22.ホテル
三島さんが連れて行ってくれたのは、市内で有名な鳥白グランドホテルの最上階、お洒落なバーラウンジだった。
バーって言うから市内の繁華街の地下の、小さなバーを想像しちゃってたんだけど……思えば、皇商事の社員だもんね。こういうところの方が慣れてるのかな。
窓際の席は、夜景が良く見える。
「ここの夜景が綺麗で好きなんだよね」
三島さんが微笑みを浮かべながらそう話しかけてくる。うーん、夜景かぁ。
「うちの病院からも、夜景が綺麗に見えるんですよ。小児病棟は十階だし、ここより高いかな? こんな夜景を見てると、夜勤を思い出しちゃうなぁ」
「そ……そっか」
あれ? あ、もしかしてこういう時はちょっとバカっぽくても『すごーいきれーい』なんて言葉を言っておくべきだった? 折角連れてきてもらったのに、悪いこと言っちゃったかな。
ちょっとショックを受けてそうな三島さんだったけど、すぐに気を取り直したみたいで、私たちはお酒を飲みながら軽い食事を楽しんだ。
「大樹は今、なにしてんの?」
「お兄ちゃんは今、他県の病院で、レントゲン技師をしてますよ」
「そうなのか。元気?」
「元気ですよー。相変わらず一人でフラフラしてますけど」
「っぷ、フラフラって」
三島さんは、眼鏡の奥の瞼を優しく細めて笑っている。
「ミジュちゃんは? 誰かいい人いないの?」
「い、いませんよ」
「まぁ折角の日曜に、バレーの試合観戦で一日潰してるんだもんな。恋人はいないか」
三島さんは、世の中のバレー観戦好きにものすごい失礼なことを言って、ハハハと笑っている。
まぁ確かに私には、恋人はいないんだけど。
「けど、おかげでいつも練習に来てくれて有難いよ。ボール出しとか球拾いまでさせて、申し訳ないけどさ」
「ううん。みんなが頑張ってるの見るの、楽しいし」
「晴臣や鉄平なんか、ミジュちゃんがいる時といない時とじゃ、全然気合いが違うから、笑いそうになるよ」
「そうなんですか?」
それって……拓真くんは変わらないってことだよね。まぁ、当然なんだけど……。
そんな話をしながら、しばらくゆっくりとお酒を飲んでいると、スマホにメッセージが入った音がした。
しまった、こういう時はマナーモードにしとかなきゃいけなかったんだっけ。
「ご、ごめんなさいっ」
「いいよ、どうぞ」
三島さんに促されてスマホを確認すると、拓真くんだった。
『まだ飲んでるのか? そろそろ切り上げた方がいいと思うけど』
絵文字もなにもなくて、なんだかちょっと怒っているような文章に見える。それとも、心配してくれているのかな?
『ありがとう、大丈夫。適当に帰るよ』
時刻はもう夜の十時に近かった。確かにそろそろ切り上げた方がいいかもしれない。
『今どこ?』
拓真くんのその問いに、私は素直に場所を伝える。
『鳥白グランドホテル』
『今すぐ帰ってこい!』
間髪入れずに返事が戻ってきた。しかもなぜか命令口調。なにかあったのかな。
「三島さん、ごめんなさい。私、そろそろ帰らなきゃ」
そうして席を立とうとすると、向かい側から手が伸びてきて、私の手を強く握られてしまった。
「三島さん?」
「このまますんなり帰れると思った?」
……え?
眼鏡の奥の三島さんの目が……意地悪そうに笑ってる。
「ホテルですることって言ったら……もうわかるよね」
ホテルで……すること!?
「えっと、私……」
「まだ帰さないよ。俺のお願いを聞いてくれるまでは」
ど、どうしよう。
掴まれた手は、私なんかじゃ振り解けそうになくて。
鋭い瞳で睨まれると、蛙みたいに動けなくなっちゃう。
そんな中で鳴る、メッセージの受信音。きっと、拓真くんから。
逆の手でスマホを見ようとすると、三島さんに取り上げられてしまった。
「うるさいから、ちょっと電源切らせてもらうね」
そしてそのまま私のスマホは、三島さんのポケットの中へ。これは……まずい状況かも。
「か、返してください! 私、そんなつもりじゃ……っ」
「生憎だけど、俺は最初からそのつもりだったんだよ。悪いけど、諦めて。口止め料は、ちゃんとしっかりもらわないとね」
相変わらずの素敵な笑顔でそんな風に言われても、私は恐怖しか感じなかった。
どうしよう……どうしたら……
私、そんなに軽率な行動を取ってたの?
そんなつもりは、本当になかったのに……!
誰か……
助けて、拓真くん!!




