41.期待
家に帰って、特にすることもなく雑誌を読んでいると、池畑さんから電話が入った。
虫垂炎は簡単な手術だけど、なにかあったかと思ってドキッとする。
「もしもし?!」
『あ、園田さん? 今手術が無事に終わったところなの。園田さんには報告しておかなきゃと思って』
その言葉にホッと胸を撫でおろす。
「よかったです。池畑さんも、お疲れ様でした」
『ええ、私達はもうこのまま帰るわ。でもなにかあったら、また園田さんに頼まなきゃいけないかもしれなくて……』
「構いませんよ、私でできることなら。もしよければ、退院の日の手続きは私がやりましょうか。拓真くんも車で送りますし」
『ええ? いいの? そんなことまで……さすがに悪いわ』
「何度も遠いところを通うのは大変でしょうし、私でよければやらせてください」
『あらぁ……本当にありがとう、園田さん! 助かるわぁ!』
むしろ、私がやりたいことだから、まったく問題はなし!
拓真くんの力になれて嬉しいくらい。
その日、コンビニ弁当を食べてからバレーに行くと、拓真くんが盲腸になって少しの間バレーはお休みすることをみんなに告げた。
製菓学生のメンバーは、明日にでもお見舞いに行こうかと話し合ってる。
バレーの練習が終わって帰ろうとしたら、晴臣くんが「送るっす」と自然に私の隣に立っていた。私は有難く好意を受け取る。
「大変でしたね、ミジュさん。タクマも、災難だったなぁ」
「痛いのは、つらいからね」
「俺も同じようになったら、来てくれるっすか?」
「そういう時は、私を呼ぶより早く救急車を呼んでね」
「んじゃあ、風邪の時」
「んー……仕方ないなぁ」
「よっし!」
「わざと風邪引かないでよ?!」
「わかってるっす!」
わ、なんだかすごく喜ばせちゃった。でもさすがに『実家に帰ればいいんじゃない?』とは言えなかったよ。
「タクマの退院は、火曜でしたっけ」
「うん、順調に快復すればね」
「ミジュさん、月曜は日勤っすか?」
「うん、そうだけど」
「俺、タクマの代わりに、メシ作りに行きましょうか」
予想していなかった提案に、私は晴臣くんを見上げる。晴臣くんは拓真くんよりも十センチ低いから、視線が近い。
「えっと……私の家、ろくな調理器具ないよ?」
「あはは、じゃあ俺んちに来るっすか?」
「え、えーと……」
ど、どうしよう。美味しいご飯を食べられるのは嬉しいけど……期待させるようなことをしても悪いし……でも断るのも可哀想だし……
私が反応できずに困っていると、晴臣くんは私の顔を覗いてニッと笑った。
「悩むくらいなら、断ってくれていいっす! ミジュさんを困らせたいわけじゃないんで!」
「あの……ご、ごめんね。でも嫌ってわけじゃないの。ご飯はすっごく食べたいんだけど」
「一人でうちに来るのに抵抗がある?」
「そういうことでもなくて……」
微笑みの顔のまま、少し首を傾げてる晴臣くん。やっぱりちゃんと理由を言わないのは、納得できないよね……。
「えと……晴臣くんを、期待させちゃうのがつらくて……あ、もう私のことなんか好きじゃないかもしれないのに、自意識過剰でごめんね?!」
「ん、好きっすよ」
ひゃ、ひゃあっ!
また告白させちゃったよー!
顔が熱くなっちゃう。もう恥ずかしくて晴臣くんの目が見られない。
「なに照れてるんすか?」
「だ、だって……っ」
「……タクマだったら、今のミジュさんに平気で触れるんだろうなぁ」
私は熱く燃えそうな耳を、自分の手で押さえつける。
絶対、今真っ赤だよ。夜道だし、暗くて見えないとは思うけど……っ
「……触っていっすか?」
「ふぁい?!」
私の変な返事を了承と捉えちゃったのか、晴臣くんは私の耳と手の間を掻い潜って、頬に大きな手が置かれた。
足は自然と止まって、お互い向き合うような形になっちゃってる。
爆発するかも、私の心臓。
「俺、今めっちゃ緊張してるっす」
「わ、私もだよ」
晴臣くんにはいつもの余裕の笑みはなくって、ちょっと強張ってる。私ももしかしたら、同じような顔をしてるのかもしれない。
「ミジュさん」
「ふぁ、はい」
「俺はミジュさんが好きです」
「な、何度も聞いたよ?!」
「もう一回、言いたくなりました」
そう言って、ようやく破顔してくれる晴臣くん。なんだか私もつられて微笑んじゃった。
でもその後、すぐに晴臣くんは真剣な顔になって。
「俺に、期待させてください。結果、駄目だったとしても恨んだりなんてしないんで」
「晴臣くん……でも」
「思いっきり期待して思いっきり振られても、なんの問題もないっす。俺にとっては、今好きな人と一緒にいられることが、なにより大事ですから」
真っ直ぐな晴臣くんの言葉にクラクラしてしまう。
照れもせず、好きだと気持ちをぶつけてくれる晴臣くんの手は……私の頬で、微かに震えていて。
きっと、緊張や断られるかもしれない恐怖心と戦いながら、一生懸命に紡いでくれた言葉。
胸に響かないわけがないよ。
「うん……じゃあ、月曜日、食べに行ってもいいかな?」
そう言うと、晴臣くんの顔がパァッと明るくなった。そして目がなくなるくらいにニカッと笑ってくれる。
その瞬間、あまりの喜びからか、私の頬から手が離れていった。
「マジっすか!! うわー、嬉しいっす!!」
そんなに喜んでくれたら、私も嬉しくなっちゃうよ。
「なんかリクエストありますか?!」
「えっと、リクエストっていうか、あんまり高いものはやめてね? 私の分は、コンビニ弁当とサラダとお茶が買えるくらいの値段で納めて?」
「そういう制約でやってるんすね。わかりました、やってみます!」
気合いが入り過ぎてすごく高そうな物を作ってくれそうだったから、一応そんな釘をさしておいた。
料理できる人はいいなぁ。好きな人にお料理を振る舞えちゃうんだもんね。
「今から楽しみっす」
そう言って歩き始めた晴臣くんの隣を、私も付いて歩く。
でもさっきまでとは違って、そっと手を取られた。
私の右手が、晴臣くんの左手と繋がれる。
「は、晴臣くん?!」
「期待、させてください」
目を細めて優しい顔で言われると……こ、断れないよー!
「も、もう……アパートの前まで、だからね!」
「充分っす」
街灯に照らされる晴臣くんの顔が、赤みを帯びてまた破顔していた。




