43.疑い
「園田」
エレベーターに乗ろうとしていたはずのよしちゃんは、それに乗らずに私達の前で立ち止まった。
私の目を見て、隣の拓真くんを見て、また私に視線が戻ってくる。
「隣の人……どう見ても、リナちゃんのお兄ちゃんに見えるんだけど? えーと、名前なんだっけ」
「拓真です。お久しぶりです、徳澤さん」
私が答える前に、拓真くんが先に答えた。
よしちゃんは拓真くんの名前を聞いて、少しスッキリした顔に変わる。
「そーだそーだ、拓真くんだった! 久しぶり。その格好、病気でもしたの?」
「昨日、盲腸で手術したんですよ」
「そうか、大変だったね。けどなんで園田と肩組んでるわけ??」
よしちゃんの顔は一瞬で訝しげなものに変わった。う、うーん、どこから話せばいいのか……。
っていうか、私と三島さんの繋がりは隠しておかないと、披露宴の時のサプライズが台無しになっちゃう!
「た、拓真くん、耳貸してっ」
「なんだ、ミジュ」
「み……じゅ……!?」
よしちゃんの顔が今度は今までで一番驚いたものに変わった。
ああああ、もう頭が混乱するけど、今はとにかく口止めだー!
私は拓真くんの耳元で、コソッと話をする。
「後で詳しく話すけど、私たちは三島さんを知らないことにして! お願い!」
「……わかった」
エレベーター前は人がたくさんいるから、小さな声じゃよしちゃんには聞こえなかったはず。
とりあえずの口止めが済んでホッとしたけど、目の前のよしちゃんからは逃げられそうにない。
「ちょーっと色々聞かせてもらいたいわね。園田、拓真くん、一緒に食べない?」
目が……目が笑ってないよ、よしちゃん!!
「徳澤さん。すいませんけど俺、今日はミジュと二人で食べたいんで。またにしてもらえませんか」
ふえっ?!
私がどうしようか悩んでる間に、拓真くんが先に断っちゃった!
「そっか、私はお邪魔虫ってわけね。わかったわかった。園田、明日は顔貸しなよ」
きゃー、よしちゃん怖ーい!!
よしちゃんは不敵な笑みを浮かべながら、ちょうど来たエレベーターに乗り込んで行ってくれた。
ふー、とりあえず、危機は脱した……のかなぁ。明日が怖いけど。
そして、こっちも……ちょっと怖い顔してる。
「三島さんのこと、バレたくないみたいだったから、ボロ出す前に徳澤さんの誘い断っちまったけど」
「う、うん、あれでよかったよ」
「俺もミジュに聞きたいこと、いっぱいできた」
「と、とりあえずここじゃ誰に会うかもわからないし、売店でご飯買って、病室で話そ! ね!」
もうー、まさかよしちゃんに会うだなんて!
大きい病院だから、どうせ会わないだろうって思ってたのになぁ。甘かった……。
私達は売店で晩御飯を買うと、拓真くんの病室に戻った。
ちょうど夕食が配膳されるところで、御膳をテーブルにおく。でもそれを食べ始めてからも、拓真くんの表情はキツいままだった。
「あ、あの、さっきはありがとうね。三島さんのこと、黙ってくれてて……」
「それはいいけど……どうして徳澤さんに、三島さんと俺たちが知り合いってバレちゃいけなかったんだ?」
「あ、それはね。よしちゃん……あ、徳澤のことだけど、よしちゃんの婚約者が三島さんだからなの」
そう説明すると、びっくりするほど拓真くんの顔が怒りを帯びてきた。
え、なんで? どうして怒ってるの?
「ミジュ、やっぱり三島さんとそういう関係になってたのか?」
「ふぇ?!」
「同僚の婚約者を取っちまったから、バレたくなかったんだろ」
「ええっ?! ち、違うよ?!」
そんな、よしちゃんの婚約者を寝取るとか……ないない、できないし、たとえ好きだったとしてもそんなことは絶対にしない!!
「でも、ミジュはいっつも三島さんとこそこそしてたよな。三島さんがミジュの頭を撫でてるのも見たことあるし」
「そんなの、拓真くんだって私の頭を撫でたことあるでしょ、それも何度も!」
「俺は普通に撫でるけどさ。三島さんはそういうことするタイプじゃないもんな」
「それは、私が友達の妹だったからで……」
「それに、三島さんはミジュの名前を唯一知ってだろ」
拓真くんは私の視線を外して斜め下を見てる。
あれ……? これは怒りというより……ふてくされてる感じかも?
「三島さんは、私の兄の友人だったから名前を知ってただけで……」
「ミジュは俺のこと、名前が変わってるからってだけで、からかったり笑ったりする奴だと思ってた?」
「思ってない! 思ってないけど、なんか言えなくて……」
「信用されてなかったのかと思って、あん時すげーショックだった」
……ショック。
えええ、本当に? 普通の顔してどっちの名前で呼んでほしいか、聞いてくれてたよね。
あれは……一生懸命ショックを隠して言ってくれてたの?
「そうだったんだ……ごめんね、傷つけるようなことをしちゃって……」
「もう俺には嘘つかねーって約束してほしいんだけどな」
「うん。もうこんな嘘は、絶対につかない!」
「んじゃあもっかい聞く。ミジュは三島さんと、そういう関係なのか?」
まだ疑われてる……やっぱり寝取ったと思ってるの?!
信用してくれてないのは、そっちじゃない! なんか、腹が立ってきた!!
「三島さんは確かに初恋の人だったけど、今はよしちゃんの婚約者なんだから奪うわけないよ! 私、今まで誰とも付き合ったことないんだから!!」
頭に血が上って怒りのままに言葉を発する。
あれ……なんか余計なことを色々言ってしまった気が……。
「ふーん……初恋、だったのか」
複雑そうな顔で呟いている拓真くん。
いやーー!! 私今、そんなこと言ったー?!
「で、誰とも付き合ったことがないって、それ本当か?」
ど、どうしよう……呆れられてる? 二十五歳にもなって、彼氏の一人もできたことないとか……。でも、嘘はつかないって約束しちゃったし……。
私は声には出せずに、コクンとうなずいた。もしかしたらまた、顔が赤くなっちゃってたかもしれない。
「そ……っか」
拓真くんは軽く息を吐いた後、ようやくその顔が優しくなった。
恥ずかしい告白をしちゃったけど、これでちょっとは信じてもらえたのかな。
「ごめん、疑って」
「ううん、私も大きな声出しちゃって……」
「けど、徳澤さんと三島さんが婚約者同士で、なんで俺達が三島さんと繋がってることを隠さなきゃいけねーんだ?」
首を傾げる拓真くんに、私は披露宴のサプライズのことを話した。そうしてようやく拓真くんは私の行動に納得してくれたみたい。
拓真くんはそれを聞いて、少し考えた後に顔を上げた。
「なぁそれ、俺らバレーの面子も一枚噛ませてくれねーかな?」
拓真くんはいたずら小僧のように、私の目を見てニッと笑う。
私はその話を聞いてから、急いで土曜のバレーに向かった。




