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思い出の夏祭り 〜君が私の気持ちに気づくまで〜  作者: 長岡更紗


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19/80

19.名前

 拓真くんたちが行ってしまってやることもなかったから、結衣ちゃんと一緒に球拾いを手伝う。

 オカシな国がアタック練習、おじさま〜ずの一部がレシーブ練習、残りは球拾いって感じだ。

 セッターの三島さんがいないからか、トスを上げてるのはリベロの晴臣くんだった。


「あ、拓真綺麗に決まった。ほら、こういう時に大好き……じゃなかった、ナイスキーって言うんですよ」

「もう、結衣ちゃんってば!」


 結衣ちゃんは私をからかって、楽しそうにクスクス笑ってる。お願いだから、もう蒸し返さないで〜。

 もう私はこの先『ナイスキー』って言えない人間になっちゃったよ……。ううう。

 一緒に練習してるおじさま〜ずから「ナイスキー」って褒められるたびに、オカシの国のメンバーは肩を震わせて笑ってる。

 ああもう、これからずっと言われてしまいそう。


「ごめん、遅れた!」


 スポーツバッグを片手に、三島さんがやって来た。結衣ちゃんが「お仕事お疲れ様でした」と三島さんのバッグを持って隅の方に置いてる。


「あ、園田さん、昨日大丈夫だった?」

「はい、ご迷惑をお掛けしまして……」

「そんなにお酒が好きなら、今度は店で飲まない? 俺も酒は結構好きだしさ」

「は、いえ、そんな……」

「雄大さーん! トスたのんまーす!!」

「おー」


 私が断る前に、三島さんは晴臣くんに呼ばれて行ってしまう。セッター役から変わった晴臣くんはアタッカーに転身して、皆と一緒にアタック練習を楽しんでた。

 私は結衣ちゃんに話しかける。


「晴臣くんが攻撃してるの、初めて見た気がするなぁ」

「ああ、リベロは守備専門だから、アタックは禁止されてるし、アタックラインを越えてフロントゾーンでのオーバーハンドはやっちゃ駄目なんですよ」

「そうなんだ。なのにアタックの練習はするんだね」

「晴臣はリベロやってるけど、本当はオールラウンダーなんですよね。小学生の時はアタッカーで、でもあんまり身長が伸びなかったのもあって、中学の時はセッターをしてたみたいです。その後、リベロの方が性に合ってるとかで、今もリベロやってますけど」


 晴臣くんの身長は、一七〇センチくらいかな? そんなに小さくはないのになぁ。


「みんな……特に社会人の平さんと三島さんは、来られなかったり遅れてくることが多いから、その間はリベロなしで晴臣がそのポジションに入るって感じですね」


 なるほど。だから平さんの代わりの時のために練習してるのかー。色々できるのって、すごいんだろうな。

 晴臣くんのアタック練習を目で追っていたら、「ナイスキー言います?」と笑いながら言われてしまった。

 言わないから、もう!!


 いくつもの練習をこなした後、休憩になって体育館の端にみんなが集まってくる。

 私が買ってきたゼリータイプのエナジードリンクを渡すと、喜んで受け取ってくれた。


「雄大さん、仕事しばらく忙しそう?」


 拓真くんが私のあげたドリンクをチューッと飲みながら話しかけてる。


「プロジェクト立ち上げたばっかで、しばらくは遅くなりそうな感じだなぁ。悪い」

「いや、全然気にしないで大丈夫」

「仕事第一っす!」

「うーん、そう言われるとそれも寂しいな」


 三島さんがちょっと口を尖らせる姿を見て、みんなは軽く笑ってる。

 昔好きだった三島さんが、こんなに近くにいるのって……なんか不思議な感じだな。


「園田さん、差し入れありがとう」


 飲み終わった後のゴミを回収して袋に入れていたら、三島さんにそう声を掛けられて私は微笑み返した。すると緑川さんが横から声を上げてくる。


「雄大さん、よそよそしいなー! 俺なんてもう、『ミキちゃん』『鉄平さん』って呼び合ってる仲だぜ!」


 緑川さん……私あなたを鉄平さんなんて呼んだこと、一度もないんだけど。


「園田さんって……ミキって名前なの?」

「そうですよー。私たちもう、ミキさんって呼ばせてもらってます!」

「どういう字?」

「美しいっていう字に、菩提樹の樹っすよ」


 私の代わりに晴臣くんが答えちゃった。三島さんが私をジッと見つめてくる。あ、ヤバイかも……? 私は思わず三島さんの視線から逃げるように目を逸らしちゃう。


「うーん……もしかして園田さん、お兄さんいない?」


 きゃー! うそ、思い出しちゃった!?


「い、いますけど……」

「やっぱり! 園田大樹(たいじゅ)って名前だろ!? 俺、中学の時、大樹と仲良かったんだよ」


 大樹は紛れもなくお兄ちゃんの名前。

 で、でも私の名前までは思い出さない……よね? 流石に……。


「お、お久しぶりです、三島さん……」

「なんだ、気付いてたんなら言ってよ。でも確か、大樹の妹の名前って、ミ──」

「三島さん!! ちょっといいですか!?」


 名前は言わないでーーーーッ

 私は必死に三島さんの手を引っ張って、体育館から連れ出した。

 靴を履き直して外まで出て、ようやくそこでホッとする。

 いきなり連れ出されてわけがわからない様子の三島さんは、不思議そうに私を見下ろしてる。


「どうしたの、ミジュちゃん」


 家族以外の人に、何年ぶりかに呼ばれたその名前。三島さんが覚えててくれて、嬉しくないわけじゃないんだけど。


「あの、その……その名前、言わないでもらっていいですか?」

「え?」


 私の名前はソノダミジュ。

 ミジュだよミジュ! 美樹と書いてミジュ!


 しかもこれは間違って付けられちゃった名前で。

 私のおばあちゃんが、仕事で忙しいお父さんの代わりに出生届を出してくれたんだけど。

 フリガナの欄に、美樹じゃなくてミジュって書いちゃったんだって。

 お兄ちゃんがタイジュだから、字を見てミジュなんだろうなって思っちゃったんだって!


 間違ってつけられた名前……それが私。

 氏名の変更手続きは大変なのもあって、そのままでいっかってなった両親の適当さよ……。

 私が名前のことで文句を言うと、おばあちゃんが悲しむからなにも言わなかったけど。私はこの名前、本当はすごく嫌だった。

 この名前のせいで、小さい頃は何度もからかわれたことがあるから。


「ミジュって呼ばれたくないから、みんなにミキって呼ばせてるの?」

「……そうです」

「いい名前だと思うけどなぁ」

「私は、すごく嫌で……お願いです、みんなには黙っていてもらえませんか?」

「うーん、どうしよっかなぁ〜」


 え!?

 下げようとした頭を上げると、三島さんはちょっと意地悪に笑ってる。

 うそ、こんな人だったの?? 私の甘酸っぱい思い出は、美化し過ぎてた!?


「じゃあ、口止め料くれたら、黙っておいてあげるよ」

「く、口止め料!?」


 あの皇商事に勤めてるっていう、三島さんの請求……一体いくらになるのか、怖すぎる。


「うん。今度一緒に飲みに行くのが条件。どう? 支払いは俺がするよ」


 ……へ? 言ってる意味が……わからない。


「あの……普通、私が払うんじゃないんですか?」

「違うよ、俺が払うのが条件。ま、この間の五千円は預かってるから、そこからミジュちゃんの分は出るし、気にしないで」

「な、なんですかそれ……まぁ、そんなのでいいなら、むしろ有難いですけど」

「よし、じゃあ決まり! 今度連絡するから、後で携帯教えて」

「あ、はい」


 とりあえず名前バレは回避できそうでよかった。

 ホッと息を吐くと、三島さんの手が私の頭の上に乗せられる。


「俺だけがミジュちゃんの名前を知ってるのって、ちょっと優越感だしね。けど、あんなに小さかったミジュちゃんが、こんなにかわいくなるとは思わなかったなぁ」


 そう言いながら、私の頭を撫でてくれる三島さん。

 うん、めちゃくちゃ子ども扱いされてるね。友達の妹だから、私のことを妹みたいに思ってくれてるのかも。


「雄大さーん! 今から練習試合するから入ってほしいんだけど!」


 遠くから拓真くんの声が急に聞こえてきて、ビクッとする。三島さんの手は、私の頭からサッと離れていった。

 今の……拓真くんに見られてないよね?


「おー、すぐ行く! 先行っといてくれー」

「うーっす」


 体育館から顔を出していた拓真くんが戻っていく。

 三島さんは私に向かってニッコリと微笑んだ。


「じゃ、俺はこれからもみんなの前では園田さんって呼ぶよ。ミキちゃんだと、ついミジュちゃんって呼んでしまいそうだからね」

「すみません、お願いします」

「どう致しまして。よし、急いで戻ろう」


 私が三島さんを好きだったのは、もう十二年も前のことだけど。

 今も変わらずに笑顔が素敵な人でいてくれて、ちょっと嬉しかった。

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