35.ミジュ
長く厳しい残暑がようやく終わろうとしていた、九月の後半。
バレーの練習が終わって、その片付け中に。
「園田さんを借りてもいい? ちょっと話したいことがあるんだけど」
三島さんがバレーのメンバーに向かってそう言った。
「いいですよ。片付けは俺達がやっておきますから」
「ありがとう、一ノ瀬」
「なんですか、三島さん」
後片付けを皆に任せて、三島さんについていく。体育館の玄関前まで行くと、三島さんは切り出した。
「えーと……披露宴のことなんだけど」
「あ、はい」
「どう? 看護師さんは何人くらい来られそう?」
「今のところ、確定してるのは七人ですね」
「結構いるんだ。有難いなぁ」
「もうちょっと増えるかもしれないですけど」
「助かるよ、ミジュちゃん」
三島さんってば、すごく嬉しそう。本当によしちゃんのこと、大好きなんだね。
「で、なにをするかは決めた? どれくらい時間のかかることをするのか、ちょっと知りたいんだけど」
「歌でも歌おうかって話もしたんですけど、結局一人一人、よしちゃんに対しての一言スピーチをすることにしました。一人一分以内に収めようってことなんで、今のところ七分くらいですね。十分くらい見ておいてくれれば、多少人数が増えても対応できると思います」
「うん、時間としてもそれくらいが助かるよ」
「あとスピーチ中に、もう一つやりたいことがあって……」
披露宴の計画を話していると、三島さんのテンションが上がってくる。
「いいね、それ! ミジュちゃんにお願いしてよかったよ」
「いえ、こんなことくらいしか、できないですから」
「色々考えてくれてて嬉しいよ! ありがとう、ミジュちゃん!」
「ミジュって誰?」
唐突に後ろから響く、拓真くんの声。
うそ……聞かれた!!
振り向くと、そこには拓真くんに晴臣くん、結衣ちゃん一ノ瀬くんヒロヤくん、平さんに緑川さんが私の方を見てる。
「えーと、その……」
どうしよう、と三島さんを見上げると、「もう言った方がいいんじゃない?」とこともなげに言われてしまった。うう。
「ミキさんの名前、ミキじゃなくて……ミジュだったってことっすか?」
眉間に少し皺を寄せてる晴臣くん。今まで、嘘の名前を呼ばせてたんだもんね……。腹を立てるのも当然かもしれない。
「ご、ごめんね、黙ってて……」
「どうして言ってくれなかったんですか?」
今度は結衣ちゃん。怒ってるっていうより、不思議そうな顔をしてる。
「呼びにくいでしょ? それに私、小さい頃この名前でからかわれたことがあって、自分の名前が嫌いで……」
「ああ、気持ちわかりますよ。俺の名前は光輝って言うんですが、〝光り輝く〟なんて名前負けしてて恥ずかしいから、みんなに苗字で呼んでもらってるし」
一ノ瀬くんが私の行動に理解を示す発言をしてくれて、少しホッとする。
「俺は、ミジュ姉さんもいいと思うけど!!」
元気ハツラツなヒロヤくん。ありがとう、嬉しいよ。
「ミジュちゃん、いいじゃん! なんかエロいし」
ホントこの人どうにかして。そういうのが嫌なんだよ緑川さん。
「それじゃあ、これからはミジュちゃんでいいのかな?」
穏やかな笑顔の平さん。
「ミキは、ミキとミジュ、どっちで呼ばれたいんだ?」
「それは……」
拓真くんが呼び方を気にしてくれる。
ミジュって呼ばれるのは、正直抵抗がある。人前で呼ばれたりしたら、恥ずかしいって思いも。
でも、三島さんが私のことミジュって呼んでも抵抗がないように、徐々に慣れていくかもしれない。
なにより……拓真くんに、ちゃんと本当の名前を呼んでほしい。
「ミジュで、お願いします!」
そう言って、思いっきり頭を下げると。
「ミジュ!」
「ミジュさーん!」
「ミジュ姉さん!」
「ミジュちゃん」
みんなに頭をワシワシワシワシ撫でられた。
初めてミキって呼ばれた時よりも、もっともっとくすぐったい。
髪をグシャグシャにされて頭を上げると、目の前には少し悲しそうな晴臣くんの姿があった。
「悩んでたんなら、一言相談してほしかったっす」
う……罪悪感。
「ごめんね……これからは、ちゃんと相談するようにするから」
「約束っすよ!」
「うん」
そこでようやく笑顔になってくれた。やっぱり、ちょっとショックを受けてたのかな。
晴臣くんだけじゃなくて、もしかしたらみんなそうだったのかもしれない。
申し訳ないことをしちゃったけど、私自身、ようやく本当の名前を伝えられて、ホッとした。
怒らずに受け入れてくれたみんなに……本当に感謝。




