お父さんの顔が死んでいました。
全国の、居場所のないお父さんに捧げる話
僕の名前は三太 7歳。
家族は僕の他にお母さんとお父さんと長男と次男がいる。
そして僕が話したいのはお父さんのことです。
お父さんは毎日仕事を頑張っています。
朝早く出勤し、夕方の6時くらいに帰ってきます。
給料はそこそこです。
でも、お父さんは嫌われている。
夜にお父さんが帰ってきて、お母さんが言いました。
「臭い! さっさと風呂入って!」
お母さんの言葉はお父さんの心を殺しにきていました。
それに続いて長男の一が言います。
「親父マジクセェ。邪魔!」
一はお父さんに厳しい態度をとります。
一の言葉はお父さんの心を殺しにきていました。
「父さんだって頑張ってるんだからそんなに言うのやめなよ!」
二人の言葉に反論するのは次男の二郎です。
二郎は頭が良く、お父さんのことも仕事を頑張っているので悪口を言うことはありません。
お父さんは二郎の言葉に目の輝きを取り戻しました。
「二郎は親父の味方か?」
「父さんがいなかったら困ることいっぱいあるでしょ?
家に虫が出てきたら誰が取るの? 犬小屋が壊れたら誰が直すの?」
僕の家族は虫が苦手です。なのでいつもお父さんが捕獲します。
犬も1匹飼っているのですが、犬小屋はお父さんが作ったので直すのもお父さんがしていました。
確かにお父さんがいないと困ることはいっぱいあるなと思いました。
「二郎・・・」
お父さんは二郎の言葉に感動していました。
さすがは二郎。お父さんのいいところをちゃんと見ているんだね。
「いや、俺虫克服したし」
「え?」
「犬小屋の修理も、親父のやり方見てるから覚えてるし」
「・・・ごめん父さん。良いところがなくなった」
でも二郎は天然でした。
二郎の言葉にお父さんの心は死にかけていました。
その後も・・・
「ほんと邪魔」
「ちょ、テレビ見えねぇよジジイ!」
「うーん・・・父さんの良いところはどこなんだ・・・?」
暴言と文句と悪意の無い疑問を受け続けたお父さん。
その顔は、死んでいました。
***
なぜお父さんは嫌われているのでしょうか?
家族のために頑張っているのに、家族に好かれないのは何故なのでしょうか?
僕にはわかりません。
今日もお父さんは死んだ顔で「行ってきます」と言いました。
でも誰も何も言いません。
お父さんは寂しそうな顔で家をあとにしました。
今日は土曜日。
家にはお父さん以外の家族がいます。
なので僕はお母さんに聞いてみました。
「ねぇ、何でお父さんは嫌われてるの?」
僕の質問にお母さんは答えました。
「それはね? お父さんが邪魔だからよ〜?」
「でもお仕事頑張ってるよ?」
「臭いのに風呂に先に入らず、ご飯を食べ終わったらテーブルに使ったティッシュを捨てずに置いておくお父さんは邪魔で邪魔でしょうがないのよ〜?」
それを言われると心当たりがあります。
帰ってきたばかりのお父さんは足が臭いです。外で飼っている犬と同じ匂いがします。
親近感が湧いているのか、帰ってきたばかりのお父さんに犬はいつもの3倍尻尾を振ります。
そしてご飯の時、お父さんはテーブルに汁をこぼした時や、口元を拭くのにティッシュを使います。
でも食べ終わっても捨てずにテーブルの上に置きっぱなしにしていました。
ここまでだとお父さんは『臭くて片付けない人』に見えます。
ですが、お父さんの良いところもまだあります。
「でもお父さんは休みの日に宿題教えてくれるし、遊んでくれるし、お母さんがいない時はご飯も作ってくれるよ?」
僕はお父さんを悪い人にしたくありません。
僕にとってはたった一人の大事なお父さんだから。
「三太、確かに親父は勉強も教えるし遊んでくれるし料理も作る。
けど、よーく考えてみな? 宿題なら二郎の方が教えるの上手いし、俺の方が体力あるから長く遊べるだろ?
料理だって俺も二郎もそれなりにできるから問題がないんだよ」
一が僕に諭すように言いました。
確かに一はお父さんが居ない時遊んでくれます。
体力もあるからお父さんの時より遊ぶ時間も長いです。
二郎にも勉強を教わりますが、とても分かりやすくて、テストはいつも100点です。
お母さんもお父さんも居なかった時は二人が夕飯を作ってくれましたが美味しかった。
確かにお父さんが居なくても困らないかもしれない。
でもここで僕も引き下がるわけには居ません。
ここで引いたらお父さんは『臭くて片付けない居ても居なくても困らない人』になってしまうからです。
何とかお父さんをフォローしなければなりません。
・・・
・・・
・・・
・・・何も思いつきませんでした。
「確かにそうかもしれない」
とりあえずその場は撤退することにしました。
でもこれはお父さんのフォローできるところがなかったからとかそういうのではありません。
一度逃げたと思わせて、油断した時に再び仕掛けるための戦略。
そう、戦略的撤退なのです。
決してお父さんの良いところが無いのではありません。決して!
ちなみにその日もお父さんは帰ってきてから文句ばっかり言われていました。
その日もお父さんの顔は死んでいました。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・
結局あのあとも見つけては言って、見つけては言ってを繰り返しました。
でも全て反論されました。
加えて悪いところが沢山増えています。
現在お父さんは『臭くて、片付けなくて、居ても居なくても困らない、いやどっちかって言うと困る、慕っているのはペットの犬だけの、殺人加齢臭ドブ息安月給クソ親父』になっています。
正直見てられません。
しかも最近お父さんの様子も変わってきています。
いつもの事ながら、悪口を言われていたお父さんは、最近笑っていました。
もしかしてお父さんの心が強くなったのかと思ったのです。
「・・・」
でもよく見てみたら違いました。
表情は笑っていますが、生気が感じられません。
お父さんは、顔で笑って心が死んでいる状態になってしまいました。
一体、僕はどうすれば良いのでしょうか?
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・
僕はその日、近くの公園でブランコに揺られながら考えていました。
頑張っているのに認められない。そんな悲しいことがあって良いはずがありません。
でも僕にはこれ以上どうしたら良いか分かりません。
(どうすれば良いのかな・・・)
僕は一人で悩んでいました。
そんな時――
「あれ? 三太くん」
「あっ」
その人は僕の友達の裕太くんのお父さんでした。
***
「そっか、お父さんがね・・・」
「どうしたらいいのかな?」
裕太くんとお母さんは今日は二人で出掛けていて、お父さんは暇だったので公園に来たらしい。
そんな裕太くんのお父さんは、僕の悩みを真剣に聞いてくれました。
「三太くんのお父さんは、今日はどうだった?」
「死んだ顔で会社に行った」
「・・・そっか」
裕太くんのお父さんはしばし考えた後、僕にこんなことを聞いた。
「三太くんは、お父さんが会社に行くときに”いってらっしゃい”って言ったかい?」
「・・・言ってない。お父さんの顔見てたら言えなかった」
お父さんの顔は死んでいるので、何だか言う気になれなかった。
でも、裕太くんのお父さんは言います。
「話を聞く限りじゃ、三太くん以外の人がお父さんに”いってらっしゃい”って言う人は居なさそうだよね?」
「・・・うん」
「だったら、余計に君が言わないとダメだよ」
「どうして?」
僕には裕太くんのお父さんが何を言いたいのか分かりませんでした。
「お父さんに足りないものは、家族との会話なんじゃないかな?」
「そうなの?」
「うん。会社で疲れて、たぶんストレスも沢山抱えて帰ってきてるはずなんだよ。
ストレスを吐き出したいのに、帰ってきても自分の悪口を言われてばかり。
顔が死んじゃうのも無理ないよ」
「・・・確かに」
僕は何だか大事なことを忘れていたような気がしました。
お父さんのことを考えているようで、何も考えていなかったのかもしれません。
「でも、しょうがないと言えばしょうがないんだよ。
家族ってストレスを与える存在なんだからさ! はっはっは!」
何だかぶっ飛んだ発言が飛び出しました。
じゃあ、家族は悪い存在ということなのでしょうか?
でも、そんなことを言った裕太くんのお父さんは一変して真剣な表情で言いました。
「――だけどね?
ストレスを和らげてくれるのも、また家族なんだよ」
裕太くんのお父さんの言葉は、僕に衝撃を与えました。
僕はようやく、言いたいことを理解できたのです。
「朝のおはよう、いってらっしゃい、夜のおかえり、おやすみ。
そんなありきたりな事でいいからさ、話してみなよ」
「・・・うん」
「おっ? やるべきことがわかったかい?」
「うん! ありがとう!」
「そっか、じゃあ俺は帰るね」
そう言って、裕太くんのお父さんは帰っていった。
時刻は夕方の6時ごろ。
そろそろお父さんが帰ってくる時間だ。
僕は公園を後にして、ある場所へと向かった。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・
父は一人で歩いていた。孤独に一人で歩いていた。
仕事は営業で歩き回りクタクタ。
家に帰っても文句と悪口ばかり。
嫁からも子供からも白い目を向けられる毎日。
だが、今日はいつもと違うことがあった。
「お父さん!」
「ん・・・三太。どうした、こんな時間まで遊んでたのか?」
「うん・・・」
三太は何だかモジモジしていたが、父は気にしなかった。
「一緒に帰るか?」
「うん・・・」
久しぶりに子供と歩く道は、何だか違って見えた。
会話はないけど、何だか嬉しい気持ちになれた。
しばらく歩いて、家に着いた。
(また悪口かな・・・)
少しだけ気分が沈む父。
ドアを開けようとした時だった。
「・・・お父さん」
「ん?」
「・・・お、おかえりなさい!」
それは暫く見なかった、息子の笑顔。
暫く聞かなかった、おかえりの言葉。
「〜〜〜・・・ただいま・・・」
少しだけ泣きそうになった父は、必死に隠しながら。
そして、久しぶりに笑いながら発した言葉だった。
***
僕には家族にお父さんの良いところを説得することはできない。
まだ7歳の僕にそんなこと出来るはずがなかったんだ。
でも、みんなと違うことは出来る。
みんながお父さんの悪口を言うなら、僕が褒めれば良い。
みんながお父さんを邪魔に思うなら、僕が必要とすれば良い。
みんながお父さんを嫌いと感じるなら、僕が好きでいれば良い。
僕がお父さんに出来るのはそれだけだ。
難しいことを考えすぎて、一番大事なことを見過ごしていたんだ。
大事な、お父さんが”大好きだって気持ちを伝える”ことを。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・
「朝から邪魔くさい!」
「親父、そこどけって!」
「うーん・・・父さんの良いところは3行も見つからないな・・・」
お父さんは今も変わらず悪口を言われ続けています。
その度にお父さんは、
「あ、すいません・・・」
と悲しそうな顔で謝ります。
でも、あれから変わったことが一つだけ。
お父さんの出勤時間となりました。
「行ってきます」
相変わらず、みんな無反応です。
でも――
「お父さん」
僕は笑顔でお父さんに向かって言っています。
「いってらっしゃい!」
お父さんは今日、笑顔で家をあとにしました!
僕のお父さんのことをモデルにして書きました。
結局、僕としても何が良いのかはわかりません。
人によっては違うと思う方もいるでしょう。
ですが、少しの会話がストレスを和らげることもあることをわかって欲しかったです。
最後に一言。
全国のお父さんよ、頑張れ!