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新年クリスマスシリーズ

サンタクロースは散々苦労す……?

作者: 紅蓮グレン

「ピエールさん、もうクリスマス終わっちゃいましたよ! どうするんですか、この大量のプレゼント依頼は!」

「静かにせんか、アカハナ。今年は仕方ないと諦めるんじゃ。子供たちだって、毎年ワシに迷惑をかけて申し訳なかったと反省するんじゃないかの。」


 家の中に響く2つの声。初代サンタクロースでサンタクロースの起源でもある聖ニコラオスの子孫であり、第97代目サンタクロースであるサンタ・ピエールと相棒トナカイのアカハナは、北極にあるサンタの家で言い争いを繰り広げていた。


「何ですか、その言い訳は! ピエールさんだって仮にもサンタクロースなんですから、ちゃんとプレゼント配らないと、処罰されますよ! ほら、サンタクロース規律法第398条、第2項に書いてあります。『サンタクロースは、如何なる理由があろうとも世界中のプレゼントを依頼した子どもたちにプレゼントを配り、夢と希望を与える義務を有する』って。」

「但書を見るんじゃ、アカハナ。『サンタクロースが病床に伏す、又はそれに準ずる何らかの事情によりサンタクロースが行動不能となっている場合には、その限りではない』と書いてあるはずじゃぞ。」


 ピエールは暖炉の前でクッションに座ったまま、アカハナの論を飄々として躱す。


「サボりの口実にはなりませんよ! ピエールさんが処罰されたら、俺だって監督不行届きで罰食らうんですから、しっかりして貰わないと……」

「ワシは12月24日に丁度ぎっくり腰になったぞ。診断書もある。これでワシが処罰されることはないわい。」


 アカハナはピエールの返しに言い返すことができず黙り込んだ。ぎっくり腰になったのは事実であり、これはれっきとした『病床に伏すに準ずる何らかの事情』である為、何も言えないのだ。


「でも、子供たちはプレゼントを心待ちに……」

「それは分かっておる。遅れているとはいえ、ワシらの来訪を心待ちにしている子供は世界中におるじゃろう。じゃが、まだ腰が本調子ではないワシだけでは配り終えるのは無理じゃ。ということで、助っ人を呼んでおいた。」

「助っ人……?」


 アカハナが不思議そうな顔をした、その時。サンタの家のドアが開き、長身痩躯のすらりとした一人の男が入って来た。サンタクロースのコスチュームを身に纏い、白い髭を生やしてはいるが、明らかに120kgは越えているであろう肥満体系のピエールとは似ても似つかない。それに、分厚そうなゴーグルを装備している。これが助っ人? とアカハナが首を傾げているのをよそに、その男は暖炉の前に座っているピエールに近付くと、


 ――パーンッ!


 持っていたクラッカーの紐を引いた。小気味よい音が鳴り、紙吹雪やカラフルなテープが飛び出す。いきなりのことで驚いたのか、ピエールは、


「おわっ!」


 と叫んでひっくり返った。そんなピエールを男は助け起こすと、


「お久しぶりです、ピエールさん。」


 と言いながらゴーグルを外し、続いて付け髭・・・も外す。その顔に、アカハナは見覚えがあった。


「えっと、もしかして?」

「久しぶり、アカハナ。僕のこと、覚えてるよね? 笠原和敏かさはらかずとしだよ。」

「勿論、覚えてるけど……」


 笑顔を浮かべて言う男、笠原和敏にアカハナは困惑しながらも返す。


「和敏君、いきなりクラッカーは相変わらずじゃな……心臓が止まるかと思ったぞ。」

「このクラッカーは挨拶みたいなものじゃないですか。8年前も、去年もやったでしょう?」

「まあ、それはそうなんじゃが……」

「今回のは大学の冬休み中に北極まで呼びつけられて若干イラついたので、ちょっとした意趣返しっていう側面もありますけどね。」


 和敏はピエールの苦情に対し、悪びれもせずに対応する。和敏は8年前、まだ彼が中学1年生の時のクリスマスに、夜空に向かって大声で、


「サンタクロース! 本当にいるなら僕の所に来てくれ!」


 と叫んだ。その年はトナカイの郵便屋が怪我をしてプレゼント依頼が来なかった為、家でボーッとしていたピエールは、この声を聞いた瞬間に大急ぎで家を飛び出し、アカハナに鞭をいれて和敏の家へと向かった。ピエールは毎年サンタの存在を小さな子供にもあまり信じて貰えず悲しんでいたのだが、それ故中学生に信じて貰えたことが嬉しかったのだ。和敏の家に向かう途中で和敏の欲しいプレゼントだった腕時計を準備し、彼の家に到着したピエールはプレゼントを彼の枕元に置き、そのまま退散しようとしていたのだが、まだ起きていた彼にクラッカーの攻撃を受け、今回と同じように、


「おわっ!」


 と叫んでひっくり返った。それにより完全に和敏に認識されてしまったピエールは、サンタクロース規律法第679条、第3項の『自らを呼んだ子供に姿を認められた場合、サンタクロースはその子供を空の散歩に連れていかなければならない義務を有する』に則り、彼の希望を聞いてフランスとオーストラリアに連れていった。そして、その7年後。大学2年生になった和敏はわざわざノルウェーまで行き、万年筆が欲しいと書いた手紙をピエール宛に出した。そして、その年のクリスマスイブ、ピエールが来るのを待っていた和敏は、彼が万年筆をサービスで3本枕元に置き、そりへ戻ろうとした瞬間にクラッカーの紐を躊躇いなく引いた。ピエールはその時も、


「おわっ!」


 と叫んでひっくり返り、またも完全に和敏に姿を認められた。ピエールとアカハナと和敏は再会を喜んだものの、その年は特別クリスマスプレゼントの依頼が多く、和敏を空の散歩へ連れていくことはできない。しかし和敏は、それを聞くと自分も手伝いたいと申し出た。アカハナとピエールは丁重に断ろうとしたが、サンタクロース規律法第1372条、第1項の『子供の頃に自らの姿を認めた人物が成人後、再びクリスマスイブに姿を認められた場合、その者の願いを叶える義務を有する』により断ることができず、結局プレゼント配りを手伝って貰った。そして今年。ピエールはぎっくり腰を起こした12月24日、これではプレゼントを配れないと悟ったのだが、どうにかして配らなければならないと必死で考え、自らと浅からぬ縁を持ち、且つプレゼント配りを手伝った経験がある和敏にヘルプを出した。和敏はそのヘルプに応え、北極へ来た。と、これが今現在に至るまでの経緯である。


「で、ピエールさんは腰の調子どうなんですか?」

「……本調子とは言えん。という訳で、悪いのじゃが……」

「分かりました。クリスマスプレゼントを配るのを手伝えばいいんですね。」

「うむ、話が早くて助かる。アカハナとは大違いじゃ。ということで、手伝って貰えんか?」

「ここに来た時点で覚悟してますし、今でも僕はサンタクロースの大ファンですからね。そのサンタクロース直々の頼みともなれば、断る訳にはいきませんよ。ピエールさんの仕事の手際には敵わないと思いますが、精いっぱいやりますよ。」

「ピエールさん、まさか全部を和敏君にやらせるんですか?」

「それは流石にないわい。そもそもワシ以外が原因で何か壊したら刑事責任を問われてしまうじゃろう。ワシが壊したならサンタの特殊能力で日が昇ると同時に自動修復されるが、和敏君ではそうはいかんじゃろうしな。」

「和敏君はピエールさんほどそそっかしくないから大丈夫だとは思いますけどね。そもそもサンタはみんなそそっかしいからそんな特殊能力が付いたんであって、それは……」

「アカハナ、そんな話をしとる暇はない。世界中の子供たちが待っているんじゃ。そりを準備しろ!」

「話を始めたのはピエールさんじゃないですか……」


 アカハナは溜息を吐きながら、そりを牽く縄を自分に取り付け始めた。


「で、ピエールさん。今から配り始めたとして、配り終わるんですか?」

「心配は要らん、和敏君。今年はヨーロッパやロシアに行く必要はないのじゃ。」


 ピエールのこの発言に、和敏は目を見開いた。


「その地域の子供たちのことを無視するんですか? それとも、プレゼント依頼が届いていないとか?」

「無視する訳ではないんじゃ、和敏君。その地域はそもそもワシの管轄外なんじゃ。」

「管轄外、ですか?」

「うむ。ヨーロッパ全土にプレゼントを配るのはワシではなくファーザー・クリスマスという緑のローブを羽織った男じゃ。オランダはブラックペーターという少年を連れた司祭がプレゼントを配っとるし、フィンランドではヨウルプッキというヤギ男が配っておる。また、イタリアでは魔女が配っとるし、ロシアではジェド・マロースという霜の精霊が孫娘のスネグーラチカと共に配っとる。つまり、元々ワシがプレゼントを配るべき場所ではないのじゃ。」

「じゃあ、今までは?」

「ワシが代行しとっただけのことじゃ。今年はワシが行っとらんから、慌てて配ったらしい。ファーザー・クリスマスとジェド・マロース、それにヨウルプッキが電話で言っておった。」

「ピエールさん、話してる暇はないですよ。もうそりの準備は済みました。」

「おお、そうか。では早速行かねばな。和敏君、この袋を担いでくれるかの?」


 ピエールは和敏にサンタのシンボルともいえる大きな白い袋を担がせた。


「この袋からは子どもが欲しがっている物がなんでも出てくる。家についたら袋に手を突っ込めば勝手に出てくるようになっとるから、問題はないはずじゃ。ではアカハナ、出発じゃ!」

「はいはいっと。じゃあ、まずは日本です! GOGO!」


 アカハナはハイテンションに叫ぶと、ピエールと和敏が乗ったそりを牽き、空を走り始めた。


              ☆  ☆  ☆


「ふう……疲れたわい。」

「ほとんど和敏君に配らせてたくせに……しかも、もう新年じゃないですか。ハッピーニューイヤーですよ。」

「構わんじゃろう。和敏君は助っ人としてワシが呼んだんじゃからな。助かったぞ、和敏君。」


 ピエールは、北極の家の中で暖炉の前でグロッキー状態になっている和敏に声をかけた。彼はそんなピエールに恨みがましそうな目を向ける。


「何じゃ、その目は。せっかく和敏君にもプレゼントとしてワシの手形とアカハナの足形付きサイン色紙をあげようと思っとったんじゃが、要らんようじゃな。ワシは要らんから、暖炉の燃料の足しにでもするか……」

「ピエールさん、今回も貴重な体験をありがとうございました!」


 流石サンタの大ファンを自称するだけあって、彼のサンタクロースに対する執着は尋常ではない。世界の全てのサンタファン垂涎の激レア色紙が目の前で暖炉にくべられるなど、彼にとっては拷問以外の何物でもない。そう思ったからか彼は、見事に手の平を返した。


「最初から素直にそう言っとればいいんじゃ。では、和敏君。メリークリスマス&ハッピーニューイヤーじゃ。」

「はい、今年もよろしくお願いします。」


 和敏はピエールと新年の挨拶を交わしながら色紙を受け取った。


「今年も手伝ってくれるか?」

「ええ、喜んで。でも、今度は元気なピエールさんとプレゼントを配りたいです。」


 和敏はちょっと意地悪そうな笑いを浮かべながらピエールにそう声をかけると、


「じゃあ、俺は帰りますね。」


 と、慌ただしくサンタの家から駆け出していった。


              ☆  ☆  ☆


 そして、12月1日。今年もピエールの元に呼び出されるのだろうかと思っている和敏の家に電話がかかってきた。


「はい、もしもし。」


 和敏が電話に出ると、相手はサンタ・ピエール……ではなかった。


『やあ、初めまして。君がカズトシ・カサハラであっているかな?』

「え、ええ。そうですけど……あなたは?」

『私はファーザー・クリスマス。ピエールから聞いたことはないかな?』

「え、もしかして、ヨーロッパでプレゼントを配っている……」

『その通り。知っているならば話が早い。ピエールが君のことを自慢しまくるものだから、今年は私の元にも手伝いに来てもらえないものかと思って……ピエールに負けない報酬を用意するが、どうかね?』

「ちょ、ちょっと考えさせてください……」


 和敏はその場しのぎの回答で電話を切った。すると、またすぐに電話がかかってきた。


「はい、もしもし。」


 今度の相手も、ピエールではなかった。


『ここはカズトシ・カサハラの家であっているかね?』

「ええ、そうですが。」

『君がカズトシ・カサハラかね?』

「はい。あなたは?」

『我はジェド・マロース。突然なのだが、我が孫娘であるスネグーラチカの婿になる気はないかね?』

「はい?」

『返事は今すぐでなくともよい。ピエールが君を跡取りとして自慢して回っているのでな。君がそのような器のある人間ならば、是非とも我が孫娘に婿入りし、ゆくゆくは我の後継者になって欲しいのだ。スネグーラチカは気立ても良く、人間の尺度では測れぬほど可愛らしい。であるからして……』

「ちょっと考えさせてください!」


 和敏はジェド・マロースの話が終わる前にガチャ切り。しかし、またすぐに電話がかかってくる。


「もしもし。」

『やあ、君がカズトシ・カサハラかな?』

「ええ……」

『私はイタリアの魔女の……』

「ちょっと考えさせてください!」


 和敏は電話をガチャ切り。また鳴る電話。


「はい……」

『俺はフィンランドのヨウルプ……』

「間に合ってます!」


 和敏はガチャ切り。また鳴る電話。


「もしもし……」

『和敏君、どうやら電話に散々苦労しているようじゃな。流石、ワシの後継者としてふさわしい。』

「ピエールさん……1つ本音を言わせて貰っていいですか?」

『何じゃね?』

「サンタクロースだから散々苦労すとかダジャレで済ませようとすんじゃねえよコノヤロー!」


 和敏の叫びが夜空に響き渡るのだった……

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