33.誕生日
八月十二日。
今日は、私の誕生日。
うん……暇!!
あーあ。もしかして……と思って仕事が休みになるように調整してたけど。
まったくの無意味だったなあ。
これだったら、仕事に行った方がマシだった。そしたら少なくとも、看護師仲間に『誕生日おめでとう』って言ってもらえたのに。
メールもメッセージも、誰からもなにもない。お母さんやお兄ちゃんも、私の誕生日を忘れてるなー!
まぁ、別にいいんだけど。祝ってもらえないからって、拗ねるような子どもじゃないんだからね。でも寂しいのはどうしようもないよー!
拓真くんは帰っちゃったし、バレーの練習もないし。
ボーッとしてるうちに、お昼も過ぎちゃった。
出掛ける気力も起こらない。外は暑いし。こうして一日が終わっちゃうんだろうなぁ。
なんて虚しい誕生日。二十五歳の出だしは、幸先悪そう。
そうしてなにもせずにゴロゴロしていると、キラキランとメッセージの入る音がした。
もしかして、拓真くん!?
慌ててメッセージアプリを立ち上げる。
『今日の仕事は何時までっすか?』
あ……晴臣くんだった。晴臣くんも地元は鳥白だから、家に帰ってはいるようだけどそんなに遠くはないからね。
『今日は仕事お休みだよ』
っと、送信。わ、すぐ返事が来た。
『誰かと出掛けてるんですか?』
『家に一人でいるよ』
『今から行っていいっすか』
え? 家に??
うーん……晴臣くんなら別にいいかなぁ。
『うん、いいよ』
『すぐ行きます!』
すぐってどれくらいだろ……掃除機掛けとこ。
急いで着替えて片付けて、掃除機を掛け終わったところで、ノックの音がした。
「ミキさん、速水っす」
晴臣くんだ。急いで扉を開けると、そこにはいつものように人懐っこい笑顔の晴臣くんがいた。
「晴臣くん、急にどうしたの?」
「今日、誕生日ですよね? 祝いに来たっす!」
「え、ええ?!」
私、今日が誕生日だって言ったっけっかな……言ってないよね??
バレーの仲間、誰にも言ってないはず。
「どうして知ってるの?」
「携帯の登録情報を交換したじゃないですか。それに誕生日が書かれてたんで」
「え? あ、そうなの??」
知らなかった、そこまでは確認してないや。
じゃあ、アナログで携帯番号を交換した拓真くんは、やっぱり私の誕生日を知らないってことだよね……。残念。
「上がってもいいっすか? ダメなら、ケーキだけ置いて消えます」
「消えないで消えないで! 大丈夫、上がって!」
遠慮しそうな晴臣くんを押し留めて、部屋に上がってもらった。
あ、思えば家族以外でこの部屋に入る男の人って……初めてだ。ほんのちょっとだけ、緊張しちゃう。
「お邪魔します」
「晴臣くんのマンションに比べたら、すごく狭いでしょ」
「気にしないっすよ。ミキさんの部屋に入れただけで、僥倖っす」
まったくこの子は、人を喜ばせるようなことを言うのが上手なんだから。
晴臣くんは持ってきた紙袋を、テーブルに上に置いてる。そしてその中のケーキボックスをそーっと取り出してくれた。
「ホールだと食い切れないと思ったんで、切ってきました。半分なら邪魔にならないっすかね」
「あ、ありがとう。うち、冷蔵庫小さいから」
「だと思ったっす」
うっ。料理ほとんどしないって知ってるから、冷蔵庫の小ささもバレてたみたい。
「コンビニが私の冷蔵庫みたいなもんだから……」
「冷蔵庫に入ってんの、全部ビールだったりして」
「そ、そんなに入ってないってばっ」
まぁ、常に三本は入ってるけど……っ!
晴臣くんはからかえたことが嬉しかったのか、ニカニカと優しい光を放つように笑っている。
もう……かわいいから許しちゃう。
お皿を用意すると、中からケーキを取り出して乗せてくれた。もうショートに切られてるけど、スタンダードな生クリームのケーキ。上には色とりどりの果物が、キラキラとコーティングされてる。
「うわぁ、これ晴臣くんが作ったの? プロみたい!」
「まだプロじゃなくって卵っすけどね」
「食べてもいいの?!」
「もちろん。なんなら、歌でも歌うっすよ?」
「そ、それは遠慮しとく……っ」
この歳になってハッピバースデーって歌われるのは、ちょっとさすがにね。
コンビニで買い置きしてた缶コーヒーを開けて、晴臣くんの作ったケーキをいただく。
はぁぁああ、優しい甘さとフルーツの酸味のコラボがいい……っ!
スポンジ生地はシットリしてて、噛むとシュワともプチとも表現できない音が溢れてくる。
つまり、一言で言うと。
「お、美味しい〜〜っほっぺた落ちそう〜〜」
「よかったっす。変な物をあげるより、これが一番喜んでくれるような気がして」
「うん、一番嬉しいよ〜! 美味しいのが、なにより幸せ!」
食べ物って、人を幸せにしてくれるよね。こんなに美味しければ、なおのこと!
晴臣くんと色々話をしながらケーキを食べる。速水皓月の和菓子詰め合わせも持ってきてくれていたから、お茶を淹れてまたそれを二人でいただいた。
「和菓子はホッとするね」
「そう言ってくれると嬉しいっすね。近年は、若者の和菓子離れが進んでますから」
若者の晴臣くんがそれを言うと違和感があるなぁ。和菓子、私は好きだけど、確かにそうしょっちゅうは食べないかも。
「まぁ、それでケーキも置くようになったんすけどね。それで若い世代も来てくれて、ついでに和菓子も買ってってくれるんです」
「なるほど、相乗効果……なのかな?」
「ケーキを置く時には、色々あったみたいっすけどね。うちには昔気質の職人も多いし。最終的に納得させたみたいだけど。まぁこれから和菓子の世界はますます厳しくなるかもしれないっすね。どうにか盛り上げていかねーと」
晴臣くんはそう言って考え込んでる。お店を継ぐって、大変なんだろうな。特に晴臣くんのところは大きな老舗だから従業員に対しての責任もあるし、なおさらなのかも。
「あ、すんません。こんな話、面白くなかったっすよね」
「ううん、大丈夫」
「今度は、ミキさんの話を聞かせてください!」
「ええ、私の?」
私の話なんてつまらないって断ったけど、それでもと言われて話をする。
看護師の仕事の話なんて、聞いても面白いもんじゃないと思うんだけど、それでも晴臣くんはニコニコと聞いてくれた。ちょっと愚痴も入っちゃったけど、うんうんと頷いてくれるから、なんだか安心しちゃう。
そんな風に時間を過ごしていたら、あっという間に夕方になってた。
「あ、ヤベェ。親父に早く帰ってこいって言われてたんだ」
「え、そうなの!?」
「今繁忙期なんですよ。盆菓子や帰省のお土産にってよく売れるんすよね。帰って手伝わねーと」
「そんな中来てくれたの?! わざわざ、ありがとう!」
「俺がミキさんの誕生日を祝いたかったんす」
わぁ、素直に嬉しいな。一人寂しく誕生日が終わると思ってたから、ケーキまで作って貰っちゃってすごく嬉しかった。
後で携帯に入った登録情報をちゃんと見て、晴臣くんの誕生日をチェックしておかないと。今度はお返ししなきゃね。
「晴臣くん、本当にありが……」
ちゃんとお礼を言おうと思ったら、晴臣くんの視線がおかしい。私の斜め後方を見てる? なんか置いてあったっけ……あっ!!
私は振り返ると、急いでボードに飾ってあった写真を取り外した。
ボードの真ん中に飾ってあったのは、あの拓真くんがお餅をくわえてピースしてる写真。
ど、どうしよ……見られちゃったよね!?
「今の、タクマの写真ですよね?」
やっぱり見られてるー!!
「なんで隠したんすか?」
え?! そ、そっか、隠さずに堂々としておけば良かったのかも……っ。こんな行動取っちゃったら、怪しすぎるよね!?
ああ、もう私のバカ! バレちゃうよぉ……。
「ミキさん、もしかしてタクマのこと……」
耳がカーッと熱くなる。もう絶対誤魔化せない。
私は観念して、コクンと頷いて見せた。
「あー……なんとなく、そうかなとは思ってたっすけど……」
私の好きな人がばれて、なぜか晴臣くんは肩を落としてる。
どうしたんだろう。ともかく、口止めしておかないと。
「あの、誰にも言わないでね」
「言わないっすよ。でも応援もできません。俺、ミキさんのことが好きなんで」
晴臣くんから真っ直ぐ向けられる瞳。
「ふぇ?」
わわ、なんか変な声出ちゃったー!!
「あー、言っちまった……まだ言うつもりなかったってのに……っ」
晴臣くんは今までの真っ直ぐな瞳を一転して、目を泳がせながらわしゃわしゃ頭を掻いてる。
っていうか……今、なんて言った?
私のことが……す、好き!?
「う、うそ?」
「本気っす」
「ふぁはばばばばばばば」
「っぷ、大丈夫っすか?」
きゃー、顔が熱くて爆発しそうー!!
だって、告白なんて……
二十五年間生きてきて、初めてされたんだけど!!
ドッキリ? ドッキリじゃないよね?!
「返事はいいっす。ミキさんがタクマのことを好きなのはわかったし……」
そう言いながら、もう一度晴臣くんは私に目を向ける。
「これからじっくり、攻めていくんで。覚悟しといてください」
「か、覚悟……?!」
「俺にも可能性はあるって、言ってくれましたしね!」
え?? そんなこと言った?!! 知らないよー!!
「じゃ、今日は帰るっす。お邪魔しました!」
「ふぁ、ふぁい……」
晴臣くんは弟み溢れる笑顔を残して帰っていった。
え、なに? 今、なにがあったの?!
頭が混乱する。まさか、晴臣くんが私のことを好きだっただなんて、思いもしてなかった!
本気……なのかな? 本気とは言ってたけど。
「はうーーーーッ」
なんでだろ、すごいドキドキしちゃう。
生まれて初めて告白されたよー!
人に好かれるって、こんな気持ちなんだ。
単純に嬉しくって、ニヤニヤしちゃう。
──でも。
晴臣くんのことは好きだけど、弟みたいな感じの好きだったから.……。
多分、どうこうなることは、ないんじゃないかな。
ツキンと痛む胸。
私の心の中で、罪悪感と申し訳なさが募った。




