんかないよ?! 一体なにが言いたいの??」
「ミジュってホント鈍感だよなぁ」
え、ええー?!
拓真くん、私の気持ちにちっとも気付いてないよね?!
それ、私の台詞だから! 鈍感な拓真くんにだけは言われたくないからー!!
「じゃあ、鈍感な私にハッキリ言ってくださいー! 拓真くんはなにが言いたいの?」
一体、なんなんだろう。
首を傾げる私に拓真くんは大きな息をハアーッと吐くと、目を合わさず言い放った。
「ただ単に、俺がミジュともっと一緒にいたかっただけ!」
……え?
予想だにしない発言をされて、私は固まっちゃう。
それって……嬉しいんだけど、素直に喜んでいいの? 拓真くん、私……
「だって暇だし」
がくっ。やっぱり。
「引き止めてごめん。行っていいよ」
「あ、うん……一緒にいてあげられなくて、ごめんね?」
「いいって、ただの俺のわがままだから」
そう言う拓真くんの顔が、やたらと大人びて見える。元々、年より上に見える顔立ちではあるんだけど。
けど、拓真くんがわがままを言ってくれたこと、素直に嬉しかった。わがままを言ってもらえる関係になれたのかなって。
それが、ただ暇だからって理由だったにしても。
「明日は、朝から来るからね」
「わかった。待ってるよ」
「じゃあおやすみなさい、拓真くん」
「おやす……〜〜あー、ミジュ」
「ん? なぁに?」
帰ろうと背を向けた途端に呼び止められて、首だけで振り返ると。
「ミジュは、晴臣……」
そこで、言葉が止まる。
「なに?」
「んー……いや、晴臣にノートのコピーくれって言っといて」
「ん? わかった、言っとくね。それだけ?」
「……うん」
どこか力の無い笑みで答えてくれた。少し気にはなるけど、晴臣くんとの約束を破るわけにもいかないし。
私は拓真くんの病室を後にして、晴臣くんの家を目指した。




