31.結衣ちゃんの好きな人
月曜のバレーは、いつもの市立体育館。
そこでバレーの休憩中に、拓真くんが私と一緒にタコ飯を食べたことを、みんなに言ってしまった……べ、別に、いいんだけど。晴臣くんがジッと私を見てるのは、気のせい?
「へぇ……タクマの部屋で、二人っきりで食べたの?」
結衣ちゃんが拓真くんに尋ねてる。
「おう、スポンサーはミキな。貧乏学生には、助かるよなー」
うーん、結衣ちゃんにはそれ以上言わないでほしいな、拓真くん。……なんとなく、だけど。
「いいなぁ〜、私も呼んでほしかった」
「ん? じゃあ今度タコ飯のレシピ送ってやるよ。結衣なら簡単に作れるだろ」
「そういうことじゃなくて……」
結衣ちゃんの最後の言葉は小さくて、すぐに話題を変えてヒロヤくん達と話している拓真くんには聞こえなかったみたい。
まぁ私は……バッチリ聞こえちゃったけど、ね……。
「ミキさん、よかったら俺も今度なんか作りますよ。なにがいっすか?」
晴臣くんが食い気味に話し掛けてくる。でもこれ以上、晴臣くんに迷惑は掛けらんないよー。
「ううん、大丈夫だよ。私がバレーに来られる日は、拓真くんが作ってくれるって言うし」
「えっ、そんなにしょっちゅうタクマのところに行くの? ミキさん!」
声を上げたのは、隣で聞いてた結衣ちゃん。しまった、バレたくなかったのに……。
「えーと……私はスポンサーみたいなもんだから……」
材料費の全額を出してるわけじゃないけど。
どう言い訳しようと思っていると、休憩終わりという声が響いて、オカシな国のメンバーはコートに戻って行く。でも、結衣ちゃんは……まだ私の目の前。
「ミキさん、ズルイ……家も隣で、一緒にご飯だなんて……」
だ、だよね?
うん、なんとなーーく感じてたけど、結衣ちゃんってやっぱり……。
「ゆ、結衣ちゃん……?」
「私、タクマが好きなんです」
きゃー、宣言されちゃった! どうしよう!
「へ、へぇー……そうなんだ」
「ミキさんは誰が好きなんですか? 三島さん? 晴臣? それともタクマ?」
えええー! それ、答えなきゃいけないの?!
言いたくない……言いたくないよぉ……。
でも。
真剣な目をしてる結衣ちゃんを見てたら、誤魔化したくなかった。
嘘をつくのは簡単だけど、それもしたくない。
「私は……私も、拓真くんが好き」
うわ、本人に伝えたわけじゃないのに、顔が熱くなる。
誰かに好きな人の名前を教えたのは、初めて。しかも、相手は拓真くんのことが好きな結衣ちゃん。
「ご、ごめんねっ」
思わず謝っちゃうと、結衣ちゃんは首を横に振った。
「なんにも謝ることないですよ。なんとなーくだけど、そんな予感はしてたから……でも、そっかぁ。私達、ライバルですねっ」
「そうなっちゃうね……」
「やだ、そんな顔しないでくださいよー。私、負けませんから!」
うーん、どんな顔してたんだろう? 多分、すごく情けない顔だったんだろうなぁ。
でも、私だって負けたくない。拓真くんのことを、真剣に好きな気持ちは、誰にも負けない。
「私だって、負けないから」
私も宣言すると、結衣ちゃんは少し楽しそうに笑った。
「拓真が誰を選んでも、恨みっこなしにしましょうね、ミキさん!」
「うん! まぁ、どっちも選ばれない可能性はあるけどね」
「嫌なこと言わないでくださいよー……」
「ごめんごめん!」
私達は顔を見合わせると、プッと笑った。
ライバルなんだけど、同志を得たような……なぜか、心強い気分。
私も結衣ちゃんも、同時に拓真くんの姿を追った。拓真くんがスパイクを決めて着地してる。
「タクマ、ダイスキー!」
私はその声援にギョッとして結衣ちゃんを見た。
今……大好きって言ったよね?! ナイスキーじゃなかったよね?!
結衣ちゃんは照れ臭そうに「言っちゃった」と舌をペロッと出してる。か、かわいいんだから、もうっ!
「ミキさんも言います?」
「言わないから!」
「プレイ中の人は、そんな細かいところまで聞き取ってないですよー、大丈夫!」
「もう、結衣ちゃん楽しんでるでしょー!」
「あ、わかります?」
クスクスと口元に手を当てて笑っている結衣ちゃん。まったく、もう。
でも結衣ちゃんは、途端に真顔になると、少しだけ眉をたれ下げた。
「あの……ちょっと余計なことかもしれないけど、いいですか?」
「え? なぁに?」
「別に、ライバルを減らそうとして言うわけじゃないんですけど……いえ、そういう気持ちも無きにしも非ずなんですけど」
どっち?! そしてなに?!
「晴臣って、すごくいい奴ですよね」
「うん、そうだね」
「家は老舗の和菓子店だし、お金持ってるし、将来有望だし、優しいし」
「そうらしいね。明るいんだけど、真面目で頑張る気遣い屋さんって感じ」
「私は、晴臣もいいと思いますよ」
「へぇ、そうなの?」
なんだ、拓真くんが好きって言いながら、晴臣くんも気に掛けてるんじゃない。ちょっと安心しちゃった。
「あ、あの、ミキさ……」
「ナイスレシーブ! 晴臣くん!!」
大きな声で私も声援を送ると、晴臣くんは一瞬こっちを振り返ってVサインをしてくれる。
「ふふ、ああいうところかわいいよね、晴臣くんって」
「ミキさんは、もう……っ」
私の言葉は、なぜか結衣ちゃんの同意を得られなくて。
彼女のちょっとイラついたような溜め息が、床に向かって吐き出されただけだった。




