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思い出の夏祭り 〜君が私の気持ちに気づくまで〜  作者: 長岡更紗


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36/80

36.告白

 みんなが私の事をミジュって呼び始めて一ヶ月。

 本当の名前を呼び始めてすぐは、間違ってミキって呼んじゃってた人もいたけど。そのうちに間違わずに呼んでくれるようになった。

 みんなが呼び慣れるのに従って、私もその名前に呼ばれ慣れてくる。

 これだけたくさんの人にミジュって呼ばれることがなかったからだけど、慣れると普通の名前なのかなって思えてくるから不思議。

 あんなに嫌いな名前だったのに、ウソみたい。



「ミジュさん!」


 その日、日勤を終えて病院から出てくると、なぜかそこには晴臣くんの姿があった。


「どうしたの、晴臣くん! どこか具合でも悪いの?!」

「いや、親戚が入院したから、それのお見舞いに」

「あ、そうなんだ。で、どうしてここで突っ立ってたの?」

「もちろん、ミジュさんを待ってました。今日は日勤で、バレーに来る日っすよね」

「そうだけど……私、自転車だよ? 家まで結構遠いけど、どうやって帰るの?」

「俺? 走るっすよ」

「ええええっ?!」


 なんか、無茶苦茶言い出しちゃったよこの子?!


「ここからうちまで、六キロあるんだけど?!」

「ああ、俺、五キロを十五分で走るんで、二十分もあれば余裕っす」


 早っ!! 早いよ、私なんか自転車使って二十分は掛かるよー!


「っていうか、走るだけならどうして私を待ってたの?」

「一緒に帰りたいからに決まってるじゃないですか」

「え? でも走ってたら喋れないよね?」

「そうっすね。それでも、一緒にいたかったんです」


 あ……ダメ、ニヤケそうになっちゃう。もう、この子は……最近、グイグイくるなぁ……。

 優しく微笑む晴臣くんを横目に、駐輪場から自転車を出してくる。

 私のはただのママチャリで、電動でもなんでもない、普通の自転車。最近、タイヤの空気が減ってきたから、入れ直さないといけないと思ってたところ。


「帰り道は国道っすか?」

「ううん、自転車の時は裏手の、信号が少ない方の道」

「りょーかいっす」


 そう言うが早いか、晴臣くんはいきなり走り始めた。

 え?! それ全力疾走なんじゃないの?!

 早い、早過ぎるよー! 足が()っちゃう!!

 私はいつもよりペダルを急いでこいで、晴臣くんに置いてかれまいと必死。

 途中の信号待ちがなかったら、本当に置いていかれてたかもしれない。

 アパートの近くのコンビニ前になって、晴臣くんはようやく速度を落とした。


「はぁ、はぁ……やべー、さすがにキツイ! 高校の頃は余裕あったんだけどな〜」

「ゼェ、ゼェ、ゼェ!!」

「ミジュさん、なんで息切らせてるんすか?」

「は、早過ぎるよ、もう……っ」


 いつもよりちょっとペースが速いってだけで、もう息が……。


「はは、ちょっとコンビニでスポーツドリンク買ってきます。休んでていっすよ」

「はー、はー、ひー」


 ゴクンと唾を飲み込んで、また息を何度も吸い込む。あのペースは……無理!!

 少し息が整ってきたところで、晴臣くんが戻ってきてドリンクを渡してくれた。「ありがとう」と力なく言って、半分くらいを一気に飲み干す。

 ぷはー、生き返った!

 もう一度お礼を言おうとすると、晴臣くんの視線が私の遥か後ろを向いてる。


「あれ……タクマと結衣だ」


 その声につられてにアパートの方を見ると、確かに二人がいた。結衣ちゃんは拓真くんの袖を引っ張るようにして、アパートの階段を上がり始めてる。

 なんだかその様子がただ事じゃないように見えて、私達は顔を見合わせた。


「喧嘩でもしたんすかね」

「そんな感じでもないけど……」

「とりあえず自転車置いて、行ってみるっすか」


 晴臣くんの提案に頷いて、駐輪場に自転車を置く。そしてそのまま二人で階段を上がろうとした、その時。


「私、タクマのこと好きだから!!」


 そんな声が聞こえてきて、私も晴臣くんも反射的に物陰に隠れた。

 ど、どうしよう。聞いちゃ、悪いよね。でも私のお家、その奥なんだよぉ……。

 どうしようかと晴臣くんに聞こうとしたら……わわ、思った以上に距離が近い!

 けど晴臣くんは動じず、少し様子を見ようと、小声で私の耳元で教えてくれた。息が、くすぐったい。


「あー……、俺……」


 拓真くんの声。なんて答えるんだろう。

 オーケー、しちゃうのかな。結衣ちゃん、かわいいし。

 結衣ちゃん以上に、拓真くんの返事を聞くのが怖い。


「気持ちは嬉しいけど、結衣をそんな風に考えたことなかったから」

「じゃ、考えて!」


 うわぁ、結衣ちゃんってば積極的!

 頑張れって応援したい気持ちと、振られてほしいって思う黒い気持ちが混在してる。私って、やな奴だ……。


「結衣には、大和さんみたいな穏やかな人が合うと思うんだけどなぁ。それか、一ノ瀬」

「私が好きなのは、タクマなの。お願い、ちゃんと考えてみて」

「じゃあちゃんと言う。ごめん、結衣とは考えられない」


 う……拓真くん、本当にズバッと言っちゃった……。

 結衣ちゃん、大丈夫かな……。


「……どうして……?」


 ああ、結衣ちゃんが涙声になっちゃってる……。そりゃ、つらいよね。つらいに決まってる。


「結衣は……なんつーか、妹のリナっぽいんだよな。そういう対象で見られないっていうか」

「じゃあ、ミジュさんは?!」


 ええー?! どうしてそこで私が出てくるの?! もう、結衣ちゃんー!!


「ミジュ? なんでいきなりミジュなんだ?」

「だってタクマ、ミジュさんのことが好きなんじゃないの? いつもご飯食べさせてあげてるし、バレーの行き帰りだってずっと一緒だし」

「そりゃあ、隣なんだから送るくらいするって。飯も利害が一致してるだけだし」

「じゃあミジュさんのこと、どう思ってるの?」


 やだ、やめて……そんなの今、聞きたくないっ!


「かわいいとは思うけど、特に……」


 抑揚のない拓真くんの声が聞こえた。

 ……あ、ダメ。頭真っ白になっちゃった。

 立っていられなくなった私を、晴臣くんが後ろから支えてくれる。


 あは、『特に』、だって。

 仲良くなれたと、思ってたんだけどな……。

 特になんにも思われてなかったんだね、私って。

 ちょっとだけ期待しちゃってた。馬鹿みたい。


 涙が、勝手に滲んでくる。

 振られちゃった……振られちゃったんだ。

 告白も、してないのに。


「ミジュさん……」


 目の前の晴臣くんが、憐憫の情を寄せてくる。

 こんなところを見られて、恥ずかしい。

 我慢しなきゃと思ったけど、耐えきれずに涙がひとつ転がった。

 それを晴臣くんが、人差し指で拭ってくれる。


「晴臣くん……」

「ミジュさん、俺と付き合って」

「……」


 晴臣くんの真剣な瞳。それに魅了されたみたいに目が離せない。


「俺と、付き合ってください」


 いつの間にか抱き寄せられて、晴臣くんの腕の中にすっぽり収まってしまってた。

 さっき思いっきり走ったせいか、晴臣くんの心臓はドクドクと暴れるようなすごい音を立ててる。


 断りたく……なかった。


 断れば、晴臣くんにも私と同じような思いをさせてしまう。

 けど……だけど……


「ごめんね、晴臣くん……ごめん……っ」


 やっぱり私は拓真くんが好きで。そんな状態で、晴臣くんと付き合うなんて、できるわけがない。


「ミジュさん……」

「私、まだ諦めたくない……。振られたけど、でも、これから先はどうなるかまだわからないし……っ」


 可能性は、一パーセントもないかもしれないけど、それでも。

 なにもしないでこれで終わりだなんて……絶対に嫌だ。


「ごめんなさい……」


 誠心誠意謝ると、晴臣くんは抱擁をやめて、私の頭を撫でながら言った。


「謝らないでいいすよ。俺も諦め悪いっすから」


 ちょっと傷ついたような笑顔で。

 でも、精一杯のその笑顔を。


 私は心の中でもう一度ごめんと謝った。

 アパートの二階では、また結衣ちゃんの声が聞こえてくる。


「……タクマの気持ちは、よくわかった」

「ごめんな、結衣」

「ううん。言えて、スッキリしちゃった。ねぇ、これから学校でもバレーでも、今まで通り仲良くしてよね!」

「おー、もちろん」

「よかった!」


 どこか、吹っ切れたような唯ちゃんの声が聞こえる。

 振られたんだから、悲しいはずなのに……多分、元気を装ってるんだ。


「じゃあ、また後でね! タクマ!」

「おお、また体育館でな」


 カンカンと階段の降りる音が聞こえて、慌てて身を潜めた。

 唯ちゃんはすごいスピードで走っていって、あっという間に見えなくなる。

 それを見送ると、晴臣くんが口を開いた。


「ミジュさん、大丈夫?」

「うん、大丈夫。えーと……晴臣くんは?」

「ミジュさんにそれ言われると、複雑っすね」

「あ、ごめん……っ」

「うそうそ、俺も案外平気っす。振られてもこうやって話せてるし、まだ可能性はあるって思ってますから」


 ニカニカと微笑む晴臣くんは、春の日の太陽みたい。ホッとできる安心感と温かさをくれる。


「ありがとう、晴臣くん」

「なんかあったら、いつでも電話ください。じゃあ、また後で」

「うん、また後で!」


 そう言った晴臣くんは、結衣ちゃんの倍はあろうかというスピードで、走って帰っていった。

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