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思い出の夏祭り 〜君が私の気持ちに気づくまで〜  作者: 長岡更紗


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39.看護師の微笑み

 十一月。

 月日が過ぎるのは、早い。早過ぎる。

 社会人になってからは特に早いんだよね。それにしても、夜はかなり冷えるようになってきた。

 今日は木曜で、勤務帯はロングの日。朝八時から夜の九時まで拘束されるのは、やっぱりきついなぁ〜。

 夜勤もきついけど、ロングもきつい。こういう時は、普通のOLが羨ましくなっちゃう。もう早く帰って寝ちゃおう。


 フラフラとアパートの階段を上がって、自分の部屋のベッドに倒れるように横になった。

 ああー、お風呂洗わなきゃ。沸かさなきゃ……入らなきゃ……。

 五分だけ、目を瞑って休んでから……


 そう思っていたのに、いつの間にかグッスリ眠ってしまったみたい。時間を見ると、もう十一時を回ってた。

 私、たまにこうやって電池が切れたみたいに寝ちゃうんだよね。朝まで寝てなくてよかった。

 お風呂にお湯溜めよう。もう遅いから、そうっと入らなきゃいけないけど。古いから、壁が薄いんだよね、このアパート。たまに拓真くんがリナちゃんと電話してる声も聞こえるし。リナちゃんと電話するとき、テンション高くなって声が大きくなるんだよね、拓真くんって。

 そんなことを考えながらお風呂を洗ってお湯を入れていると、ゴンっていう謎の音がした。

 ん? なんの音??


 ゴンッ


 ゴンッ


 なんだろう……お風呂、じゃないよね?

 私はお風呂場のお湯を止めて、もう一度耳を澄ます。


 ゴンッ


 やっぱり聞こえる。こっち……?

 テレビの置いてある方から音がする。……壁?

 って、この壁の向こうは……拓真くんのベッドが置いてあるところだ。


「……拓真くん?」


 ゴンッ


 返事をするような音が返ってきた。


「どうしたの?」


 ゴンゴンッ


 今度は、焦るような二回連続した音。

 どうしたんだろう、おかしい。


 私はすぐに飛び出して、お隣の扉を叩いた。


「拓真くん、いる?! 入るよ??」


 ドアノブには鍵がかかってなくてスルリと回る。躊躇せずに飛び込むと、ベッドの上でうずくまってる拓真くんがいた。


「拓真くん! どうしたの?!」


 急いで近寄って、脈を確認しながら表情を観察する。拓真くんは声も出せずに、お腹を押さえているだけ。


「お腹痛いの?!」


 コクンとうなずく拓真くん。


「どっち、こっち?!」


 もう一度、拓真くんはコクンとうなずいた。

 右下腹部痛、それに発熱もしてるみたい。虫垂炎(アッペ)かも。

 だとしたら、もっと前から痛みがあったはずなのに、ずっと我慢してただなんて……っ


「今、救急車呼ぶから。落ち着いてね、大丈夫だよ。保険証はどこ?」


 まったきく動けない拓真くんに代わって救急車を呼び、保険証を探し出す。

 救急車が来るまでに、勝手知ったるタンスを開けて、寝間着やパンツを取り出して入院に備えた。

 ピーポーピーポーという音が近づいてきて、私は玄関を開けて場所を知らせる。


「連絡くださった園田さんですか?」

「はい」

「患者はどこに」

「こっちです、お願いします」


 救急隊員は拓真くんのところに行き、いつからその症状があるかを確認している。


「すみません、多分虫垂炎(アッペ)だと思います。痛みが出てから結構時間も経っているようので、早く搬送をお願いしたいんですが……」

「今、受け入れ先の確保をしているので、少々お待ちください」


 うう、こういう時ってすごくもどかしい。

 病院側の受け入れも大変なのはわかるから、文句は言えないんだけど……拓真くんが苦しんでる姿を見るのは、つらい。

 救急隊員は、話を一通り聞き終えた後で、担架で拓真くんを救急車に乗せてくれた。


「一緒に乗りますか?」

「はい!」


 自分の車で行くっていう手もあった。帰りのことを考えると、そうした方がよかったと思うけど。

 苦しんでる拓真くんのそばを、離れたくなかった。

 救急車に乗ってしばらくして、ようやく受け入れ先が決まる。形岡医大……私の勤める病院だった。


「形岡医大に向かいます。しっかり掴まっていてください」


 発車されると同時に、その振動が響いたのか、小さく呻く拓真くん。

 手を握ってあげると、ギュッと握り返してきた。その強さで、拓真くんの痛みが伝わってくる。


「もうちょっとだからね。大丈夫」


 コクンとうなずく拓真くん。痛々しくて、見てられない。

 色んな患者さんが苦しんだり、痛みを訴えたりする姿は見てきてるけど……好きな人の耐える姿を見るのが、一番忍びないよ。


 救急車が到着すると、拓真くんは救急外来に搬送され、「お姉さんはこっち」と事務手続きの方に回されてしまった。

 あああ、私はここの看護師なのにー! 一緒に中に入らせてー!

 でも、事務手続きは誰かやらなきゃいけない。幸い、保険証入れにここの病院のカードもあった。骨髄液を提供した時に作ってたんだ。

 その他の事務手続きを終わらせて、廊下で待つ。その時間がまたもどかしい。

 ここの看護師だって言って、中に入れてもらおうか。でも救急外来で仲のいい看護師はいないしなぁ……。急いでたからパスも忘れて来ちゃったし。

 モゾモゾとお尻を動かすようにして椅子に座っていたら、ようやく呼んでくれた。

 当直の先生が、拓真くんの症状の説明をしてくれる。


「相当我慢してたみたいで、CTで確認したら結構腫れてますね。今は薬で散らしてるけど、これはもう取ってしまった方がいいね。ええと、ご家族さんですか?」

「いえ、隣の家の者なんですけど……ここの看護師です、小児病棟ですけど」

「あっと、そうなんだ。彼のご家族さんに連絡とれる?」

「はい。手術の同意書が必要になりますよね」

「うん、もう早い方がいいから、明日手術をねじ込んで、取ってしまおう。腹腔鏡手術でいけると思うよ」

「わかりました。入院は順調なら四、五日という説明で大丈夫ですか?」

「そうだね。入院に必要なものを今から看護師が説明……って君も看護師か」

「大丈夫です、大体用意してきました。足りないものは明日持ってきます」

「じゃあ、ご家族さんへの説明と連絡はお願いできるかな?」

「はい、わかりました」

「じゃあ一般病棟に移すから、彼女についていって」


 その目線の先には女の看護師が立っていて、「どうぞ」とニッコリ笑ってくれる。

 拓真くんが寝ていたベッドのロックを外してくれて、三人で廊下を移動した。

 三階の一般病棟に入ると、三〇二五室に通される。中にあったベッドを取り出し、拓真くんが乗ったままの方のベッドと差し替えてくれた。

 ありがとうございましたと頭を下げて、案内してくれた看護師を見送ると、苦しそうな拓真くんのそばに座る。


「拓真くん……拓真くん、大丈夫?」

「……痛い。さっきより、マシだけど……」


 拓真くんの顔は、やっぱり苦痛に歪んでいて。

 少しでも不安がなくなればと、ギュッと手を握った。


「えっとね、明日、手術になるって」

「……うん」

「腹腔鏡手術って言ってね、お腹をいっぱい切るわけじゃないから、快復も早いし心配しないでね」

「うん」

「それでね、家族の同意書が必要になるから、池畑さんに電話して、明日来てもらえるようにお願いしておいていいかな」

「あー……ごめん」

「なんで謝るの? 気にしなくていいから。これ、着替えとかコップとかお箸とか、必要な物を持ってきたからここに置いておくね。あと、ここは大部屋だから、携帯電話はサイレントにしておいてほしいの。メールやメッセージはいいけど、通話はダメだから所定の場所でお願いね。痛みが強くなってきたり、なにか困ったことがあった時は、遠慮せずにナースコールすること」


 私が説明すると、拓真くんはちょっと口の端を上げて笑った。


「なに?」

「ミジュ、看護師みてぇ……」

「も、もう! 看護師だよ!」


 私が頬を膨らませると、拓真くんは目を細める。


「そうだよな、看護師だったんだよなぁ……。なんかずっとプライベートのミジュしか見てないから、忘れてたわ」


 そんな拓真くんの頭を、そっと撫でてあげた。

 私が撫でられることはしょっちゅうだけど、撫でるのは初めてかも。短めの髪が、チクチク刺さる。


「じゃあ、私はもう帰るけど大丈夫? 明日また来るけど」

「明日仕事?」

「ううん、明日はお休み」

「ああ……なんかごめん」

「いいってば、謝らないで」

「……痛みで目の前真っ白になって、電話することもできなかった」

「うん、本当に痛い時ってそうだと思う」

「ありがとう、ミジュ……」


 お礼を言われて、私はニッコリと微笑み返す。安心してもらうための、看護師の微笑み。

 拓真くんは安心してくれたのか目を瞑っちゃったから、私はそのまま病院を出て電話を掛けた。

 もう深夜零時を過ぎちゃってるけど、連絡しないわけにいかない。

 電話をすると、少し寝ぼけたような声の池畑さんが出て、状況を説明する。

 池畑さんは、「明日はリナの通院日だからちょうどよかった」と肝っ玉の大きい発言をし、リナちゃんの予約時間よりも早く着くようにすると言ってくれた。

 すべての連絡を終えて、タクシーを呼んで帰ってきたのが午前一時。

 明日の仕事が休みで、本当によかった……。

 溜めかけていたお風呂のお湯で体をざっと流した後、もう一度ベッドに倒れ込む。

 拓真くん、眠れてるかなぁ……。

 そんなことを考えながら眠りに落ちた。

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