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思い出の夏祭り 〜君が私の気持ちに気づくまで〜  作者: 長岡更紗


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27/80

27.動物園で

 晴臣くんとの約束当日。

 夜勤明けで病院を出た私は、その眩しさに目を細めた。

 この瞬間、私はヴァンパイアだったんじゃないだろうかって、いつも思う。

 夜勤明けの太陽って、体に刺さってキツイんだよね。でも、いい天気でよかった。


 動物園に行くのに車を出すつもりでいたんだけど、なぜか晴臣くんは運転されるのが嫌だったみたいで、電車を提案されちゃった。私の運転、そんなに下手じゃないと思うんだけどなぁ。

 一旦家に帰ってお風呂に入ってから準備をすると、待ち合わせ場所の駅に向かう。すでに晴臣くんは到着していて、小走りに近寄った。

 バレーの練習の時もそうだけど、晴臣くんって絶対に時間に遅れないんだよね。それどころか、いつも一番乗り。


「晴臣くん、お待たせ」

「ミキさん。体調は大丈夫っすか?」

「うん、眠くもないし、大丈夫だよ」


 目の下のクマは化粧で誤魔化せてるはずだし、多分大丈夫。

 駅構内に入ると、私だけ切符を買う。交通系ICカードは、もうずっとチャージしてないんだよね。

 最近は滅多に電車に乗らないから、チャージせずに帰りも切符を買うつもり。

 目的の電車はすぐに来て、すんなりと座れた。


「電車に乗るの、久しぶり。学生に戻った気分」

「そういえば俺、ミキさんが何歳なのか知らないんすよね。聞いてもいいですか?」


 そういえば、誰にも年齢を聞かれたことはなかったっけ。遠慮してくれてたのかな?

 三島さんは知ってるだろうけど、ベラベラ喋るタイプじゃないもんね。


「多分、晴臣くんが思ってるより、すごく年上だと思うよ、私」

「でも雄大さんとミキさんのお兄さんが同い年って事は、二十七歳より下ってことっすよね。俺、全然いけますけど」


 ……ん? いける? なにが?


「私は今年で二十五歳になるよ。晴臣くん達とは六歳差になるかな」

「ああ、それくらい余裕です」


 だからなにが余裕? 言葉足らずでわかりづらいなぁ〜。とりあえず笑っておこう。

 秘技、看護師の微笑み!


「あー。……やばい」

「え? どうしたの? 酔っちゃった?」

「……俺、今……いや、なんでもないっす」

「……ふーん?」


 どうしたんだろう。もしかして、体調でも悪いのかな。気をつけて見といてあげなきゃ。


 電車を降りると、駅から動物園行きのバスに乗る。そこから十分もかからずに到着した。各自でチケットを購入すると、それを交換。「これでチャラね」って笑いながら。

 近場の動物園だから、そんなに大きくないし動物の種類もそれほど多くはないけど。小さい頃はこの動物園が大好きで、何度も連れてきてもらったっけ。


「動物、好きなんすか?」

「うん、ハムスターくらいしか飼ったことはないんだけどね。昔は動物に囲まれて暮らしたいと思ってたなぁ」

「俺も俺も! 狼に囲まれて暮らしたいって思ってた!」

「わかる! 狼カッコいいよねー!」


 そんな話をしながら、晴臣くんと隅から隅まで動物園を見て回る。

 私に合わせて動物園って言ってくれたのかと思ったけど、晴臣くんは本当に動物が好きみたいで。

 水族館は? って聞くと、魚をどう捌こうかと考えながら見てしまうって言って笑ってた。


「製菓学校って、どんな事するの? 毎日調理実習?」

「そうっすね、ほぼ毎日実習はありますよ」

「お菓子だけを作ってるんじゃないんでしょ?」

「二年になったらコース別でそうなるっすね。今は製菓もするけど基本の調理もしますよ。初めての調理実習は、包丁研ぎから始まったし」


 包丁研ぎ……うちには置いてない物だー。まあ、料理自体ほとんどしないから、必要ないんだけど。


「じゃあ、お魚を捌いたりとかもするの?」

「しますよ。鳥も捌くし」


 と、鳥!?

 鳥を捌くって……え、どういうこと?


「に、ニワトリってこと?」

「そうそう。頭落として毛はもうない状態で出てくるんですけどね。それを手羽とか胸とか、部位ごとに分けて捌いていくんす」


 私は頭と毛のないニワトリを想像してゾッとしてしまった。

 鶏の足先……いわゆる『もみじ』の部分もついてるに決まってるよね。私はあそこがダメ。生はもちろんのこと、調理済みでもダメ。だって、まんま足なんだもん!!

 そんな部位を、ザクッと切り落とせって言われたらもう……っ


「私には無理……丸っと出てくると……多分逃げちゃう」

「ええ? 看護師ならそういうの平気じゃないんすか?」

「やだー、私、魚の内臓取り出すのも苦手なのに。人間の内臓の方がよっぽどかわいいよ!」

「うえ……俺、人間の内臓は多分無理……」


 そんなことを話してたら、子連れの母親に睨まれてしまった。

 動物園で鳥の頭がないだとか、人間の内臓の方がかわいいだとか、言うもんじゃなかったね。

 私と晴臣くんは顔を見合わせて苦笑いする。そして察してくれた晴臣くんは話題を戻してくれた。


「一年のうちは、調理も洋菓子も和菓子も製パンも、一通りやってるんですよ」

「すごいね、大変そう……」

「好きでやってるんで、全然大変じゃないっす。楽しいですよ」


 もし毎日調理実習する学校に行けって言われたら、登校拒否しちゃう自信があるけどね、私は……。


「実習だけじゃなくて、座学もあるんすけどね」

「へぇー、どんな勉強?」

「調理理論とか、衛生法規とか、あとは栄養士ほどじゃないけど栄養学も」


 朝から終わりまでずっと実習をしてるわけじゃなかったみたい。

 調理学校なんて、私には未知の世界だもんなぁ。


「実習が一番楽しいすけどね。けど調理師の資格は卒業と同時にもらえるけど、製菓衛生士はちゃんと試験受けて合格しないとダメっすから」

「やっぱり学生は大変だね。私はもう、あの勉強の日々には戻りたくないかなー」

「看護師は覚えることが多いだろうし、大変っすよね。ホント、尊敬しますよ」

「私は調理実習するよりも看護師の勉強の方が、よっぽどマシだからね。毎日調理実習しなきゃいけないだなんて……私の方が尊敬しちゃう」

「ミキさん、料理しないんすか?」

「き、聞かないで……っ」


 思わず顔を背けちゃったけど、アハハと晴臣くんの笑う声が聞こえてくる。


「もう……晴臣くんも、将来パティシエになるの?」

「一応、和菓子職人っすね。二年になったら和菓子コースに行くんで。一ノ瀬も和菓子ですよ。あいつの家、『一ノ瀬堂』っていう和菓子屋です」

「ええ、一ノ瀬堂!? 私行ったことあるよ! すごく小さなお店だけど、美味しいんだよね。和菓子のサイズが普通よりかなり小さいから、かわいくて食べやすいの。しかも一律六十円! 色んなものをたくさん食べたい女子にとっては、すごく理想的な和菓子屋さんだよー!」


 一ノ瀬堂は、優しそうなご夫婦とおじいさんの家族経営っぽい和菓子屋さん。あの人達が、一ノ瀬くんの家族なんだろうな。

 一ノ瀬くんは同年代に比べて落ち着いてるし、確かに和菓子職人っぽい感じがする。


「ふんふん、なるほど……さっすが一ノ瀬堂。うちもそういうの考えていかないとなぁ。けど、小さいサイズを作るのは手間も時間かかるから、コスパ悪いし」

「うちも……? もしかして晴臣くんの家も、和菓子屋さんなの?」

「うん、最近はケーキもやってるけど。速水皓月(はやみこうげつ)っていう、まぁ古い店っすよ」


 は、速水皓月……!!

 超老舗じゃないのーーーーッ

 店構えもびっくりするほど大きくて重厚で、銘菓百選に選ばれてる和菓子もあるくらいに、超有名!

 この辺でお見舞いの品って言ったら速水皓月ってくらいに、うちの病院にお見舞いに来る人の半数近くはここの紙袋持ってきてるよ!

 あぁなるほど……タクマくんが最初に晴臣くんのこと、金持ちのボンボンだって表現してたのがわかった。そりゃあ、あのマンションに住めるよね。


「すごいじゃない……じゃあ晴臣くんは、速水皓月の和菓子職人になるの?」

「親には大学行って経営学を専攻しろって言われたんすけどね。経営も大切だけど、職人の気持ちがわからない経営者にはなりたくなかったんですよ」

「わぁ、色々考えてるんだね」

「っていうのは建前で、俺が和菓子を作りたかっただけなんすけどね!」


 ニカッと本心を晒して笑う晴臣くんに、私もつられて笑っちゃう。

 本当にお菓子作りが好きなんだろうな。


「製菓学校に通う子って、みんな将来のことをしっかり考えてるんだろうね」

「いや、そうでもないっすよ。なにしに来たんだってくらい料理下手でやる気のない奴もいれば、これから学ぼうっていう意欲的な初心者もいるし。まぁでも、バレーの仲間はガチ勢ばっかですね。タクマとヒロヤも家がパン屋らしいし」


 そんな風に色んな話を聞いたりしながら動物を見て回っていると、ちょっと疲れちゃった。

 日差しもキツイし、梅雨が明けたばかりで暑いし、おまけに夜勤明けで体は疲れてる。

 夜勤後の動物園は、さすがにちょっと無謀だったかも。

 水分を取りながらなんとか全部見て回る。楽しくはあったんだけど、ちょっとしんどかった。

 そして帰りの電車の揺れが、私に睡魔をもたらしてくる。

 ガタタンガタタンって絶妙な音と振動。


 ダメ……もう限界……

 頭が……ぐらぐらする……


「ミキさん、着いたら起こすんで、眠ってもいいっすよ」


 その言葉を聞いた途端、ホッとしちゃったのか、記憶が途切れた。

動物が一匹も出てきませんでした(滝汗)

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